第二話〈8〉


「そろそろ帰るか」


「……はい。そうですね」


 すっかり泣き止んだ春香が、がおでベンチから立ち上がる。


「でも……まだちょっとだけざんねんです、『ぽーたぶる・といず・あどばんす』」


「まあ、また今度の休みにでもさがしてみるか。もしかしたらどっかで売れ残りとかがあるかもしれないしな」


 俺が言うと、春香はキツネに両ほおをつままれて左右に力いっぱい伸ばされたみたいな顔をした。


「い、いいんですか?」


「ああ。言ったろ? 俺も今日は楽しかったって。だから春香とまた出かけられるんなら、望むところだ」


「う、うれしいです!」


 スキップをしながら前に出る春香。その先には──


「春香、前!」


「え?」


 おそかった。


 ガンッ、とにぶい音。


「……いたいです」


 ──公園のがいとうがあった。そりゃ痛いだろうよ。相変わらずドジというかけてるというか……。でもそんな春香を見ていると頬が自然とゆるんできてしまう。


「……ゆうさん、人の不幸を笑うのはヒドイと思います」


「え、笑ってないぞ」


「わ、笑ってますよ! 思いっきり笑ってます」


 ぽかぽかとゲンコツで俺のむねたたく春香。いや全然痛くないんだけどな、これが。


「あー、分かった分かった、俺が悪かった」


「……せいが感じられません」


「いや誠意って言われても」


 どうすりゃいいんだか。助けを求めるべくまわりをわたすと、かいすみに何やら直方体の物体が映った。アレって……お、そうだ。


「だったら最後にもう一回アレやってくか? 俺のオゴリで」


 公園の外を指差す。そこにあったのは昼間にはるがやっていたガチャポン。ここってあの店のうらだったんだな。


 それまでぷ~っとほおふくらませていた春香の顔が、いつしゆんでぱあっとかがやいた。


「ほんとですか? やったあ!」


 百円玉をわたし、春香がそれをこうとうにゆうぐちに押し込みレバーを回し、ガチャポンっと丸い物体がころがり出て来る。とうめいのプラスチックケースにつつまれたその中身を見て、春香がさけんだ。


「こ、これって……〝はにトラポーズ〟です!」


 ……は? 何? 今のって日本語?


「『はにかみトライアングル』のヒロインで『ドジっのアキちゃん』がとくとする決めポーズです。ほら、かわいいでしょ?」


 春香の手の平の上では、あおいろかみをした女の子がスカートのすそゆびでちょこんとつまんでぺこりと頭を下げている。なるほど、りやくして〝はにトラ〟ってわけか。……にしてもこのポーズ、どっかで見たことねえか?


「私、これたからものにしますね」


 うれしそうにフィギュアをむねいて、春香がにっこりと笑った。


「……これを?」


 このワケの分からんポーズをしたやつをか? これならあのピアノをいてるフィギュアの方が数段マシのような気がするんだが。


 だけど春香は静かに首を横にり、


「このポーズ、とってもかわいいんでお気に入りなんです。それに──」


 ちょっとだけ頬をめて、


「それに……ゆうさんが買ってくれたものです。それだけで、私にとっては大事な大事な宝物です」


 そんなことを言ってくれた。


 ……まいったな。


 しんけんれた顔してそんなことを言われるとこっちとしても何て答えればいいのやら。てかそれ以前に、顔がってまともに春香の方を見られやしない。


 夕方のすずしい風が頬に当たる。その心地ここちよいりようで顔を冷やしながらしばし(三分ほど)じゆつこうして、俺はようやく何とか返事をひねすことに成功した。


「……大事にしてやってください」


 ……ま、それが気のいた返事であったかどうかはともかくとして。


 こうして、俺と春香の初めての買い物は終わったのだった。








 ちなみに後日のぶながに聞いた話であるが、例のみようなポーズをしたフィギュアはレア中のレアモノで、全国でもいまだ五十体ていしか確認されていない天然記念物みたいなしろものであるとか。……世の中って分からん。

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