第二話〈4〉


 とまあ、それ(けいたいゲーム機こうにゆう)が本日の主目的らしい。


 とはいってもメインイベントにいたるまでにもいくつかサブイベントがあるようで、お買い物のしおりとやらのタイムテーブルにしたがって、俺たちはアキハバラの街を歩いていた。


 しかし……相変わらずすごい街だな、ここは。


 歩いていると目に入ってくるのはアニメやゲームなポスターやらカンバンやら、中には等身大のポップなんてものまでありやがる。まるっきり異世界、アナザーワールドって感じだ。じっと見てると何か頭がくらくらしてくる。


「えと……そこの道を左に曲がって、少し進んだところを右に曲がって直進して──」


 その異世界を、はるが地図を見ながらせんどうしてくれていた。


 ……何であの地図で分かるんだろうな。俺には何をどう見てもウナギが腹痛を起こしてうねうねとよじれている図くらいにしか見えん。あんな地図をけるのもある意味さいのうながら、それを正確に読み取れるのはもっとすごい才能のような気がする。……全くもってかんなきまでにうらやましくはないが。


「次にこの道を右ですね。そうしたら白い建物が見えてくるはずです」


 ともあれ春香のおかげで、ここまで俺たちはほとんどまようことなく目的地へととうちやくすることがていた。じゆん調ちようにサブイベントとやら(アニメショップの見学とかグッズショップのウインドウショッピングとか)を消化して、現在はお買い物のしおりにおける四番目の目的地である専門書店へと向かっているところである。


 大通りをならんで歩いていると、何だかあちこちで行列のようなものが見えた。ざっと見て三、四十人くらいの人間がぞろぞろとレミングスみたいに列をなしている。何かイベントでもあるのかね? この暑い中ご苦労なこった。代われるもんなら代わってあげたい。まあじつさいムリなんだけど。


 などと完全にごとながめていると、


「あっ、あれは」


 となりにいた春香がとつぜんとてとてと走り出した。あー、またか。走り出した先にあるのは一けんの店。そのうし姿すがただまって見守る俺。これで本日三度目である。さすがにもうおどろかん。


 ゆっくりと歩いて春香のあとう。


 春香は、店のディスプレイの前にぴったりと張り付いていた。


「かわいいです……」


 せんの先にあったのは赤色のかみをした女の子がヴァイオリンをいているフィギュア(定価二万五千円、高ぇ……)。それをまるでお気に入りのトランペットを見るため楽器屋に毎日通っている少年みたいな目をして、はるはじ~っと見つめていた。


 どうも春香はお気に入りのモノが目に入るとまわりが見えなくなるらしく、となりを歩いてる俺のそんざいすらもすっかりわすれて、真っ赤な布を見つけてこうふんするとうぎゆうのごとく、たんどくとつこうをかけるのである。


 おかげでそのたびに、俺はもつを持ったまま一人ぽつんと取り残されるというほうプレイを食らうハメになり、まあさびしいというかむなしいというか何で俺ここにいるんだろうなとか自分のそんざいについて少しばかり疑問をいだいたりもしたんだが……何だかそれもだんだんと気にならなくなってきた。


「かわいいものって、見ているだけで幸せな気分になりませんか?」


 と、学園ではぜつたいに見せない幸せそうなみをかべる春香。その生き生きとした姿すがたを見てると、そんなこと(俺への放置プレイ)なんてじようさいなことに思えてくるんだよな。ま、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』のこんなじやな顔が見られただけでほうしゆうとしては十分ってことで。


 ──それから十五分ほどがけいしたが、春香は一向にディスプレイの前からはなれようとしなかった。


「なあ……そんなに気に入ったんなら、買えばいいんじゃないのか?」


 さすがにこれ以上ここにいるのも少し営業ぼうがいっぽいんで、そうていあんしてみたところ、春香はそのととのった顔をくもらせて答えた。


「そうしたいのは山々なんですけど……予算がないんです」


「予算?」


 天下のざかのおじよう様からそんなことを聞くとは思わなかった。づかい月百万とかお年玉五百万とか、そういうレベルじゃないのか?


 とたずねてみると、


「そんな……とんでもないです」


 春香は大きく首をって力いっぱいていした。


「私のお小遣いなんて本当に少しばかりで……毎月どうせつやくするかに頭をなやませているくらいです」


「ちなみに、いくらくらいもらってるんだ?」


 参考までにいてみると、


「ええとですね──」


 春香の口から出たのは、俺の月の小遣いとほとんど変わらないがくだった。


がいだ……」


 はげしくがいである。あのゆいしよ正しい上流階級の代表格のざかのおじよう様と、ちゃんとした家系図が残っているかどうかもあやしい中流階級のステロタイプであるあやいつにすぎない俺のづかいがどうがくなんて、つうは考えられない。


「うちはお父様がきびしくて……今日だって、この日のために取っておいた大事な一万円札をちよきんばこから出してきたんです。……おかげでブタさんが天にされてしまいました」


 ブタさん……貯金箱のことか?


