悪夢は腐敗する
悪夢は腐敗する
一
低い音が響いて、時々止まる。それが家の洗濯機の音だと気が付くまで数秒。私はそうして、目を覚ます。
薄っぺらいひざ掛けは、ドーナッツ屋さんで京ちゃんがもらってきたものだ。一個百円、五個買えばプレゼント! ほしい! ってあの時は思っていたがこうしてみると、そうでもなかったな。と愉快な顔をしたライオンのほっぺたをつまみ上げた。
閉められたカーテンの隙間から、柔らかい日差しが入り込んでくる。オレンジ色の明かり。夏にはなかなか見ることがかなわなかったが、ここ最近は穏やかな天気が続いているのでこうしてみることが出来る。ありがたいこと。
「おはよう」
ライオンのほっぺたあたりを摘まんだまま、ぼんやりと窓辺を見ていると後ろから声をかけられた。ひざ掛けをぱさっと落として、後ろを振り向くと、ちょっと呆れたようなそうじゃないような顔をした幼馴染が立っている。
「おはよ、京ちゃん」
「お寝坊さん、ご飯できたよ」
「起こして」
腕を彼に向けると、ちょっと嬉しそうに笑ってから腕を引っ張って立たせてくれる。昔から、こういうところが好きだった。京ちゃんの好きなところ。
京ちゃんといると、とても幸せで暖かかくて、溶かした飴玉をいつまでも口に入れているような甘ったるい気持ちになる。それが正解なのか、不正解なのかはわからないけれど、幸せだからいいのかな。と深く考えたことはない。
「今日のご飯、なあに?」
「焼き魚とみそ汁」
「おいしそう」
そういえば、リツキは何食べたのかな。ふわっと香るお味噌汁の匂いを嗅ぎながら思う。家を出て行って、咲也さんのところに行った後のことを私は知らない。知る理由もないから、聞きもしない。そりゃあ、咲也さんの家は知っているけれど、リツキは携帯電話も全部おいていったから、こちらから連絡する手段がないというのもある。
「おなかすいた」
「いいことだね」
果たしてこの生暖かい幸せは正解なのだろうか。なんだか最近、私はこの暖かさの中で京ちゃんに殺されてしまうような気がして仕方がない。ふうむ。この間まで死にたくて仕方がなかったのに、ここに来て死ぬかもしれない、とか、殺されるかもしれない。に感情が左右されるのは不思議だ。とっても、不思議。
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