27.曰く、恙無くパーティー名は決まった。

 

「じゃあ、パーティーメンバーの申請を出してしまいましょうか」


 書類とか必要なんでしょうかね、と軽く言ってのけるジークという男に、否、彼を取り巻く男女──テオドールとエレノアにも、シキミは大いに困惑していた。


 普通冒険者には持って有り余るほどの危機感という物が備わっているものなのではないのか。

 自分ですら信じられない"シキミ"という存在を、こうもあっさり受け入れるなど常人のすることではない。


 よっぽどお人好しか──私のレベルを見て安心したか。


 どうだろうか。ただ、もし私が何かしたとしても彼らに勝てることはまずないだろう、という部分においては全く異論が無い。

 きちんとそこは自分でも自覚しているのだから、まぁ軽挙妄動は慎むべしと己に言い聞かせはすれども、態々反抗しようとも思わない。


 大人しくしていて生きられるなら高望みはするまい。

 高望みというやつは必要最低限、生命の安全の保証がされて初めてできるものなのだと異世界ここに来て学んだのである。

 魔王を倒してくれと頼まれた勇者でもあるまいし、無謀な生への挑戦は蛮勇というのだ。


「パーティー名どうするのよ」

「運命にちなんだカッコイイやつで行こうぜ」

「あら、見た目に合わずロマンチストね。運命なんて」


 だいたい運命って付くとかっこいいじゃんかよ、と笑う彼は純な人だ。

 臆面もなく運命と言い張り、それを受け入れてしまえる強さは少し羨ましい。

 運命というやつは、気まぐれで。常に私達に優しいわけではないのだから。


 ──私のこの出会いも運命なのか。

 それならまぁ、随分と過分で、素敵な運命もあったものだ。

 今のところ、気まぐれな運命は私にとても優しい。



「では。白銀の糸アルゲントゥムでどうでしょう」

「アソムニオ神話のか?」

「はい。運命の寵児ちょうじ、我らが主神トワから」


 アソムニオ神話、主神トワ。彼らの口から次々飛び出す知らない単語に、シキミは思わず手を上げた。


「あのぉ、お話の途中すみません。アソムニオ神話、主神トワ……それから、あるげんとぅむ……? についてご教授願いたいのですが…………」

「ああ、そう言えば記憶がないんでしたっけ。神話は駄目でしたか」

「えぇ……何よそれ。ちゃんと教えてあげなさいよ、連れ回してるんじゃないわよ」


 世界の常識教えずに血まみれにするなんて、となかなかに前後関係の不明なため息をついたエレノアは、訥々とつとつについて語り始めた。



 聞けば、アソムニオとはこの世界の名前。謂わば"地球"の事であるらしい。

 アソムニオ神話は、トワという神を信仰するイーオン教の提示するこの世界の起源。要は、聖書に記された人類史のようなものなのだろう。

 であれば主神トワはさしずめイエス・キリストといったところか。


「主神トワは白銀の髪を持つ少年とされているの。白銀の糸アルゲントゥムはそこから。これは彼を指し示す隠語のようなものでもあるのよ」

「なるほど。運命を司る神様、ですか」


 神代──神と人とが共存していた時代において、魔王を打ち滅ぼせし初代勇者であり、我ら人間の、ことわりの体現者。


「ま、イーオン聖教国が広めたこの神話、どこまでが原典と同じかはわかったもんじゃねぇけどな」

「アンタねぇ……。あんまり滅多な事言うと早死するわよ」

「へーへ、スミマセンね」


 どこの世界であっても、権力を持った宗教というやつは疑わしいらしい。


 宗教批判は、禁忌だ。

 特に、多くの人間が信じている場合。

 

 信じている人間にとって、その嘘が真実であれば"真実"なのだ。

 絶対数が多ければ、どんな嘘も真実になろう。

 ──だって、信じているのだもの。


 正直な話、宗教には関わりたくないなぁと考えるシキミをよそに、三人の話はどんどんと進んでゆく。


白銀の糸アルゲントゥムであれば、そう嫌な顔もされないでしょう。──品行方正にお願いしますね、テオ」

「俺だけか!? いや、俺、物凄ォくいい子にしてると思うんだけどな?」

「良くまぁいけしゃあしゃあと……!」


 シキミはといえば完全に蚊帳の外なのだが、お前抜きな、と言われないだけで十分に嬉しかった。

 初めてできるかもしれない、仲間。

 記憶も無い根無し草が、ようやくこの世界に一本根を張ったような。


 いつかこの白銀の糸アルゲントゥムが、私の居場所になるのだろうか。

 私の居場所に──してもいいのだろうか。

 運命の神様、異世界アソムニオでは女神じゃないようだけれど──まだ私に微笑んでくれますか。


「おい、何ニヤニヤしてんだよ嬢ちゃん」

「してないです!!」

「絶対してるだろォ」


 酔っ払いみたいな絡み方してるんじゃないわよ、とエレノアにはたかれるテオドールを見て、シキミはこの世界に来て初めて、心の底から大きな声で笑った。

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