第三話〈4〉



    2



 女の子が描いてくれた地図のおかげで、何とかざかに辿り着くことが出来た。


 出来たんだが……


「何だ、こりゃ……」


 それが俺の口から出た最初のことだった。


 目の前にあるのは巨大な門。かいおさまりきらないほど長く、アルカトラズ刑務所みに高いへい。そのはるか向こうに見えるは中世ヨーロッパのぞくが住むようなごうそうしき。庭にはローマの休日に出てきたみたいなふんすいなんかもありやがる。


 ここが本当に日本なのか、少しばかり疑いたくなるようなこうけいだった。いや乃木坂家が金持ちだってことは知ってたが……これはいくら何でもげんってもんを超えてるだろ?


 だがまだこれで終わりではなかった。


 全然終わりではなかった。


 さらに我が目を疑いたくなることに、りんらした俺を出迎えてくれたのは……何とメイドさんだった。メイドさん。この前アキハバラでしゆ(ネコミミ付き)を見たが、まさかこの現代日本家庭に実物がそんざいしていようとはね。もうおどろきを通り越してことも出ない。


 メイドさんは俺を見ると、うやうやしく頭を下げた。


あやゆう様ですね? はるじよう様からお話はうかがっております。どうぞお入りください」


「は、はあ」


 生まれて初めての『様』付けに感動するヒマもなく、アホみたいに広い庭をメイドさんの案内で進んで行く。うわ、何か森みたいなのがあるし。おまけにそのわきにはさらさらと小川までもが流れている。もうちょっとした自然公園だな、これ。


「こちらになります」


 広い広い庭をけ、しきの中に足をれる。半ば城みたいながいかんの屋敷は、やっぱり中も城みたいだった。てか吹き抜けのホールなんて初めて見たし、ごうなシャンデリアやアンティークのよろいの置物がデフォルトでそうされているなんて、平均的な中流家庭に育った俺からすればほとんどしようではない。


「すげえ……」


 というかすごすぎる。


 あつにとられていると、メイドさんがさらりとこわいことをげてきた。


「私のあとはなれないようにしてください。はぐれるとたいへんなことになりますので」


 どこのめいきゆうだよ……。とはいえ確かにこの広さ。方向おんな俺がまよったらたぶんえらいことになるな。屋敷内でそうなんなんてずかしいことはしたくない。


 それからメイドさんのせんどうで、角を七つ曲がり、やたらと長いろうを二つ直進し、階段を三つ上り下りしてようやく辿たどいた客間らしきところ(つーか広すぎて客間なんだかホールなんだか分からん)で、やっと春香と会うことがた。しきに入ってからここまでのしよよう時間二十分……ありない。


「あ、裕人さん、いらっしゃいませ」


 の中央にでん、と置かれていたアンティークっぽいソファから立ち上がって、白いサマードレス姿すがたの春香がまんめんみで迎えてくれた。


づきさんも、案内ごくろうさまでした」


「いえ、仕事ですので」


 そっけなくメイドさんが答える。


「立ち話もなんですから、どうぞくつろいでください」


 すすめられてソファにこしを下ろす。おお、ふかふかだ。


「よろしければお茶をおれいたしますが」


「あ、お願い出来ますか?」


 メイドさんの申し出に、春香が答える。


「はい、もちろん。葉はいかがなさいますか?」


「えっと、確かニルギリのファーストフラッシュがありましたよね。それでロイヤルベンガルタイガーを二つお願いします」


「ティーフードはどうしましょう? マドレーヌとプラムプディング、ビクトリアケーキでしたらすぐにご用意ますが」


「う~ん、それじゃプラムプディングで」


「分かりました。では十分ほどお待ちください」


 そんなやりとりを交わしてメイドさんが出て行った。いやどうでもいいが出てきた単語の半分くらいが分からんかったんだが……。ロイヤルベンガルタイガーって、モンスターの名前か何かですか?


「少し待っていてくださいね。づきさんのれる紅茶、とってもしいんですよ」


 ……紅茶の名前だった。


 紅茶なんてそれこそ缶とかペットボトルに入ってるやつしか飲んだことない俺に、そんなのが分かるはずもない。ていうか、つう分からんだろ。


 十分きっかりで、メイドさんはもどってきた。


「ロイヤルベンガルタイガーと、プラムプディングになります」


 俺たちの前にカップとおちやはいし、メイドさんはすじをぴんと伸ばしてはるの後ろに立った。どうもそこがていらしい。


 そんなメイドさんに、春香が顔を向ける。


「え~と、ちゃんとしようかいしておきますね。こちらはさくらざか葉月さん。私たちの身の回りのお等をやってくださっているメイド長さんです」


 メイド『長』ってことは他にもいるんだろうか、メイドさん。


「桜坂葉月と申します。お見知りおきを」


 そつのないどうでメイドさんがぺこりと頭を下げる。ことこそていねいなものの、その表情はぴくりとも動かない。うーん、春香に対するさっきのはんのうといい、クール系の人なのかな。美人なんだけど、ちょっとにがなタイプかもしれん。


 と、心の中でこうさつしていると、


「葉月さんは、ぶっきらぼうに見えるけどとっても優しい人なんですよ」


 俺の考えてることが分かったのか、春香がこっそりと耳打ちしてきた。


「この間も、夕食の残り物を近所のノラネコに分けてあげていましたし、お休みの日には必ずペットショップをのぞいたりしてるんですよ。しゆもヌイグルミ集めで、おにはかわいいヌイグルミがいっぱいあります」


 ヌイグルミねえ……。うーむ、このじようだんを言ってもぴくりとも反応しないどころか思わず人間やめたくなるようなぜつたいれいせんを返してきそうな人が、クマやらネコやらのファンシーなヌイグルミを部屋に集めて名前とかを付けてるってのか。悪いけどそうぞうがつかん。


「……はる様、聞こえております」


 づきさんが横からぼそりとこうする。おや、何かそのほおが少し赤い。


「あ~、葉月さん、れてる」


「……………………そんなことは」


 めちゃくちゃあるみたいだった。


 それからしばらく、メイドさんをまじえて三人で話をした。


 確かに話してみると、葉月さんは見た目ほどとっつきにくい人じゃないことが分かった。


 話しかければつうに答えてくれるし、ジョークを言えばはんのうはしてくれる(笑ってはくれなかったが)。ただ感情を強くおもてに出すことがほとんどないため、何を考えてるんだかがじように分かりづらいのがなんてんだが、春香いわく「れてくればみような表情の変化が分かりますよ」とのことらしい。うーむ、そういうものなのか?

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