銀毛猫は夢を見ない〈2〉


 翌日。


 実験室の使用許可をもらうため職員室へ向かったエリオットに、受付の男性職員は渋い顔を見せた。


「すまないが、使用許可は出せない」

「……なぜです? 実験室は広く学生達が使える設備のはずですが」

「召喚術師科の教授から言われているんだよ。エリオット君にはしばらく許可を出さないでくれと」

「そんな――」


「そんな理由では納得出来ません!」

 エリオットを遮るようにして、アーシェが叫んだ。


「誰もが魔法を学べる世界に、というソブルム魔導学院の理念に反するじゃないですか!」

「いやその……言いたい事はわかるが、無理なものは無理なんだ」

「ですが!」

「何を騒いでいるのだね?」


 降って湧いた声に振り向く。


 そこには白いサーコートに身を包み、ソブルム魔導学院の教授を示す大鷲の紋章を胸に付けた壮年の男が立っていた。

 学科が違うためエリオットと関わりはなかったが、研究所の所長をしているため顔くらいは知っている。魔導工学を教える教師で、サイラス=オルブライトという名の錬金術師だ。


「ああ、サイラス先生。あなたからも彼らに言ってやってくださいよ……実験室の使用許可は出せないっていうのに」

「なぜ許可を出せないのだ?」

「いえね、そこのエリオット君は国際法で禁じられている死霊魔術の研究をしている疑いがありまして――」

「だからエリオは死霊魔術なんて研究してません! 人工の魂を作ろうとしているだけです!」

「人工の魂……?」


 目を見開くサイラス。興味を持ったのか、覗き込むようにエリオットへ視線を向けてくる。


「それは本当かい?」

「あ、はい。人工的に魂を生成し、肉体を操る魔法です」

「手に持っているのはその資料かね。読ませてもらう事は?」

「……構いませんが」


 エリオットはレポートの束を手渡す。

 サイラスはそれにざっと目を通し、あごひげを撫でつけた。


「ふむ……なかなか面白い事を考える学生がいたものだ。いいだろう。実験室の使用許可は私が出そう」

「サイラス先生!?」


 男性教員が驚いたように叫ぶが、サイラスはにこやかに応じる。


「心配いらない、私が彼らの指導をしよう。これでも一応錬金術科の教師だからね」

「し、しかし、彼は黒猫の死骸を使って死霊魔術の実験を……」

「黒猫の死骸なら問題ないだろう。生者の魂を使わずして死霊魔術は成立しない。彼が作ろうとしているのはゾンビの類いではなく、肉の人形(フレッシュゴーレム)の一種だよ」


 そう言って男性教員をなだめすかし、エリオット達へと向き直る。


「いいかね。魔術は大きく分けて二種類ある。生物に掛けるものと、生物以外に掛けるものだ。しかし世界には仮死状態になる生物、魂を持つ死霊、他者の魂を依り代に現界する召喚獣など様々な存在がおり、命の境目を完全に定義するのは非常に難しい。魔術の難解さの大部分がそこにあると言ってもいいかもしれない」


 サイラスは講義でもするかのように、懇々と説明してくれる。


「そこで君に聞くが――死体は生きているのかね?」

「!」


 エリオットはぶん殴られたような衝撃を受けた。


「そうか、死体は生物じゃないから……」

「エリオ?」

「アーシェ、今すぐ実験するぞ!」

「あ、ちょっと!?」


 彼女の手を引いて走りだそうとし、エリオットは一瞬立ち止まる。それから振り返り、頭を下げた。


「サイラス先生、ありがとうございます!」

「うむ。新しい魔法の研究、応援しているよ」




「エリオ……? 何かわかったの?」

「ああ。試したい事がある」


 エリオットはうなずいた。ココの亡骸を実験室のテーブルに寝かせ、魔導核をその前に置く。

 そしておもむろに手をかざした。


 白い光が実験室を照らし、ココの周囲を巡る魔法陣に魔力が集まっていく。


(俺が今まで失敗していたのは、ココの肉体を生物として見ていたからだ。だが死んだ猫は生物じゃない。サイラス先生はおそらく、レポートの間違いを俺に教えてくれたんだろう……)