「だからムダ使いはなくて……。でも、いいんです。見ているだけで、十分満足ですから」


 えへ、とけなに笑うはる。うう、何ていじらしい……。そういう理由なら(店の人にもんを言われるまで)好きなだけ見なさい。おじちゃんがゆるすから。






 そしてさらにディスプレイの前で十分ほどの時間を過ごし。


「ありがとうございました。おかげさまで幸せなひと時を過ごせました」


 とのことらしいのでふたたび歩き出した俺たちであったが──


「あっ」


 また何か見付けたのか、大通りに出るなり春香が四度目のとつこうを見せた。いそがしいな。


 向かった先はとあるグッズ系の専門店。だが店内には入らずにその店先に置いてある直方体の物体にっていく。これはあれか、いわゆるガチャガチャだとかガチャポンだとかばれるたぐいがん自動販売機か。うーむ、なつかかしい。俺も小学生の時によくやったもんである。ぼう機動戦士や某筋肉超人のデフォルメされたゴム人形なんかは、今でも押入れをひっくり返せば大量に出て来るんじゃなかろうか。


「これって、アレですよね? 確かお金を入れると中からお人形とかが出てくる……。あっ、あれって……もしかして、『ドジっアキちゃん』?」


 ……何かどっかで聞いたような固有名詞だな。春香が指差した先には、やはりどこかおぼえのあるあおいろかみをした女の子がピアノをいているフィギュアの写真がられた四角いきようたい(長い……)があった。


「あれ……とってもかわいいです」


 再び少年の目になる春香。うーん、何となく春香の好みのけいこうが分かってきた気もするな。


「だったらやってみたらどうだ?」


 さっきのやつとはちがって、これならリーズナブルだし。


「え? やるって、これをですか?」


「ああ」


「え、でも……」


 すすめてみたものの、はるは何やらもじもじとちゆうちよしている。あれ、もしかしてあんまり乗り気じゃないのかな?


 すると春香は小さな声で言った。


「あの……実は私、初めてなんです」


「初めて?」


 って、ガチャポンが?


「は、はい」


 ずかしそうにこくりとうなずく。


「見るのもさわるのも今日が初めてなんです。えっと、こういうのを何ていうのかな……はつたいけん、でしょうか? なのでちょっとだけ心配だったのですが……あの、私にもるのでしょうか?」


「……」


 いやまあこととしては正しいんだが。でもこんな真っ昼間から人前で初体験とか言うのはやめてほしいです。


「ど、どうでしょうか?」


「うーん、まあ平気だろ。特にむずかしいもんでもないし」


 ガチャポンなんて、こうを入れてレバーをひねるだけだ。その気になれば幼稚園児でも出来る。


「そうなんですか。それならやってみます」


 ようやく春香もその気になったようだった。おもむろにさいをカバンの中から取り出し、新たにきゆうされたパソコンに向かう機械オンチの中年サラリーマンみたいに、すげぇしんけんな顔をしてガチャポンと向き合う。ま、ここはとりあえずあたたかい目で見守っておくか──


「あ、あれ? あれ? おかしいな……どうなってるんでしょう?」


 と思ったのだが、いきなり春香が何やらこまっていた。


「どうした?」


ゆうさん……これ、こわれているんでしょうか? お金が入らないんです」


「ん、そんなことないと思うが……どれどれ」


 のぞんでみる。


「……」


 そこには硬貨とうにゆうぐちひつに一万円札を押し込もうとしている春香の姿すがたがあった。……いや春香さん、それはいくら何でも。


「??」


「……春香、ガチャポンはへいは使用。硬貨のみ可だ」


「えっ、そうなんですか?」


「……そうなんです」


 いやマジ顔でかえさないでくれ。


「分かりました、こうですね」


 ふたたさいを開くはる。そして次のしゆんかん、ごそうを目の前にしておあずけをくらったまめしばみたいに悲しそうな顔になった。


「……硬貨がないです」


「……とりあえず、俺が立て替えておくから」


 このままじゃいつになったらスタートるのか分からなかったため、そうていあんした。


「……お手数をおかけします」


 千円札を両替機にませて、百円玉にえる。何かへいが硬貨に替わるとそんした気分になるのは俺が小市民だからだろうか。


「ほい、これ」


「は、はい」


 きんちようしたおもちで俺から百円玉を受け取る春香。


 そして春香のガチャポン初体験が始まったわけなんだが……ちょっとばかりすべきことがあった。


 それはちゆうどくしようである。


 けいけんじよう、この手のガチャポンは一度ハマるとなかなかせないことを俺は知っている。どうしても手に入れたいモノがある場合、それが出るまでやめられないのだ。


 それでもやるのが小学生ならまだいい。いくら続けたくてもなけなしのづかいがなくなれば物理的に続行がのうになる。何ていうか、ざいせいてきよくりよくがかかるのだ。まあそんな時に限って自分の次にならんでいたヤツが目当ての品をゲットしたりしてなみだむことになるのだが、そういったにがい経験をかえして少年は大人へと成長していくのだ……って、ちょっと話がズれたな。


 けつきよく俺が言いたいのは、しかしそれをやるのがそれなりにざいりよくを持った高校生だとしたらどうなるか? ということなのである。その答えをそうぞうすると……眩暈めまいおぼえるんだよなあ。


 願わくばその答えがはずれてくれることをたいしたのだが。


 現実ってやつは……そんなに甘くなかった。




 あんじよう、ハマりまくった春香がお目当てのモノ(『ドジっアキちゃん』ピアノバージョンとやら)を手に入れるころには、そうせきさんが四枚ほど羽をやして天へと飛んでいき、代わりに俺たちのまわりには山ほどのハズレカプセルが、かわに落ちている丸石のごとくごろごろところがっていたのだった。

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