第三話〈3〉



    1



 というわけで、なぜだか春香の家でいっしょに試験勉強をすることになったのだが。


 日曜日。


 俺はいきなりまいになっていた。


「えと、これがうちまでの地図です。駅からは歩いて十分くらいなので、まようことはないと思うのですが……」


 と、春香から地図を受け取った時点で気付くべきだったのだが、あいにく春香の自宅にごほうもんということではたから見たらちょっとやばいくらいにかれまくっていた俺はそのことを全くしつねんしていた。ようやくそれを思い出したのはり駅に着いて初めて地図を見た時だったのだが……まったくもってこうかい先に立たずというやつである。


 春香からもらった地図を開く。


 そこには、八目ウナギが十五匹ほど集団ヒステリーを起こしてきようらんれいしている図があった。


 しかもわきにはパラノイアみたいな目をした(おそらく)小鳥であろう生物がな笑いをかべながら「こっちだよ♪」とウナギのハラにとがったぼうのようなモノを付き立てている。……これは何だ? あらの心理テストか?


「……」


 本気できたくなった。


 地図のすみっこに小さく書かれている〝ぷろでゅーすどばい春香〟の美しすぎる文字が今はうらめしい。


 しかし……どうしたもんか。


 てきとうに進んでみようにも、最初の交差点ですでにどっちに行きゃいいのかすら分からん(ぜつぼうてき)。電話して直接道をこうにも春香はけいたいを持ってないし、ざかの電話番号なんておぼえてない。住所こそまともにさいされているものの、それを見ただけじゃ地元民じゃない俺にはさっぱり分からんし、あたりには交番もないときてる(お手上げ)。


「ダメだこりゃ……」


 ほうに暮れて、旅につかれたわたどりのごとくぐったりとみちばたすわんでいると、とつぜんはいから声をかけられた。


「どうかしたんですか、おに~さん」


 かえると、女の子がこっちをのぞんでいた。中学生くらいの、きらきらとした目のかがやきがいんしようてきな子で、かなりととのった顔立ちをしている。ふくそううすいピンク色のサマーセーターにプリーツスカート。頭の横でちょこんと二つに結んだ髪型がかわいらしい。あと一、二年もすればちがいなく美少女とばれるレベルだろう。


「さっきからうーうーうなってるけどおなかでもいたい? れいきゆうしや呼ぶ?」


「いやそうへ送ってどうする……」


「あ、こういう場合は救急車か」


 女の子がくつたくなく笑う。あんま笑うところじゃない気もするんだがな。


「で、ほんとどうする? あい悪いんなら人を呼ぶけど?」


 ちょっとしんけんな顔になった女の子。


「いや別にそういうわけじゃないんだ。ただ道にまよってただけで──」


 と、そこでふと思った。どうも感じからしてこの子は地元の子みたいだ。だとしたらこの地図が分かるんじゃないか。春香の地図も、もしかしたら俺が読み取れないだけで、見る人が見たらちゃんと地図としての役割をたしているのかもしれない。


 いちの希望をたくして地図を見せると、女の子はあからさまにイヤそうな顔をした。


「何これ? ようかい? とか……」


「……」


ひやつこう?」


 希望はいつしゆんにしてかんなきまでにたたつぶされた。……まあ、分かっちゃいたが。


「……それ、地図らしいんだ。いちおう」


 しんじつげると、女の子は飛び上がらんばかりにおどろいた。


「……地図って、これが? ウソ!?」


「いやほんと」


 俺としてもあんまり信じたくないんだが、ホントなのである。


「うわ~、どう見てもこれ、ようかいとかあくとかにしか見えないんだけど──」


 女の子がめずらしいモノでも見るような目で地図(?)をながめる。その点に関しては俺も全く同意見だ。


「ひょっとしてこれが道のつもりなのかなあ。このヤマタノオロチみたいなの。うわ、こっちにはぬらりひょんみたいなのがいる。あっ、ここにはからかさオバケも」


 などとさわいでいた女の子だったが、


「……って、ん?」


 そのせんがある一点にかったときに、動きがぴたりと止まった。


「……げ、これってまさか」


 そしてごんでびりびりと地図を破り捨てた。


「お、おい……」


 いや破りたくなる気持ちはいたいほど分かるんだけど、それがなくなるとざかへの手がかりが全く完全になくなるんだが。


「えっと、おに~さん。たぶん、あれ見ても永久に目的地に辿たどけないよ?」


「それはそうなんだが……」


 しかしあんなもんでもないよりはマシかもしれない。……タダより高いものはないってことはこのさい気にしないとして。


「あれならない方がマシ。うん、ぜつたいマシ。だから、わたしが新しいのいたげます。おに~さん、何か描くモノ持ってる?」


 女の子はいつとうのもとにそうて、右の手の平をひらひらと差し出した。よく分からんが、どうも地図を描いてくれるらしいので、素直に持っていたメモ帳とボールペンを差し出す。


「住所はいちおうこれらしいんだが……」


 細切れになった地図の、住所が書かれている部分(たつぴつ)を拾って女の子に見せるが、女の子はそれをちらりと見ただけで、すぐにうでを動かし始めた。


「はい。さらさらさら、と」


 れた手付きでペンを走らせる女の子。早いな。


たよ。はい」


「おお」


 そこには、はるいたアレとは月とスッポンどころか満月とミドリガメ、比べるのも失礼なくらいごとな地図があった。


「うまいもんだな……」


 これならきっとサルでも辿たどける。


「そんなことないよ~。すっごくかんたんな道のりだもん。さっきのようかいみたいに、分かりにくく描く方が難しいくらいで」


 とは言うものの、女の子はまんざらでもないようだった。


「でもとにかく助かった。ほんとにさんきゅー」


「いいっていいって。こんなのかんしやされるほどのことじゃないよ。──それに、こっちにもせきにんがあるわけだし……」


「?」


「ん、え、えっと何でもないの。それじゃわたしはもう行くから。またね、おに~さん!」


「あ、ちょっと!」


 めるもなく、女の子は風のように走って行ってしまった。


 ……一体何だったんだろうな。まあおかげで助かったけど。

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