26.曰く、三人とも成り行き。

 

「私のいない間に!」


 びし、と指をさされ、シキミはうっと息を詰まらせた。


 つば広のとんがり帽子に黒一色のコーディネイト。

 未だかつて、これほどまでに役職のわかりやすいお方がいただろうか。箒で飛んでも驚かない自信がある。

 背負われた木製のワンドには、手のひらほどの大きな紫玉が嵌め込まれ、夕日を浴びてキラキラと輝いているのが見えた。


 大きく胸元の開いたロングドレスからは豊満な胸が覗き、大きくスリットが入った裾から、チラと見える生足は一層扇情的だ。

 一体どこに目をやれというのか。女だというのに目のやり場に困る。


「色々あったんですよ」

「可愛い可愛い新人チャンだぜ? 仲良くしてやれよ」

「可愛いィ!? 泥まみれじゃないの! 可哀想に……!」


 さしずめ、楽しくなっちゃって魔物でもけしかけたんでしょう! と座った姿勢のままその胸に抱き込まれ、シキミは物理的に息を詰まらせた。


 ──このままでは、何にとは言わないがに殺される。

 細くも逞しい背中を二三度叩けば緩む力に、ぷは、と大きく息を吸う。


「お、お初にお目にかかります……?」

「あらまあ、やっぱり! 女の子じゃないの!」

「はひ…………!?」


 上から覗き込むように頬を挟まれ、エレノアと呼ばれた女の髪が、カーテンのように二人を外界から遮断する。

 男連中はとっくの昔に視界の端に追いやられ、彼女の美しい顔と、緩くウェーブのかかった菫色の髪だけがシキミの世界を構成していた。

 海のような青い瞳は、真っ直ぐにシキミを見据え、同色に彩られた唇はきゅっと真一文字に結ばれる。


「酷いことされなかったかしら?」

「ひゃい……有難くも様々さまざまご指導賜りました……」

「あの人たちはご指導しちゃいけない人種なのよ」

「ご、ごもっともで……!!」


 する、と頬を滑る指が、ゆっくり私の前髪を退けてゆく。

 戦う人らしく、綺麗に切り揃えられた爪が、なんだか少し意外だった。


「──綺麗な目ね」

「ありがとう、ございます」


 前髪越しでない視線は、随分と真っ直ぐ突き刺さる。

 途端に気恥ずかしくなって視線を逸らせば、開けた視界に置いてけぼりの二人が見えた。


 本当なら、私が置いてけぼりの部外者なのだけれど。

 彼女のこの距離感は、もしかしたらそういった空気を嫌ってか、あるいは敏感に察知して、それとなく取りなしてくれようとでもしたのかもしれない。


 みんな、優しい人だ。

 それから、ひどくさとい人たちだ。


「あの、お三方はパーティーメンバー? か、何かなのでしょうか………?」

「どうなのジーク」

「そこで俺に振ります?」


 おずおずと聞けば、思ったよりも長い熟考ちんもくが返ってくる。

 てっきり「そうですよ」とあっさり言われるものだとばかり思っていただけに、なんだか少し意外だ。


「正直言って私達、なんとなく集まっただけの寄せ集め──みたいなところあるじゃない」

「そうですねぇ……パーティー申請もしてないですし」

「えっ?? マジ? してねぇの?」

「マジです」


 してると思ってたの俺だけかよ、と肩を落とすテオドールに、思わず笑いがこぼれてしまった。

 なんだかこの掴み辛い仲間の在り方は、やっぱりジークさんらしいなぁと思う。


「もともと私達も彼に拾われて冒険者になった……みたいなところがあるから」

「俺が拾ってもらったときには姐さんいたよな」

「いたわよ。──そう考えると長い付き合いねぇ」


 てっきり私だけが拾われてきたのかと思ったらそうでもないらしい。

 そうであれば人拾いのプロが過ぎる。

 拾った人間皆Aランク。もはや育成の天才と言っても過言ではない。


「もうここの四人でパーティー申請しますか」

「──いや、いま!?」


待ってくださいよ、私まだ信用されるようなことしてないですよう、と慌てふためくシキミを見て、エレノアは「ジークの目は確かだから大丈夫よ」と美しく微笑んでみせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る