第二話〈5〉



    3



 昼メシの時間となった。


 しおりによると、昼食は『キャロット・キュロット』という店に決まっているらしい。


「この店、どんな店なんだ?」


 ファミレスか何かだろうか。店名だけじゃよく分からん。


 俺のその質問に、はるは待っていましたと言わんばかりに、にっこりと笑った。


きつてんです。雑誌で見て、前からぜひ一度行ってみたいと思っていたお店なんですよ。メインイベントに次ぐ重要なイベントになっていますので、楽しみにしていてくださいね」


 重要イベントね。ふむ、よく見ると確かにしおりの店名の横に花丸が付いてるな。ちなみに今まで気付かんかったが(というか心がきよしてたのかもしれんが)、メインイベントのぼう大型電気店の横にも何やらイラストのようなモノがかれている。針のようなヒゲとナイフのようなツメを生やし、目を血の色にめた化け物。……これはネコ、のつもりなんだろう、たぶん。


「ふんふ~ん♪」


 歩きながら、となりで楽しそうに『乙女の祈り』の鼻歌を歌う春香。


 だがそれとは正反対に、俺の心はてしない不安でいっぱいだった。イメージにすると、それまで真っ青だった夏の空に突然あんうんが現れてゴロゴロとカミナリが光りだす、みたいな(古典的)。


「着きました。ここです」


 春香の声で我に返る。どうやらうだうだと色々考えているうちに、いつのにか目的地へとうちやくしていたらしい。


「良かった、いているみたいです。早く入りましょう、ゆうさん」


 春香の声ははずんでいる。


 さて、春香おすすめとはどんなにあやしい(かなり失礼)店なのか。意を決して頭を上げた俺のかいに入ってきたのは──


「……あれ?」


 別に、どこにでもあるつうの喫茶店だった。


 ちょっとこじゃれた感じの、いかにも女の子ウケしそうなかわいらしい外観。窓ガラスからちらりと見えるないそうも落ち着いた感じで、ぱっと見る限りなかなか良さそうなふんである。店中に入ってみても、特に変わったところは見受けられなかった。白を調ちようとした落ち着いた内装。男の客がやけに多い気がするのが少し気にはなったが、それくらいはきよようはんというか、とりたててもんだいするようなことでもない。


 まどぎわせきすわりメニューを開く。メニューも──ちょっとファンシーな名前のモノが多いけど──いたってつうだった。ううむ、このようだと、どうやら俺のしんぱいも今回は(初めて)ゆうに終わったみたいだな。きっとはるも、この店のかわいらしいデザインにかれてここを重要イベントにしたんだろう。うん、そうにちがいない。何だかんだいって春香も、基本的には普通の女の子だしな。


 いくぶんほっとした気分でメニューをえらんでいると、頭上から黄色い声がってきた。


「いらっしゃいませ~。ごちゆうもんはお決まりでしょうか?」


 おっと、もうウェイトレスさんが注文を取りに来たか。まだこの『の国のパスタ』と『七人の小人のアップルパイ』のどっちにしようか決めてないのに。春香もメニューを見ながらうんうんとなやんでいる。よし、ここはもうちょい待ってもらおう。


 俺はメニューから顔を上げて、


「あー、すみません、まだかかりそうなのでもう少し──」


 待ってください、とは続けられなかった。


 せんの先にあったものに、俺の動きは完全にていした。


 ついでにこうかんぺきに停止した。


「……」


「どうかなさいましたか、お客様?」


 そこにいたのは……何というか、メイドさんだった。白いフリフリのエプロンドレスに同色のカチューシャ(みたいなもの。正式には何ていうのかは知らん)をそうしている。加えて何か頭にネコミミみたいなもんが付いてるように見えるのは俺の目のさつかくか?


「お連れのお客様もまだでしょうか~?」


「あ、はい。もう少し待っていただけますか」


「そうですか~。りようかいいたしました」


 銀色のトレイを持ったネコミミメイドさんがうなずく。……ネコミミメイドさん。自分で言ってて何だが、すごい表現だな。


「それではご注文がお決まりになったらおびください~」


 あいく笑ってネコミミメイドさんがシッポをふりふり立ち去っていった。それを確認して俺は春香にたずねた。


「あの春香……ここって」


「? きつてんですよ?」


 いやそれくらいは分かってるんだが……。そうじゃなくて、いつから日本の喫茶店はメイドさんがひようじゆん装備になったんだ。


「ここのウェイトレスさんのしよう、とってもかわいいんです。何と言っても、メイドさんですから」


「……」


 ……ちょっと待て。今、みなさんって言ったか?


