第二話〈3〉



    2



 そういうだいで、俺の休日の過ごし方が決まったわけだったが。


 正直そんなに乗り気なわけじゃなかった。


 いや春香と過ごすのがイヤだってわけじゃない。というかそれ自体はその場で三べん回ってワンといてもいいくらいに喜ぶべきことである。『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』と二人きりで過ごす休日。特にやることもなく家で一人ごろごろと過ごすよりもかくだんゆうだと言えよう。……それに春香はかわいいし、いっしょにいるのは楽しいし、ごにょごにょ。


 にもかかわらずいまいち気乗りしないのは、何というか、俺にとってアキハバラという街にはあまりいい思い出がないからである。


 俺がこの日本最大の電気街に来るのはしようがいでこれが三度目であるが、その過去におとずれた二度が二度ともさんざんな思いをしていたりして……もちろんそれはこの街が悪いわけではなく、俺をここに連れて来たアホに問題があるわけなのだが、それでも心にきざまれた傷ってやつはそうかんたんに消えてくれないらしい。


 最初に連れて来られたのは、小学校一年生の時だった。


 そのころからすでにどっぷりとほねずいまでアキバ系だったクサレえんおさなじみ(♂)のあさくらのぶながさそわれて、ちょっとしたぼうけん気分で家から遠くはなれたこの街にやって来たのだが、とうちやくからわずか一時間後には俺はもうそのせんたくこうかいしていた。


 まいになっていた。


 ムダにざつぜんとして、ひつように入り組んだ街のど真ん中で、俺は一人ぽつんと取り残されていた。


 理由はごくかんたん。俺をここに連れて来た当のちようほんにんが、人のことをすっかりわすれて自分の買い物に走ったからである。その歳にしてすでに日本一の電気街の地理をじゆくしていたそのバカとはちがい、この街の右も左も上も下も分からない俺が(まあそれがつうなんだが)、ヤツとはぐれるのにそう時間はかからなかったってことだ。


 で、そんな俺がまいになって一人で駅までもどれるはずもなく。


 きじゃくる俺が警察にされたのは、それから二時間後のことだった。


 二度目はそれから何年かった後、小学校高学年くらいの時。


 もはや二度とあそこには行くまいとかたく心にちかっていたのだが、どんな心境の変化だったのか、さいヤツのさそいに乗ってしまった。その時もその時でアキハバラ中の本屋めぐりをさせられたあげにやっぱり自分の買い物に走りやがったヤツとはぐれてしまい、さすがにその時は自力で家まで帰り着くことがたのだが、そこにいたるまでの間にちょっとしたゴタゴタがあったりなかったり。


 まあとにかくそんなこともあって、俺はこの街があんまりとくじゃなかったりするんだよな。


 ちょっとだけ複雑な気分でまわりを見回す。


 待ち合わせ場所でもあるアキハバラ駅前。休日ということもありあたりにはエサにむらがるアリの集団のように人がうごめいている。そういえばはるはこの街が初めてとか言ってたか。最初は、なんつーかがいだなと思ったんだが、よく考えてみるとそうでもないのかもしれん。この一ヶ月で分かったことなのだが、春香の本質は基本的には見たまんまのおじよう様のそれなのである。よう姿たんれいのうめいせきせいかくおんこうひんこうほうせい。ゆえにアキバ系としてのけいけんは決して高くない(というか低い)。とはいっても、そのせんざいてきしつがエベレストみに高いだろうことだけは何となくうかがえるんだがな。


 などとぼんやりと考えていると、


「あ……もしかして待たせちゃいましたか?」


 ウワサをすればかげが差す。いつのにか春香がやって来ていた。


「ごめんなさい……時間通りに着いたつもりだったんですけど」


「いや、春香はおくれてない。俺がちょっと早く来すぎただけだから」


 これはほんとのことである。もう少しくわしく言えば、春香と休日に二人で会えることが楽しみで、早起きしすぎてしまったというじようもあるのだが、それは何となく遠足前にはしゃぐ小学生みたいでカッコ悪いので口には出さない。


 にしても──


「……うーむ」


 春香の私服姿すがたをお日様の下で見るのは初めてだが……何ていうか、かなりかわいい。さらさらのロングヘアーを白いカチューシャでまとめたお嬢様スタイルに白いワンピースとクリーム色のカーディガンというお嬢様なコーディネイトがまたこれ以上ないくらいばっちりハマっていて、ただでさえお嬢様なのが二・五倍増し(当社比)で超お嬢様になっている感じでさらにその全身にまとわれた上流階級なオーラがまた……あー自分でも段々何言ってんだかさっぱり分かんなくなってきたが、一言で言ってしまえばその姿はとにかく殺人的世紀末的りようてきにめちゃくちゃかわいいのである。


