第三話〈7〉


 それからはもう勉強どころじゃなかった。


 俺はにせがまれてウノをやったり人生ゲームをやったりチェスをやったりと(レトロだ……)、まったりのんびりだらだらとした時を過ごした。


「美夏、ゆうさんはお勉強をしにいらっしゃったのですから……」


「え~、いいじゃん、ちょっとくらい。おに~さんはわたしと遊ぶの~」


「もう……」


 とたしなめつつも、春香もそれほど強く注意する気はないみたいだった。


「ごめんなさい、裕人さん。美夏がしよたいめんの人にこんなになつくのはめずらしいんです。よろしければ、お相手をしていたただければ……」


「おっけ」


「わ~い、じゃあ次はトランプね」


 というわけで、これじゃあもう試験勉強に来たっていうよりほんとにただ遊びに来たって感じだったが、楽しかったのでよしとしよう。あと一週間あるんだし試験勉強は何とかなるさ、きっと。明日は明日の風が吹く(現実とうとも言う)。


 で、気付けば夕方になっていた。


 夕食を食べていってはいかがですか? と春香は言ってくれたのだが、ウチには定時に食事をあたえないとあばれだす問題人物がじやつかん一名(時によりもう一名:ぼう音楽教師)ほどいるので、うしがみ引かれる思いながらおことわりした。


「そうですか……ざんねんです」


「せっかくさそってくれたのに悪いな。今度はちゃんとエサを用意してから来ることにするから」


「エサ? 裕人さん、ワンちゃんでもってるんですか?」


「あー、まあ……」


 手がかかるって点ではたようなもんだ。イヌの方が聞き分けがいい分だけはるかにマシだが。


「ワンちゃんですか……。あ、そうだ。それなら昼間に食べたプラムプディングの残り、お土産みやげつつみますね。よかったらワンちゃんにも食べさせてあげてください」


「いやそこまでしてくれなくても……」


「大したじゃありませんから。えんりよしないでください。私、ワンちゃん大好きですし」


 づきさんにそのことを伝えてきますね、と、春香はあしでぱたぱたとを出て行った。いつのにかウチにはイヌがいることが確定になってしまったみたいだ。


「ま、いいか……」


 大きなちがいはないし。


「ね、おに~さん、ちょっとちょっと」


「ん?」


 と、がちょいちょいと俺にまねきをしていた。何だ? ここは定番として、本人がいない間にはるの子供のころのアルバムを見せてくれるとかそういうてんかいか。


 などと少したいしてそっちに行ってみると、


「おに~さん、この前はアキバ楽しかった?」


「!?」


 いきなりそんなとんでもないことをかれた。


「お姉ちゃんと二人でデートしてきたんでしょ? い~な~。ね、もう手はつないだの? キスは?」


「な……」


 とつぜんの質問にこんらんし、ことまる。


「何を言って──」


 ほんとに、突然何を言い出すんだ、この子は。


「ふっふっふ。とぼけてもムダだよ。わたしにはちゃ~んと分かってるんだから」


「と、とぼけるって、何のことだよ……」


 アキバって……当然先月のあの春香との買い物のことを指してるんだよな。というかそれ以外ありない。でも、何でこの子があれを知ってるんだ? カマをかけてるにしても行き先がたいてきすぎる。


 俺のあせりを見て取ったのか、さらに美夏は突っ込んできた。


「ふ~ん、とことんとぼける気なんだ~。でもね~、もうネタは上がってるんだよ。確か連休明けの日曜日だったかな~? お姉ちゃん、新しい服着てうきうきで出かけていったんだよね~」


 にやにやと笑う美夏。


 ……日にちとしようさいまで合ってやがる。ということは……あんまみとめたくないが、ほんとに美夏はあのことを知ってるってことに。いや、でも春香がこういうことをだれか(たとえ妹とはいえ)に話すとも思えないんだが……


 なやむ俺に、美夏はとどめをしてくれた。


「お姉ちゃん、おに~さん専用のリッパな〝お買い物のしおり〟まで用意してたよね。ようかいようの」


「……」


 もう、みとめるしかなかった。


「何でそのことを……」


 うなだれる俺に、ほこったように、にまっと笑った。


「へへ~、実はね、〝お買い物のしおり〟をこっそり見ちゃったんだ~。ていってもわたしが悪いんじゃないんだよ。だってお姉ちゃん、リビングのテーブルにどうどうきっぱなしにしてたんだもん。見るなってのがムリな話でしょ?」


「……」


「で、ちらっと見てみたら二冊あって、その一つに『ゆうさん用』って書かれてて、この『裕人』さんってだれなんだろってに思ってたら……お姉ちゃんが連れて来たお客さんの名前が『裕人』なんだもん。わたし、びっくりしちゃった」


「はあ……なるほどな」


 なつとくした。イヤになるくらいに納得した。それならお買い物のことを知っていて当然である。


 しかし何つーか……そういうところ(置き忘れ)は実にはるらしいな。完全けつに見えていつもかんじんなところでけに抜けまくっている。まあもうれたが。


「でさ~。ついでにもういっこいていい?」


「……どうぞ」


 もうここまで来たら何を訊かれてもおどろくまい。どくを食らわばさらまでと思ったのだが。


「おに~さんは、お姉ちゃんのみつのことも知ってるんだよね?」


「え……」


 それは少しそうがいの質問だった。


 春香の秘密。それが指すものはもう一つしかないだろうが、たしてそこまで答えてしまっていいものなのか? いや、そもそも家族は秘密のことを知らないんじゃなかったのか? それとも美夏にだけは特別に教えてあるのだろうか? ……あー、もうワケが分からん。


「ど~なの、おに~さん」


「い、いや……」


「あ、その目は知ってる目だな~。ほらほら~、大人しくいちゃえば楽になるぞ~」


 まよっていると、美夏は俺のわきの下をこちょこちょとくすぐり始めた。


「こ、こら……俺はそこ弱いんだ」


「あ、それいいこと聞いた~、ほれほれ~」


「う、うははははは……や、やめ」


「ほれほれ~」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る