第一話〈6〉


 その日の放課後、俺はかみしろ先生に職員室にされた。


 どうも朝のあの時にやったざいかれていたらしく、


「さて、あの時、何をかくしたのかしら?」


 青少年には少しばかり目にどくなすらりとした長いあしを組み替えながら、いきなりそんな質問をしてきた。まあ確かにあんなさんもんしば、この人相手ならばれていてもじゃない。さて何と答えようかとわずかになやみ、


「えー、隠したのはみとめますけど、別に校則禁止品とかじゃないんですよ。一身上のごうというか何というか、きんきゆうなんというか乙女のというか」


 けつきよく、自分でも何言ってんだかよく分からないそんな返答を返すと、上代先生はけいやくを完了したあくみたいににやりと笑った。


「ふ~ん、まあゆうくんがそう言うなら信じるけど。で、かばった相手ははるちゃん?」


「いや、それは」


ちがうの?」


「う……」


 何か……全部お見通しみたいだな。さすが年のこう、とか言うとおそらく本気でなぐられるだろうからけいなことは口にしないが。


「うんうん、みなまで言わなくていいから。そっか、そういうことならこの件はもんということにしておきましょう。う~ん、若いって、青春っていいわねえ。きらめく青春、ける十代。あ~私もあと五歳若ければな~」


 みよううれしそうに目をキラキラとさせる上代先生。何だか確実にかんちがいしてる部分がある気がするのだが、説明してもスイッチが入ったこのじようたいじゃあおそらく聞きゃあしないだろう。ムダな行動はひかえることにする。


「やっぱりね~、若いころってのは色々なけいけんをすべきだと思うのよ。ふたまた、三角関係、何でもありね。そういった経験がコヤシとなってやがてどろぬまの六角関係くらいに──」


 そのまま五分がけい


 ひとしきりあっちの世界に飛んで満足したのか、上代先生はもう一度その色っぽいおみあしを組み替えて言った。


「うん。話はそれだけだからもう行ってもいいわよ。…………て、待った。もう一個あったの思い出した。ねえ裕くん、私のけいたいどこにいったか知らない? 昼休みに楽譜をりに行ったあたりから行方ゆくえ不明なのよ」


「そんなもん俺が知るはずないじゃないですか……」


「そう? 実はゆうくんがかくしたとかない? ほら、好きな子にはついついわるをしたくなっちゃうっていうしゆんの男の子特有のしんで──」


はげしくていします」


「そこまではっきり言われるとおねいさん、ちょっときずくわねえ」


「……」


 ウソつけ、と小声で突っ込むと。


「うわ、ひどい言い草。ウソなんだけど。……それにしてもどこにわすれたのかしら。おかしいわねえ。ま、いいや。今日一日さがしてみて見付からなかったらたいさくを考えましょう」


てきとうですね……」


 俺が言えた台詞せりふじゃないかもしれんが。


「そうかしら? う~ん、にしてもキミとはるちゃんかあ……がいと言えば意外なカップリングよね」


「いやカップリングって……」


 話をもどされてしまった。しかもやっぱりちがったにんしきだし。


「いいのよ、隠さなくても。おねいさんには全部分かってるって言ったでしょ?」


「だから隠す隠さないじゃなくてですね……相手はあの『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』ですよ? 俺なんかじゃきたいくらいにわないし、それにそもそもが全部かいなんですって」


 しかし。


「身分ちがいのこい。ステキねえ……」


 ダメだこりゃ。まったく……ほんとに人の話なんて聞きやしない。


「……相変わらずですね、さん」


 さすが姉貴の友達だけのことはある。ま、みのしんけいじゃあの女の友達なんてつとまらないってことか。……しかし、俺のまわりって何でこんな人ばっかなんだろうな。のぶながしかり、三バカしかり、由香里さんしかり、姉貴しかり。るいが友をんでるとは……考えたくない。