「あ、あの……どうしたんですか? そんなにじっと見られるとずかしいのですが……」


「あっ、悪い」


 思わずぼーっと見入ってしまっていたみたいだ。だけどそんな恥ずかしそうにちょっとうわづかいでほおめる姿すがたもまたかわいくて……い、いやこのヘンにしておこう。いいかげん自分の頭の中身がしんぱいになってきたし。


 ぼんのうはらうべく、頭をぶんぶんとる。そんな俺の姿をはるが不安そうに見つめた。


「? 私……どこかおかしいでしょうか? このお洋服、今日おろしたばかりのものなのですが……っていないのかな」


「いやそんなこと」


 全くありません。むしろ似合いすぎていてこわいくらいです。


 それに春香は気付いてないが、さっきからまわりのせん(特に♂)がものすごかったりする。そりゃあ春香ならどこを歩いてもいやおうにも注目を集めるだろうが、場所が場所だけにその目立ち方がはんじゃない。かなり半端じゃない。まさにひんそうぎたないガチョウ(俺ふくむ)のれの中にりた、れいゆうな白鳥といった感じである。


「そ、それじゃ行くか」


「あ、はい」


 うながすと、ワンピースのすそをひるがえして春香がにっこりと笑った。そのあまりに愛くるしいぐさに、しゆうからいつせいにためいきがこぼれる。マジで……かわいい(しつこい)。


 がんぷくってことを心からめて、俺は春香といっしょに歩き出した。






 さて、この辺で俺たちがこの街にやって来た理由をちょっとばかり説明しておくべきだろう。


 いやもちろん買い物に来ているわけだが、そういうことではなくて具体的に何を買いに来たのかということである。


 以下はちょっと前にわされた会話である。


「あのですね……銀色の『ぽーたぶる・といず・あどばんす』が欲しいんです」


 春香の口から出たのは、俺でも知っているくらい有名なけいたいゲーム機の名前だった。『ポータブル・トイズ・アドバンス』。略して『PTA』である。『銀色の』とは、おそらくその中でも手に入れるのが特にこんなんだというげんていばんのシルバーモデルのことを言ってるのだろう。確かのぶながのやつもかなり欲しがってたっけな。


「てことは、オモチャ屋に行くってことか?」


「う~ん、オモチャ屋さんというか電気屋さんだと思います。たぶん。私もよく分からないのですが、雑誌にそう書いてあったので」


 何かたよりないな……


「じゃあまず電気屋か? といってもこの街は電気屋ばっかだからな……」


 むしろここではそうでない店をさがす方がむずかしいくらいである。


「だったら、まずその辺の電気屋をかたぱしからあたってみるか?」


 とりあえずそうていあんしてみると、


「あ、ちょっと待ってください」


 止められた。


「あ、あの、実は今日のために用意したものがあるのです」


 何やらカバンをごそごそとあさり、はるが取り出したのはレポート用紙のような二枚の紙だった。


「えと、こちらがゆうさんの分です。お役に立てばいいのですが……」


「……これは?」


「〝お買い物のしおり〟です」


 にっこりと春香。


「は?」


 何だそれは。


「今日にそなえて私が作った特製のしおりです。行きたい場所とそこまでの道のり、とうちやくする予定時刻をかんたんにまとめたオールインワンのばんのうマップです。これさえあればもうばっちり。作るのに三時間もかかったんですよ。えへ」


 ひかえめに春香が笑う。


 なるほど地図ね。いや、まあ行きたいところを事前にまとめておいてくれたのはいいんだが、ひょっとしてこのミミズがのたくってヘビとケンカしてるみたいなけったいな線が地図だとか言うんじゃないだろうな。


 内心の不安をおもてには出さず、お買い物のしおりとやらをもう一度よく見てみる。地図の部分はもうぜつぼうてきなくらいアレだったが、それ以外はよくまとまっているみたいだ。これなら行き先をどこにするかにまようことはないだろう。……そこまでに到着るかはまた別問題だが。


 で、このお買い物のしおりとやらによると、けいたいゲーム機こうにゆうは最後(予定時刻午後五時)になっていた。


「なあ、何でかんじんのモノが最後なんだ? そんなに欲しいものなら最初に確保しといた方がいいんじゃ……」


 せんひつしようは日本人の定番だと思うんだが。それとも最後に買うことに何か意味でもあるのか。残り物には福がある?


 俺の質問に、春香はちょっとイタズラっぽく目を細めた。


「だって最初に買ってしまったら、それでお買い物が終わってしまいますよ。せっかく楽しみにしていたお買い物なのに……そんなのもったいないです。それに──」


「それに?」


「それに……一番のお楽しみは、最後に取っておくものだと思って」


 どうやら好きなオカズは最後に食べるタイプみたいである。

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