 はるせきすわらせたまま、ダッシュで店の表にあるかんばんまで走る。さっきは気付かなかったが、そこには確かに〝メイドきつ〟『キャロット・キュロット』と書かれていた。


 なるほど……やっぱそういう店だったわけだ。


 じようつかれた気分になって席へともどる。


 メイド喫茶。確かにそれならメイドさんがウェイトレスをやってるのにもうなずける。というかそれが売りなんだろうから当然だろう。メイド喫茶でメイドさんがいなかったらそれはそれでようとうにく、看板に大きないつわりありだ。


 だからまあ百歩ゆずってそれはいいとしよう。いやあんまよくない気もするがそれを気にすると話が進まなくなるんでいいことにする。でもな──


「……なあ、何でみんな、頭にネコミミが付いてるんだ?」


 そこが最大の疑問だ。おまけによく見ればシッポが付いているメイドさんまでいるし……。あれには学術的に一体どんな意味があるのか。


「ええと、かわいいからじゃないでしょうか」


 春香は実に単純明快な答えを出してくれた。


「メイドさんはそのままでもかわいいですけれど、そこにネコミミを付けることによってさらにかわいさあっぷです。一+一が二じゃなくて三にも四にもなるこうれいですよね?」


 にこにこと笑う春香。そんなかわいく同意を求められてもこまるんだが……


「いいなあ、かわいいなあ……私も着てみたいなあ。今度づきさんにしてもらおうかな……」


 夢見るようなひとみでネコミミメイドさんを見つめる春香。うーむ、春香にメイド服か……。ちょっとだけそうぞうしてみる。エプロンドレスを着てネコミミを付けた春香。にっこりと笑って「ご主人様♪」。………………い、いいかもしれない。


 ──って何考えてんだ俺は! これじゃネコミミメイドがツボだとか何とか言ってたあのアホと変わらんだろうが!


 あまりに頭の悪いもうそうをしてしまい自己けんもだえる俺をしりに、いまだに春香は店内をゆうかつするネコミミメイドさんたちをぼ~っとふくの表情で見つめている。そしてとつぜん、何かを思い付いたかのように左手の上に右手をぽんと落とした。


ゆうさん、私……いいこと考えついちゃいました」


「……何でしょう?」


 それはきっと俺にとってはいいことでないと思う。もうだんげんるのがこわい。


「写真をらせてもらいましょう」


「は?」


「せっかく来たんですから、メイドさんといっしょに記念さつえいです」


「いやちょっと待て──」


 俺が止めるもなく、どこからともなくデジカメを取り出したはるは行動に出た。


「すみません、あの……いっしょに写真をらせていただいてもよろしいですか?」


 テーブルのわきを歩いていたネコミミメイドさんをめて、そうストレートに切り出した。しかし、


「すみません、当店では写真撮影はごえんりよいただいていますので……」


 とネコミミメイドさん。


「え、そうなんですか……?」


「はい。もうわけありませんが……」


 ネコミミメイドさんが頭を下げる。よ、良かった。春香には悪いが、おかげで店内での写真撮影なんて半ばしゆうプレイに近いずかしいマネをしなくてんだな。


 ──とあんするのはまだまだ早かったみたいだった。


「ダメ……ですか。メイドさんと写真、撮りたかったのですが……」


 捨てられたねこみたいにしょぼんとする春香。そのあまりにらくたんした姿すがたを見かねたのか、ネコミミメイドさんはちょっと考えるりを見せて「う~ん、少しだけお待ちください。もしかしたら何とかなるかもしれないです」と言って店のおくに小走りで消えていった。いや何とかしてくれなくていいです……などと突っ込むヒマもなく、すぐにネコミミメイドさんはもどってきた。


「お客様、こちらまでおしください」


「?」


「え~と今、店長にじようを話してさつえいきよをもらってきました。私でよろしければ、どうぞ写真をってもらってけつこうです。ただし他のお客様の手前、お店のおくでこっそりと撮影ということになっちゃうんですが……」


