第一話

第一話〈1〉



    1



 その日も別に、だんと同じ昼休みだった。


 私立はくじよう学園高校二年一組の教室で、俺はいつもと同じようにそれなりに仲の良いクラスメイト(ながたけなみがわつうしよう三バカ)たちといっしょに昼メシを食いながら、他人が聞いたら死ぬほどどうでもいいような内容の会話をひろげていた。


「──だからよ、俺は思うわけだ。女子の体育時のふくそうは、ぜつたいにブルマの方いい。半ズボンなんてじやどうだ。どうだ。人でなしだ。ちがうって言うヤツは日本国民じゃねえ」


「そうですね。ボクもそう思います」


「ああ、そうだな」


 永井の主張に小川と竹浪の二人がふんふんとうなずく。


ゆう、お前はどう思うよ?」


「え、いや俺はどっちでも……」


 本当に心のそこからどうでも良かったので俺はそう答えた。


「どっちでもだと? そういうあいまいたいが今の日本をダメにしてるんだ! だいたいお前は普段からそうやっててきとうでいいかげんだからなあ──」


あやくんはいつもきわめてたいしようてきですよね。その何事にも流される主体性のないせいかく、直さないと今にいたい目を見ることはひつじようですよ」


「そうそう。そんなんだからお前はダメなんだよ。このコウモリ野郎が!」


 三人そろって、んなことを言いやがる。はっきり言ってけいなおだ。まあ確かに俺が適当でおおざつでいいかげんな性格であることは(自分で言うのも悲しいが)全くもってていんのだが、しんけんな顔でブルマうんぬん言ってるヤツらにだけは言われたくない。


「まあ、いい。今はとりあえず俺たちのディベートを聞いてろ。そしてそれらをまえた上でお前はお前の立ち位置を決めればいい。それでまずはブルマのかくてき便べんせいについてだが──」


 まったく、揃いも揃ってアホばっかである。


 心の中でためいききつつ、俺はなになく教室を見回した。そこにあるのはいつもと同じふうけい。皆食事をるなり、友達としやべるなりして思い思いの時間を過ごしている。それはどこにでもある、ありふれた昼休みの教室のワンシーンだった。


 そんな中、どうしても俺のせんろうがわのあるせきに吸い寄せられてしまう。動物園のサル山がぎよう良く見えるくらいにざつぜんとしたふんの教室にあって、そこだけどこかゆったりと落ち着いた空気が流れているかのようなな空間。


 その中心には、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』の名をかんされた美少女がいた。


 クラスメイトのざかはるである。


 もう食事は終わったのか、少し首をかたむけておだやかな表情で左手に持った文庫のようなものに目を落としている。時折その白くて細い指でページを姿すがたはもう何ていうか最高に絵になっていて、てしなく頭の悪い表現で言えばめちゃくちゃかわいかった。せいれんなおじよう様ってやつのこれ以上ないくらいのかんぺきなお手本とでも言おうか、何だか見ているだけで心が洗われるような気さえしてくる。マイナスイオンでもほうしゆつしてるのかもしれん。


 ヤキソバパンをほおりながら(ながたちのディベートとやらは完全にして)その姿にしばしれる。うーむ、いやされるね。ふくの時間っていうのはこういうことを言うんだろうな、きっと。


 などとのんびり考えながらちょっとだけ幸せな気分にひたること数分。


 へいおんはすぐに終わりをげた。


 ろうの方から何やらおぼえのある声が近づいてくるのが聞こえた。この大してでかくない割にはムダによく通る声。たぶんというかちがいなくのぶながだな。またアホが一人来たかと、心の中で今日二度目のためいき……をく。


ゆう、いるー?」


 そんな俺のそううらることなく、ほどなくしてれた顔が教室の入り口に姿を現した。しきうすかみがらたいけいいつけんすると女子と間違えてしまいそうな美少年風の男子生徒。ヤツは俺の姿すがたを目にめるなりこうさけびやがった。


