第二話〈6〉



    4



 そして何だかんだで時間は過ぎてゆき。


 いよいよ(はるにとって)本日のメインイベントである、けいたいゲーム機こうにゆうの時間が近づいてきた。


「時刻は現在午後四時四十八分……いよいよメインイベントです」


 ここまでじゆん調ちようにイベントをこなしてきてじようげんの春香の後を付いて、最終目的地である電気屋へと向かう。ちなみに俺の両手には二つの紙袋。本日の(春香の)にゆうしゆぶつである。中身はほとんどがあちこちでもらった無料はいの冊子やカタログ、ポスター等で、その他にもマンガ(『イノセント・スマイル』今月号やら)に小説などが少々。量はそんなに多くないが、紙モノが多いためけっこう重い。


「裕人さん……だいじょうぶですか? あの、やっぱり私、半分持ちます」


「いや、平気」


 づかってくれるのはうれしいが、もつちくらいしないとほんとに何しに来たんだか分からんからな。


「でも……」


「ほんとにだいじようだって。重い荷物を持つのは昔かられっこだし」


 小学生のころからルコやらさんやらに時給五十円で(ほとんど強制的に)荷物持ちをやらされてたからな。真夏のあっつい日に俺がクソ重い荷物にひーひー言ってる横でヤツらは楽しそうにソフトクリームをめてたっけ。……いや、今になってれいせいに考えてみると、それって児童ぎやくたいとかそういうのじゃないのか、おい。


 自らのぎやくの思い出を振り返り少しうつになった俺を、春香がしんぱいそうにのぞんできた。


「何か顔色が悪いような気がするのですが……あ、あの、やっぱり荷物、重いんじゃないですか?」


「いや……ちょっとこくな過去を思い出して」


「過酷な……ですか?」


「ちなみにシャレじゃないぞ」


「?」


 はるの頭の上にでっかいハテナマークがかぶ。


「あー、何でもない。こっちのこと。それよりさっさと行こう。せっかくここまで来たのに、売り切れでもしてたらさんだからな」


 と、もついきおいよく持ち上げ春香の前に立って歩き出した俺だが、


ゆうさ~ん」


 すぐに春香にめられた。


「道、そっちじゃないですよ?」


「……」


 そういえば、俺は行く先がどこだか正確には分かってなかったんだっけ。


「こっちです」


「……はい」


 うなずいて、春香の後に続く。


 しかしあれだ。


 まさかこの時なになく言った言葉がまさか現実のものになろうとは、全くそうぞうもつかなかったね。






「……売り切れ?」


「はい。まこともうわけございませんが……」


 メガネをかけたいかつい顔の店員さんが深々と頭を下げる。


 現在俺たちがいるのは、某大型電気店3Fのゲームコーナーである。ぴったりお買い物のしおり通りの時間にここに辿たどいた俺たちを待っていたのは、『ポータブル・トイズ・アドバンス』げんていばんシルバーモデルの空き箱の上にられた〝売り切れ〟の文字だった。


「限定版のシルバーモデルはたいへんな人気でございまして、予約分で七割方がはんばいみで、残った三割も午前中に完売してしまっております」


 それも大変なこんざつで、開店前もしくは前日からならんでいないとこうにゆうはまずムリだったでしょう、とフォローだか何だかよく分からんことを付け加えた。


「どうにかして、手に入りませんか?」


「当店の系列店にもざいはございませんし、他店に行かれたとしてもこの時間ではもうムリではないかと──」


 俺の質問にていねいに答えてくれる店員さん。マウンテンゴリラみたいな顔のわりに実はけっこういい人かもしれない。


 まあつまり話を総合すると。


「見込みが甘かった……ってことか」


 本気でそのげんていシルバーモデルとやらが欲しかったら、開店前──それこそ早朝くらい──からならぶくらいのかくひつようだったってことだろう。午後五時にのんびりと来店なんてそれこそ問題外だ。


「……」


 となりを見ると、たましいけかけて頭の上にふわふわといているのが見えそうなほどがくぜんとした顔のはるが立っていた。


 完全に、ぼうぜんしつって顔だった。


「あー、春香」


 だんはほとんど完全けつなのに、ここ一番のかんじんなところが抜けてるのは春香の特性だが、そこまでアレな顔をされると、何て声をかけていいんだか分からなくなってしまう。


「まあ今回は、運が悪かったってことで」


「……」


「春香?」


「……え? あ、はい」


 うつろなひとみで何とか返してくる春香。目が完全に死んでる。こりゃ……そうとうのダメージみたいだな。


「とりあえず出よう。これ以上ここにいてもしょうがないし」


 むしろいたたまれない気分になるだろう。


「……はい。そうですね」


 力のない声でそう答えて、春香はエスカレーターのある方へと歩き出そうとした。その身体がちゆうでふらりとれる。


「春香?」


「あ、あれ?」


 俺が声をかけるのと、春香の身体がそのままゆかに向かってゆっくりとかたむいていくのとはほとんど同時だった。


「!」


 床に着くすんぜんに何とか春香の身体を受け止めることに成功する。うわ、こし細いな。おまけにいいにおい……ってそんならちなことを考えてる場合じゃないだろ!


だいじようか、春香!」


 俺のうでの中で、春香はまぶしそうに目を細めた。


「は、はい。何だか少しふらっとして……」


 ひんけつか何かだろうか。確かにただでさえ白い春香の顔が、今はさらに紙のように白くなっている。どうする……ここは店の人に助けを求めるかあるいは救急車でもぶか──


「あの、ゆうさん。私、平気です。これくらいなら少し休めば楽になると思います」


 俺の考えていることが分かったのか、はるが力なく首をった。


「でもな……」


「お願いします。おおごとにして裕人さんにめいわくをかけたくないんです」


 ……かたない。ここは春香のそんちようしよう。


「……分かった。じゃあとりあえず店を出て、どこか休める場所に行くぞ。──ちょっとガマンしてくれ」


「え? ゆ、裕人さん!?」


 目をシロクロさせる春香をげる。何をかんちがいしたのかしゆうからくちぶえやらかんせいやらが上がったがムシして、俺はダッシュで店を出た。


 ……しかしおひめさまっこなんて、するのもされるのも(されたくないが)生まれて初めのけいけんだな。

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