「ほんとですか? ええ、それでいいです。ありがとうございますっ」


 花が咲くようながおはるがぺこりと頭を下げた。それを見たネコミミメイドさんが何やらずかしそうにほおめている。何というか、春香の笑顔は男女かかわりなく全ての人のハートをがっちりとキャッチするエンジェルスマイル(ひつさつ)なのである。ううむ、もしかしてしような女性ファンクラブ員を一人やしちまったんじゃないのか(星屑守護親衛隊。現在の男女比五:一)。




 かくしてこの日、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』とネコミミメイドさんそして俺の三人が仲良く笑っている(俺はってたかもしれんが)という、こうせいまでかたがれそうなじようにコメントがしづらい写真が生まれたのだった。






 さて(まんめんの)笑みのネコミミメイドさんに見送られ、俺が心のそこからろうしてメイドきつを出た直後のことだった。また何か新しいモノを見付けた春香が本日五度目のとつこうをかけ、いいかげんれてきた俺が店の前にあったきたないベンチにこしを下ろしてぼんやりとしきながめていた時のことだった。


「あれー、もしかしてゆうじゃない?」


 人ゴミの中から、ありない声が聞こえた。


 とりあえず他人のフリをしてあさっての方向を見たのだが、ヤツはそれであきらめてくれるようなしゆしようせいかくをしていなかった。


「ねー裕人だよねー?」


「……」


「裕人ー?」


「……」


「あー、ムシだー。そういうことするんなら僕にも考えがあるよー」


「……」


「ふーん、いいんだねー。あのねー、はくじよう学園二年一組のあや裕人くんは幼稚園の時にバラ組たんにんいわくら先生に──」


「……分かった。俺が悪かった、のぶなが


 かんねんすると、れたというよりはもはやきた顔のおさなじみは「うんうん、それでいいんだよー」と子供みたいにうれしそうに笑った。


「けど信長……何でお前がここに?」


「ん? 変なことくねー、僕が休みの日はほとんどここに来てるってこと、ゆうが一番よく知ってると思うけどー。僕らの聖地サンクチユアリだしねー」


 ……そういやそうだった。


「ま、今日はちょっと用事があったんだけどねー。あ、正確には昨日からかー。てゆーかこっちにしてみたら裕人がここにいるってことの方がおどろきだよー。だん僕がさそっても全然乗ってくれないのにー」


 お前の誘いだからイヤなんだよ。こいつとこの街の組み合わせは俺にとって最悪のカップリングである。盆と正月どころかぶつめつそうしきがいっぺんにやって来たって感じだ。


 まあそれはともかくとして、確かにこいつの言う通りこいつがこの街にいることは驚くべきことじゃない。それはある意味海に魚がいることが当たり前のようなもんだ。真性アキバ系であるこいつが、休日にここにいなくてどこにいるのかって感じである。


 問題は、はると二人で出かけるということに気を取られすぎてそのことをすっかりさっぱりキレイにわすれていた俺ののうミソの方にある。ちっ、おぼえていればそれなりにたいさくも立てられたものを。


「どしたの裕人ー、顔色悪いよー」


「いやちょっとつうが……」


「へー、たいへんだねー。成分の半分が優しさでてる頭痛薬、あげようかー?」


 頭痛のタネがそんなことを言いやがる。


「あー、それより信長、お前も色々いそがしいんだろ? 俺にかまわず行ってくれていいぞ」


「えー、そんなことないよー。メインイベントはもう終わったしー、特に急いでやらなきゃいけないこともないしー」


「でも俺といても退たいくつだろ? せっかくの休日なんだから好きにはねを伸ばした方が……」


「何か裕人、僕にどっか行ってほしいみたいだねー」


「い、いやそんなこと……」


 めちゃくちゃあるんだがな。少なくとも春香がもどってくる前に消えてくれないと、色々とやつかいなことになるのはもう明白である。えんを見るよりも明らかである。


「ふーん……ま、何でもいいけどさー。分かったよー。もう用事はんだしー、僕はねむいから、大人しく帰ってることにするー」


 本当に眠そうな顔でカバみたいに大きな欠伸あくびをして信長が伸びをした。ムダにタフなこいつにしてはめずらしい。


「昨日からちょっとしたイベントがあってねー。ならびっぱなしでほとんどてないんだよー。でもおかげで目的のブツはゲットたからいいんだけどねー。あははー」


 何かこいつはこいつで色々とたいへんみたいだな。


「じゃーねーゆう、また明日学校でー」


 右手に持った紙袋をぶんぶんとりながら、のぶながは駅へと歩いていった。

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