「あー、いたいた。ねーゆう、昨日のしんにやってたアニメ、見たー? 僕はねー、ひようじゆんモードで録画しつつリアルタイムでも見たんだよー。やっぱりこれが正しいかんしよう方法だよねー」


 その大声に教室中のせんが集中するが、その発生源がのぶながだと分かると皆いちようなつとくした表情でそれまでやっていた動作にもどった。まあ何というか、ヤツはもうそういうキャラとしてクラス内、いや学年内ですでににんされているのである。


「ねー、見てないのー? 昨日の『はにかみトライアングル』。来週で最終回なんだけど、クライマックスの一歩手前で主人公の親友がねー……あー、今からDVDが出るのが待ち遠しくてたまんないなー。ちゃんと予約しとかないと。何たって初回げんていばんにはヒロインの『ドジっアキちゃん』のフィギュアが──」


 こちらにってくるやいなや、一人ベラベラと、見た目からはおよそそうぞうもつかない内容を心から楽しそうにしやべはじめるこの男。名前をあさくら信長という。俺とは幼稚園のころからの付き合いにしてクサレえんの代表格。まあ……いちおう親友と言ってつかえのないそんざいである。性格は基本的にはめいろうかいかつ。だれとでもすぐに仲良くなれる。成績は割と優秀で、得意科目は物理と数学。で、今とさっきの言動からも分かるように少しばかりかたよったしゆの持ち主だったりする。いわゆるオタク趣味……さつこんでいうアキバ系ってやつか。まるで戦国しよう二人をわせたようないかつい名前と、それにつかわしくないやさおとこがいけん、そしてまた名前とも外見とも似つかわしくないコアな中身という非常に複雑というかまぎらわしいとくちようを持ったヤツである。


「裕人もねー、あれ見ないのはほんとにそんだよ。もともとは雑誌れんさいされてるマンガがアニメ化されたやつなんだけど、本編の前日談っていうのかな、なぜ主人公とその親友が対立し合うにいたったかのその理由がねー……」


「あー、分かった分かった」


 とりあえずだまらせる。こいつにそのまま喋らせておくとそれこそ昼休みが全部つぶれかねん。じつさい、過去に一度そんなことがあった経験をまえてのたいおうだ。


「何だよー、人がせっかく気持ち良く喋ってるのに感じ悪いなー」


「人の教室に来るなり自分の趣味を一方的に喋り続けるお前の方がよっぽど感じ悪いわ」


「そうかなー、でもみんな好きでしょ? こういう話」


「お前個人のかんへんせいを持たせるのはやめてくれ」


「えー、でも裕人は好きだよね?」


「俺はどっちでもない。いつも言ってるだろ」


 好きでもなければきらいでもない。こうていする気はないがていする気もない。俺がこいつの趣味に、アキバ系というモノに対していだいているいんしようだ。いや、それよりもよく分からないと言った方が正解か。まあ要するに、イイ歳して何でそんなに熱心にアニメとかを見る気になるんだろうな……となおに疑問に思ってしまうのである。しかしここまでしゆちがうこいつと何で親友なんだろうな、俺。


「うーん。でもゆうにはしつがあると思うんだけどなー」


 何の素質だ。


「僕にしては最高のことのつもりなんだけどー。あ、それよりそうだ、裕人、大ニュースがあるんだよー」


「大ニュース?」


 こいつの言うことだから、どうせロクなことじゃないような気がするが。


「んー、ほら、僕がこの前さがしてた雑誌あったよね? あれのバックナンバーがようやく図書室ににゆうされたんだってー。図書室っていいよねー。労力をしまないでちょっとしんせいしよを出すだけで、今は個人じゃ入手こんなんなレア本も読みほうだい。この学園、ぼうしよからの寄付金のおかげできんだけは有り余ってるからさー。ブタもおだてりゃ木に登るってほんとだねー。わーい」


 じやがおでそんなことを言うのぶなが


 雑誌って……そういえばこの前何かひどくあやしげなタイトルのやつをたのんでたな。あれでよく学園側のきよが下りたもんだ。


「……申請書ぞうでもしたのか?」


 とわくまなしを向けると、


「失礼だなー。そんなことしてないってー」


 さもしんがいだって顔で信長は頭をった。そしてむねってこうのたまった。


「ただちょっと、おどしただけだよー」


 なお悪いわ!