「こら、学校ではかみしろ先生って呼びなさい」


 自分は人のこと名前で呼ぶクセに……といつしゆん思うのだが、


「私はいいのよ。セ・ン・セ・イだから」


 などとちやっ気たっぷりにウインクしながら言われようものなら、反論する気もなくなるってもんである。ま、とりあえず用事はんだみたいだしと教室に戻ろうとした俺に、由香里さんは部下のOLにセクハラするオヤジ中間かんしよくみたいな顔で、実に楽しげにこんなことを言いやがった。


「今日は校医のさいとう先生はしゆつちようだから、保健室のベッドはいてるわよ~。がんばれ、青少年~!」






 職員室を出ると、ざかさんが立っていた。


 例えるならチューリップのだんに咲くいちりんしらのように、ひかえめでありながらしかし他とはちがう確かなそんざいかんを持って、静かにそこにたたずんでいた。


「あ……」


 乃木坂さんは俺を見ると、頭の白いカチューシャをいじりながら何か言いたそうな顔で一歩前に出た。


 少しの間、乃木坂さんは何かにまよりを見せたままくしていたが、やがて決心がついたのか、


「あ、あのあやさん──」


 その桜色のくちびるを動かして何かを言おうとしたのだが、


「あれ、あそこにいるのってもしかして『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』じゃねえ?」


 どこからか聞こえてきたそんな声にあっけなくさえぎられた。


「え、どこだ?」


「ほれ、あそこあそこ」


 見るとろうの向こうで数人の男子生徒たちが、こちらをあからさまに指差しながら何やら話をしている。


「ほんとだ。ん……何か男に話しかけられてるみたいだぞ」


「ナニィ! 男だあ?」


 男子生徒の一人が、さつだった声を上げる。


 そういえば色々あって少しだけわすれかけていたが、ざかさんって有名人だったんだよな。それも超が付くほどの。その超有名人が職員室の前でしんこくな顔をして男(俺だが)と二人きりで向かい合ってりゃあ、そりゃ目立つか。


「え、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』がいるって?」


「男と?」


「なになに、何かあったの?」


 男子生徒のさけびが聞こえたのか、その辺を歩いていた他の生徒まで足を止めて、きようぶかそうな目で俺たちをじろじろとながはじめる。中にはわざわざ近くまで寄ってくるやつらもいるし。あっというに俺たちはうまかこまれてしまっていた。


 うーむ。


 おそるべきは『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』のめいである。公共の場で二人でゆっくり話すこともゆるされないってわけか。プライバシーってことがこれほど無意味に感じられたこともないな。まあ連中の興味は俺ではなく百二十パーセント乃木坂さんに向けられているわけであり、俺がえらそうに言える台詞せりふじゃないんだが。


 んなことを考えている間にも、野次馬の数はどんどんとえてくる。ざっと見ただけでも……こりゃすでに二、三十人はいるな。どこから集まってきたんだか。


 何にせよ、これ以上この場にとどまることはひやくがいあっていちなしだった。こんなに人がいるところで話も何もあったもんじゃない。


 ならばしゆだんは一つである。


「乃木坂さん、行こう」


「え?」


 生まれたてのカルガモみたいにきょとんとしている乃木坂さんの手を取って、俺はこの場からだつすべく全速力で走り出した。何か俺、乃木坂さんといっしょにいる時はげてばっかな気がするな。


「おい、何だあいつ、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』とれしく手なんかつなぎやがって!」


「何ぃ、手だと!」


 ひとがきをかき分けながら走っていると、野次馬の一角からせいがあがる。


「ちくしょう! 待ちやがれ!」


ゆるせねぇ……」


「くそ、てめぇ、顔はおぼえたからな! 今度見かけたらきにしておくじようからるしてやる!」


 なんて、すげえぶつそう台詞せりふが聞こえてきたりもした。何かそいつらのひたいに『はる様命~星屑守護親衛隊~』とか書かれた真っ赤なハチマキが巻かれていたように見えたのは、俺の目のさつかくだと思いたい。


 ……というか、錯覚であることを心から願います。

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