 鉱石に魔力を注ぎながら、エリオットは思考を巡らせる。

 間違いさえ正してしまえばもはや障害はない。あとは実行あるのみ。


 果たして鉱石は何事もなく、魔法の輝きは光度を落とした。


 ココの体は微動だにしない。


「……失敗だね」

「いや、成功だ」

「えっ?」


 困惑したようにエリオットとココを交互に見るアーシェ。


「でも、ココちゃんは動いてないよ?」

「そうだな。でも魔導核は壊れなかったろ?」


 エリオットは口元を歪めて笑う。そしてもう一度、大理石のテーブルに載った魔導核へ魔力を込める。


 その途端――魔法陣が浮かび、テーブルにクレーターが出来た。


「えぇっ!?」


 アーシェの驚きの声。


 テーブルを構成する大理石は光を放つ粒子となり、魔導核へとまとわり付く。そうして出来上がったのは、大理石で出来た三角帽子に岩石のヒゲを生やした小人の彫像だった。


「エリオ、これは……?」

「俺が契約している土妖精(ノーム)をかたどったゴーレムだ。異界にいる土妖精(ノーム)の情報だけを召喚し、それを設計図にしてテーブルを材料に作ったんだよ。もちろん動くぞ」


 エリオットがあごをしゃくると、小人の彫像が歩き出した。その仕草は本物の土妖精(ノーム)さながらで、およそゴーレムとは思えない滑らかな動きだ。小さな見た目に反してその力は強く、近くにあった椅子を軽々と持ち上げ、アーシェの元へ運ぶ。


 開いた口が塞がらないとはこの事だろう。アーシェは目を丸くして呆然としている。


「よくそんな器用な事するね……」

「何度も実験を繰り返したおかげだな。生物の肉体は複雑な構造物だ。いきなりそんなものと魔導核を接続しようってのが間違いだった。だが問題点がわかればやるべき事も見えてくる」

「じゃあ……ココちゃんに命を吹き込むのは出来そう?」

「ああ。あとは進級試験で勝って、研究室に入って、改良を重ねるだけだ」

「なら名前を付けようよ。いつまでも新しい魔法じゃ言いづらいし」

「別に今すぐじゃなくてもいいだろ? 無詠唱でも成功したし」


 だがアーシェは頭を振った。


「すぐにやった方がいいよ。名は体を表すって言われるように、言葉には力が宿るの。魔法を使う時の精度や威力にも影響する。詠唱はそのためにあるんだよ」

「ふむ……」


 エリオットはあごに手を当て、しばし考える。


「――なら、創換術でどうだ?」

「そうかん術?」

「創り換えると書く。物質から魂を創り、世の理を書き換える新しい魔法技術だ」

「創換術……。うん、いいんじゃないかな」

「本当か?」

「本当だよ。誰も知らないエリオだけの魔術って、特別感があってわくわくするよね」

「まぁ、そうかもな」


 そう言って笑い合う。


「がんばってね、私に協力出来る事があれば何でもするから」

「ああ。必ず創換術を完成させてやる」

「ココちゃんの体に新しい命を吹き込むために、だね」


 そうしてエリオットとアーシェは互いの拳をぶつけた。




 それから一ヶ月が過ぎ、進級試験の日がやってきた。

 幸い雲一つない晴天で、青空が広がっている。


 試験場所は演習場だ。土を固めたフィールドの周囲に、防御魔法が施された鉄柵と観戦席が並ぶ。そこに五百人は下らないであろう学生達が集まっていた。


「いよいよか」

「そうだね」

「アーシェは余裕そうだな」

「そうでもないけど、でも大丈夫。私は勝つよ。それよりエリオの方こそ大丈夫なの?」

「問題ない。創換術を色々とカスタマイズしておいたからな」


 腰のポーチをポンと叩く。

 中身は三つの魔導核だ。まだ試作品だが、充分に役目を果たしてくれる事は確認済みである。


「召喚術では、一体の召喚獣しか使役出来ない。依り代とする魂が一人一つしかないからな。だからどれだけ強力な召喚獣を使役するかが肝になるんだが、創換術にその常識は通用しない。魔導核の数だけ、俺は知性を持つゴーレムを使役出来る。俺を普通の召喚術師と思っている相手ならまず負けない」

「対戦相手ビックリするだろうね」


 クスッと笑うアーシェ。


「応援してるからね、エリオ」

「ああ。お前もがんばれよ」


 対戦の組み合わせは演習場の上空に投影される。

 第一戦が表示され、周囲が沸き立つ。


「なっ……」


 それを目にし、エリオットは驚愕のあまり絶句した。


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●第一戦ペア

 付与魔術科アーシェ=ミスティ=アークライト

 召喚術科エリオット=ハンクス

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