 しかし俺の突っ込みなんざヤツはこれっぽっちも聞いちゃいない。


「それに『イノセント・スマイル』って、そのすじじゃちょっとは有名な雑誌なんだよー。昨日のアニメだってもともとはこれにれんさいされてるやつだしー。そんなに昔のことじゃないから裕人もおぼえてると思うけどさー、創刊号が発売された時なんかちょっとした社会げんしようになったくらいで──」


 と、ふたたびうんちくモードに入ろうとしたその時、


 ガタン、という大きな音が教室内にひびいた。


 聞こえてきたのは教室の中央をはさんで俺たちがいるのとは反対側から。もう少し具体的に言えばろうぎわの後ろから二番目のせき。それはついさっきまで俺がだらしないせんを送っていた場所であり、ある意味このクラスで最もそうおんなどというものとはえんの場所である。……本来ならば。


 だがその場所では今、ざかさんが立ち上がって俺たちの方をぎようしていた。その足元にはイスが横向きでころがっている。たぶんさっきの音はそれがげんいんだろうな。


 教室がシン、と静まり返っていた。それはいつも深い湖のように落ち着いているざかさんの表情に、わずかにどうようのようなものがかんでいるのが見て取れたからかもしれない。


「ね、ねえ乃木坂さん、どうしたのかしら?」


「わ、分かんない。私たち、何もしてないよね?」


「何かあやくんたちの方を見てるけど……」


 そんなささやきもれる。


 うーむ。


 もしかして俺たち、何かやっちまったか?


 身におぼえはこれっぽっちもないんだが、それでもあの乃木坂さんに満員電車でかんを発見した女性警察官みたいなキツイせんでじっと見つめられると、何だかこっちが一方的に悪いことをしているように思えてくる。クラスのやつらも皆、お前ら何やったんだよ? って目でじぃっとこっちを見てるし。


ゆうー、どうするのー? 何か注目されてるよー」


「そ、そうだな……」


 げんいんとして考えられるのは、のぶながの大声がやかましくて読書のじやをしちまったってことくらいか。まあ俺はもうれたとはいえ、しゆについて語ってる時のこいつの声はほんとにはんじゃなくウルサイからな……。静かに読書をしていた乃木坂さんの気にさわったとしても何らじゃない。


 とすればはこっちにあることになる。


 だったらここはちゃんとあやまっておくべきだろう。


 クラス中がかたんで見守る中、俺は意を決して乃木坂さんのせきへと歩み寄り、


「えーと、うるさくして、ごめんなさい」


 ぐっと頭を下げる。すると乃木坂さんはたんにはっとしたような表情になった。


「あ、いえ、ちがうんです。頭を上げてください。その、あなたたちをめているわけじゃないんです」


「?」


 でも、こっち見てたよな?


「い、いえいいんです。と、とにかく何でもなくて……ごめんなさい、おさわがせしました」


 それだけ言うとれい正しくぺこりと一礼して、何事もなかったかのようにイスを起こし、乃木坂さんは席に着いた。


 だが俺たちには何が何だかさっぱりである。


「何だったんだろうねー」


「分からん……やっぱりお前がうるさかったんじゃないのか?」


「僕はそんなにうるさくないよー」


 と大声でこうするほんまつてんとうなやつはほうっておいて、俺は何だかキツネにつままれたような気分でざかさんを見た。『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』のたんせいな横顔には、まだちょっとだけどうようが残っているようにも見えた。……ほんとに何だったんだろうな。


 ちなみにだんであるが、のぶながらいしゆうから乃木坂さんの動揺にいたるまでの間、ながたちはそれらに毛ほども動じることなく、あついブルマだんに花を咲かせていた。マイペースというか単なるバカというか……確実にこうしやだな。


 ……いや、ほんっとにどうでもいい話だが。

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