第一話〈7〉
で、俺たちがやって来たのは、今回もまた屋上だった。
ただしあの時とは異なり
それにしても今さらながらに乃木坂さんの人気のすごさというものを思い知らされる一件だった。あの分だとファンクラブの会員数が三
その乃木坂さんであるが、さすがに
とりあえず乃木坂さんが落ち着くのを待って、俺は口を開いた。
「えっと、何か話、あるんだよな?」
まあ何となく内容の
「あ、はい。その、朝のことで……」
ようやく息を
やっぱりそうか。考えてみれば、乃木坂さんがわざわざ俺なんかに声をかけてくる理由なんてそれくらいしか思いつかない。……自分で言っててちょっと切ないが。
「あー、あの時はいきなり突っ込んで、悪かった」
俺がそう言うと乃木坂さんはちょっと
「え? あ、ええ。それは良いんです。いえ、良くないのですけれど……」
どっちだ。
すると乃木坂さん、今度は
「その……あの時はありがとうございました。私のこと、助けてくれたんですよね?」
「あー、まあ」
助けたというか単に
乃木坂さんがクスリと笑った。
「
「いい人……」
女が男に向かっていい人と言う場合は
「とにかくお礼が言いたかったんです。綾瀬さんのおかげで、その、私が『イノセント・スマイル』を持っていることが知られないですみました。だから、本当にありがとうございました。そして……ごめんなさい。私のせいで
「いや別にそんな気にしないでもいいって。呼び出されたっていっても
「でも……」
「いいからいいから」
何度もそう言うとようやく
「綾瀬さんには、お
はにかんだ
なので話題を変えることにしよう。
「そうだ、それよりこれ、返しておくから」
いちおう
「あ、その楽譜も、綾瀬さんが持っていたんですね」
「ああ、
「ええ、今練習中の曲なんですけど……だいたいなら」
そううなずいた。やっぱり弾けるのか。タイトル通り、とても人間が弾くような
素直に感心していると、乃木坂さんは何かを思い出したかのように「そ、そういえば……」と、はっと顔を上げた。
「あ、あの……もしかして、見ました?」
「その……色々と、
「あ、あー」
あの人間を二、三人殺してエサにしてそうなクマのアレか。インパクトだけは強かったので、よーく
「ごめん。見た……というか目に入った。ちらっとだけど」
「や、やっぱり見たんですね?」
「それで、あの、どうでしたか?」
「え?」
どう、と言うと?
「その……
目をキラキラと
しばし
考えに考えた末、
「でもあのクマ、目付きは悪──い、いややたらと
という
「……えっと、クマ? ネコですけど、あれ」
何言ってるんですか? って顔で首を
「……」
「……」
「……そ、そうそう、ネコ」
ネコか。
それはさすがに分からなかったな。だって
「で、でもネコが指揮棒を持ってるってのもなかなかユニークで──」
「……それ、たぶんネコジャラシだと思うんですけど」
「……」
「……」
「……あ、ああ、ネコジャラシね」
しかしそんな俺の内心のぼやきに全く気付くことなく、
「どうでしたでしょうか? 自分で言うのも
「……」
あなた……それ、本気で言ってるんでしょうか?
乃木坂さんを見る。
そこには
これ以上ないってくらい真剣な眼差しだった。
「……」
まあ、人間何かしら一つくらいの欠点はあるってことで。
「……な、なかなか個性的かつインパクトの強いイラストで、いいんじゃないかと思うな。うん、どこかピカソのゲルニカを
すごく
「ほんとですか? わあ、
「本当に嬉しいです! 思い切って聞いてみた
「そ、そう……」
でも他の人には聞かない方がいいと思います。
「あの……これからもよろしくお願いします」
「?」
何のこと?
「やっぱりですね、だれかに見てもらった方が上達も早いと思うんです。一人で
「……」
それはまさかあの
「どう……でしょうか?」
「そ、それは……」
「だめ……ですか?」
さすがに
「お、俺で良ければいつでも」
声が上ずってたのは、まあご
「ほんとですかっ!」
すっげえ
それから少しの間(とはいっても三十分間はみっちり)、乃木坂さんから彼女のイラストにかける
「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました。イラストは、また新しいのが出来
これからピアノのレッスンがあるからと、乃木坂さんは去っていった。『エリーゼのために』を鼻歌で歌いながら、最高に
その
「……早まったかな」
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