銀毛猫は夢を見ない〈3〉
「私とエリオが、対戦……?」
エリオットのすぐ横で、アーシェが喘ぐようにつぶやいた。
この進級試験は、学科を問わず学生同士が戦い、勝った方に進級する資格を与えるものだ。これは、ソブルム魔導学院の学生達が、有事に国を守る軍人として駆り出される事を想定しているためだ。勉強だけ出来ても、この学院を卒業する事は出来ない。
そしてそれは裏を返せば、エリオットとアーシェのどちらかが落第するという事でもある。
ふと、柵の外にある審査員席へ目を向ける。そこには召喚術科の教授もおり、涼しい顔で対戦表を眺めていた。
対戦のペアはランダムであり、総勢五百人超の中でアーシェと当たる確率は低い。まるで狙い澄ましたかのようなこの組み合わせは、どこか作為を感じてしまう。
周りの学生達からは失笑の声がチラホラと漏れ聞こえて来る。
それも当然だろう。アーシェは人間とは比べ物にならないほど膨大な魔力を持つ、幻想種の獣人である。世界最高水準を誇るソブルム魔導学院において首席になる実力は伊達じゃない。
対するエリオットは成績が悪い上に、死霊魔術に手を染めた異端者として噂になっている学生だ。周囲では、エリオットがどうやって負けるか、何秒保つかといった予想がなされている。
実際、アーシェはエリオットにとって天敵とも言える存在だった。
何しろこの一ヶ月、創換術の研究を手伝ってくれたのがアーシェなのだ。今ある魔導核の数、創換出来るゴーレムの能力など、彼女はエリオットの手の内をすべて知っていると言っていい。
「本試験では、相手の制服に付与された防御魔法を先に破壊した方を勝者とする。アーシェ=ミスティ=アークライト。エリオット=ハンクス。両者、前へ」
審判役の教師の言葉で、アーシェがフィールドへ足を踏み出し――振り返った。
「……私、手加減しないから!」
彼女は獣の耳をピンと立て、赤い鉱石の刃を持つ短剣を抜き放つ。
「だからエリオも全力で戦って! 約束だよ!?」
肩を震わせ尻尾を垂らしている辺り、アーシェにとっても不本意な組み合わせなのだろう。
だがこうなった以上、やるしかない。迷いがあれば勝つ事など出来ないし、何よりアーシェが納得しない。
アーシェと向き合い、エリオットはポーチから魔導核を一つ取り出し、構える。
「……ああ。全力で戦って、俺が勝つ!」
そして審判が手を前に出し、振り上げた。
「では両者――戦闘開始!」
「
開幕と同時にアーシェの短剣が超高熱の炎を宿した。それを一閃するや、白く輝く刃から猛烈な熱波が放たれる。
「ぐっ……!?」
辛うじて横飛にかわしたが、手に持っていた魔導核が一つ地面に転がり落ちた。
「いきなりのミスだね、エリオ。魔導核は残り二個かな?」
チラリと横目で窺うと、先ほどまでいた地面が溶けてガラス化していた。防御魔法があるため当たっても死にはしないが、それでも一発もらえば敗北は免れない。
「……二個あれば充分だ」
「なら戦いでそれを証明してね!」
再び振り上げられた短剣を前に、エリオットは腰のポーチから魔導核を二つ取り出し、投げる。
青い鉱石が空中に浮かび、魔法陣が投影され――
「
その瞬間、地面が盛り上がった。同時に放たれたアーシェの炎が大量の土に遮られ、燃える粒子となって魔導核にまとわりつく。
生み出されたのは人間の倍はあろうかという巨体、それに引けを取らない大剣。赤熱するタワーシールドを構え、ガラスのごとき透明度を誇る二体の彫像だった。
「ゴーレムを多重召喚した!?」
観戦する学生達から驚きの声が上がる。
正確には召喚したわけじゃない。あらかじめ作っておいたデータのみを召喚する事で、地面の元素をゴーレムに創り換えたのだ。
「敵を倒せ!」
「
エリオットの命令に被せるように、アーシェが空中へ魔法の壁を展開。クォーツナイトの振るった大剣が見えない壁に阻まれ、衝撃と共に波紋を作る。
更にアーシェは短剣を振り、熱波を放つ。だが超高熱の炎とて水晶を焼き尽くす事は出来ないのだろう。タワーシールドの表面を溶かし、亀裂が走るが、クォーツナイトには何の痛痒も与えない。
「だったら……っ!
アーシェの短剣から炎の輝きが消え、代わりに凄まじい風がまとわり付いた。
それを振りかざすと、大地を抉るほどの暴風が広範囲に放たれる。
対召喚術師戦のセオリーの一つ、範囲攻撃だ。召喚獣が如何に強力であろうと、術者が巻き込まれてはどうしようもない。
「
クォーツナイトを一体崩し、岩の狼に創り換える。それにまたがり、暴風から逃れるようにアーシェの周りを走らせる。
「逃さないよ!
「!?」
その瞬間グラナイトウルフの足が取られ、エリオットは投げ出された。
とっさに受け身を取ろうとしたが、伸ばした手足がズブリと沈む。土の地面が振動し、泥沼のようになっているのだ。
「流砂の魔法か!?」
何とか逃れようともがくが、液状化した土は重く、膝まで埋まった足は動かす事さえ難しい。
「終わりだね……エリオ」
エリオットに風まとう短剣を向けながら、アーシェは悲しそうに獣の耳を垂らした。
「ごめんね……。私が勝ったらココちゃんに命を吹き込めないのに……」
そんな彼女に、エリオットは不敵に笑い――
「勝利宣言にはまだ早いぞ、アーシェ」
「え?」
「やれ!
「っ!?」
突如ガラスが砕けたような音が響き、アーシェの周囲に光の粒子が舞った。
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