第一話〈4〉



    2



 それからしばらくは、特に何事もなくへいおんに過ぎていった。


 乃木坂さんはいつもと変わらずお嬢様だったし、俺も俺で相変わらずてきとうな学園生活を送っていた。朝はこくギリギリの時間に登校して、すいと戦いながら授業を受けて、休み時間はながたちとだべりつつ、放課後はのぶながのやかましいうんちくを聞きながらつるんでゲーセンに行ったりする。特にもくひようとか将来の夢とかもなく、だらだらと何となく過ごす退たいくつかつ予定調ちような日々。愛すべきルーチンワーク。


 だけどそんな変わりばえのしない日々の中、一つだけ俺にとって変化があった。


 それは。


 何だかあの日以来、ざかさんの姿すがたを目でってしまうことが多くなったことだ。教室とかで、ふと気付くと彼女のことを見ている自分がいる。うーん、これは何なんだろうね。


「それはねー、恋だと思うよー」


「うおっ」


 横からいきなり信長のアホ顔がにゅっと飛び出してきた。


「やっほー、ゆう。昼ご飯いっしょに食べようよー」


「お前……いつ来た?」


 全然はいとか感じなかったぞ。


「ふふー、無音どうじゆつは僕の四十八ある特技の一つなんだよー」


 ……こいつとは十年以上の付き合いになるが、いまだにその全容をあくん。まあ把握したいとも思わんのだが。


 それはともかく。


「恋ってどういう意味だよ、信長」


「どうもこうもそのまんまー。あ、にしきとかとかが付く方じゃなくて、もちろんラヴの方だよー」


 それくらい分かるわ。そうじゃなくてだな──


「でもねー、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』はやめといた方がなんだと思うよー」


 相変わらず人の話なんて聞かずに、信長はとなりせきからイスを持ってきて俺のしようめんすわり、マイペースで話を進め始める。


「何ていうか裕人には少ししきが高すぎるっていうかー、うーん、身分ちがいってやつ?」


「む」


「裕人は知らないと思うけどねー、入学以来約一年間で『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』にこくはくした人の数は男子七十八人に女子十六人、計九十四人で全校生徒の約二十パーセントだよー。んでぎよくさいすうもぴったり九十四人でげきついりつ一〇〇パーセント。あれはすごいねー、ニュータイプもびっくりだしー」


 いや……乃木坂さんが人気あるのは知ってたが、女子十六人って何だよ、女子って。それに何だってこいつはそんなにしようさいなデータを持ってやがる?


「これくらいの情報収集は現代に生きる者として当然だよー。ちなみに『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』のパーソナルデータもあるていなら分かるよ。えっとー、乃木坂はる、十六歳、十月二十日生まれ、身長百五十五センチ、得意科目は全科目、にが科目はなし、家族構成はと両親、三つ年下の妹が一人──」


 何やらポケットから手帳のようなモノを取り出しそんなことをつらつらと語るのぶなが。……こいつ、ストーカーか?


「あ、そのへんしつしやを見るみたいな目、失礼だなー。僕はなまの女の子になんかきようないんだよー。やっぱり女の子は二次元に限るしねー。その中でも最近はネコミミメイドさんが特にツボかなー」


 そんなことまでいてねえ。それに反論するところが明らかにちがうだろ。


「それにねー、今のごせい、これくらい調べようと思えばだれでもかんたんに調べられるんだよー。情報化社会っていいよねー。情報条例だプライバシーだなんて言っても、その気になれば結局個人情報なんてつつけだしー。他にもだれかの情報が欲しい時にはいつでも言ってよー、うちの学園の生徒のことならたいてい分かるからー」


 虫も殺さないようながおでそう言う信長。


 ……おそろしいヤツだ。こいつだけはてきに回さないように気を付けよう。


「で、まあそんな感じだからさー、残念だけどゆうが『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』にアタックしても九十九・九パーセントの確率でぎよくさいすると思うんだよねー。聞いた話によると、ふられた人たちの中にはイケメンで有名なバスケ部キャプテンのおかせんぱいとかもいたらしいってよー。ま、この人、実はプチせいけいなんだけどさー。でもそんな人でも取り付く島もないくらいにきっぱりとことわられちゃってるらしいしー。だから裕人じゃねー」


「……あわれむような目で人を見るな」


「いや裕人が悪いって言ってるんじゃないんだよー。ただ相手が悪すぎるっていうか、何しろ『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』はうちの学園最強だからねー。…………と、まあいちおちゆうこくはしてみたけどさー」


 ちょっとだけかたをすくめるようなりをして、信長は笑う。


「でもでもー、裕人がどうしてもやるっていうなら僕はおうえんするよー。何てったって大事なおさなじみだしねー」


 男で幼馴染って、何かイヤなひびきだな。いやそれより、


「……って、だからそもそも俺はざかさんにアタックするつもりなんてないんだっつーのに」


「そうなのー?」


 そうなのも何も、最初からだれもそんなこと言ってない。


「まあ裕人がそう言うなら別にいいけどさー、でもこういうこと知ってるー?」


 にやり、とめずらしく人をからかうような表情をかべて、信長のヤツはこんなことを言いやがった。


「〝気になり始めが恋の始まり〟って。ばーいあさくらのぶなが


 めちゃくちゃの悪いかくげんだった。てか、格言ですらないし。




 信長のヤツにヘンなことを言われたせいで、それ以来ざかさんのことを目でってしまうひんがさらに高くなってしまった。授業中、休み時間、放課後、気付けば彼女の姿すがたさがしてしまっているのである。我ながら、こりゃじゆうしようだな。




 そしてそんなこんなでさらに何日かが過ぎ。


 事件が起こったのは、あの日からちょうど二週間後の朝のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る