25.曰く、お金は大事だからね。

 

 採集を終え無事帰還してきたシキミたちは、ギルド中の視線を一身に集めながら、粛々と依頼の達成報告を行っていた。

 血濡れの少女御一行様、と言った様相に耳目が集まるのも当然といえば当然なのだが、ひとえに斬り方が悪かったというだけの話である。


「なんであんなに血飛沫浴びちまうんだ?」

「自分、不器用なので……」

「いや逆に器用だぞあれ」


 上下真っ二つにした力技から始まり、面白がったテオドールが魔物をあっちこっちとけしかけてくるので、死に物狂いで剣を振り回していればだ。


 背後から頭を叩き割っては脳漿のうしょうを浴び、下から斬り上げては臓物を浴び、首を落とせば血を浴びる。

 美しかった亜麻色の髪は、今や血まみれ泥まみれで見る影もない。

 汚れ知らずのはずの装備も完全に薄汚れ、今やシキミの身体に綺麗な部分は一つもなくなっていた。


 これはもう、女を捨てる前に人間を辞めてしまっている気がするのだが、どうなんだろうか。

 ちなみにレベルは上がらなかった。


「初依頼の成果がレビィラビット四体だなんて快挙ですよ。素晴らしい」

「いやもう絶対なんかおかしいですってジークさん……!」


 凄いとか凄くないとかじゃない。むしろ言うなら、だ。

 簡単な採集から始めましょうね、と言ったのはどこのどいつなのか。”簡単な採集”とはいったい何だったのか。

 今すぐお客様センターに話が違うと文句をつけたい。


 疲れた体を這うように引きずりながら、シキミはようやく受付嬢の待つカウンターまで辿り着いた。


 出すようにと言われ、素直に手渡した銅色の冒険者カードドックタグには、倒した魔物の情報が記録されているのだという。


 あいかわらず高い位置のツインテールと、疲れた体に追い打ちをかける明るい声。

 いきなりCランクの魔物ですかぁ!? がんばりましたねぇ、と感心されて、やっぱりなと小さく頷く。

 頑張ったよ、私。


 なんとも言うが私はDの新人で、戦闘の経験も皆無である。

 やったことと言えば石でスライムを潰すか、弱々しい火球ファイヤーボールで変な蝙蝠こうもりを驚かせるだけ。


 DはすぐにCに上がれる、なんて言ったとしてもやっぱりその2つの間には歴然と壁があるもので、それを半ば無理矢理たのだからたまったものではない。


 思わずじろりと睨め付ければ「よく頑張ったなァ」と満足げなテオドールに頭を撫でられた。

 加減がわからないのか首はグラグラと揺らされ、パリパリと乾いた血と土が頭上で音を立てて埃のように落ちてゆく。


「はい! お疲れ様でした。薬草採集依頼の報酬は銅貨10枚、レビィラビット討伐による報酬は銅貨60枚になりますっ! 現金でお持ちになりますか? お預かりしますか?」

「どうしますか? 現金で持つのもいいですが、預けておけば冒険者カードが現金代わりに使えますよ」

「ジークさんとテオドールさんは?」

「預けてます」

「俺も」


 どうやら冒険者カードはクレジットカードの役割も果たすらしい。全国にある冒険者ギルドで現金お引き出しもできるというのだから、冒険者ギルドは実質銀行だ。

 ギルドの運営は預けられた金と、それをどこかに貸すことで得られる利子から成っているに違いない。


「じゃあ、お預けします」

「承りましたっ! お手持ちの金額を超えても使用できますが、借金になってしまうので気をつけてくださいね!」


 渡していたギルドカードを受け取り、初めてのお給料にちょっとホクホクする。

 後ろに立っていた二人に向けガッツポーズをすれば、思い切り笑われてしまった。

 しかしそんなことは関係ない。初めての己の金、外に売っていた美味しそうなお菓子の一つや二つは買ってみたい──まで考えてふと思う。


「……そういえば相場がわかりません」

「嬢ちゃんそっからかぁ……………」


 そこからですすみません、と項垂れれば、教えてやっから腰落ち着けようなとギルドの端の、空いている席に誘導される。

 四人がけの木のテーブルは随分頑丈にできていて、こういうところも冒険者ギルドっぽい、と馬鹿な感想が頭を過る。


 シキミと向かい合ったテオドールはおもむろに、同じ大きさの三枚のコインをテーブルに並べ始めた。

 見ればわかる。銅貨、銀貨、金貨だ。


「見りゃわかると思うが、これが一般的に流通している貨幣な。金貨このの上に聖正貨せいせいかってのがあるが、まぁ、国家予算並みだから一生拝むこたねェよ」

「銅貨数枚あれば外の出店でご飯が食べられます。銀貨は何日も滞在する宿や、武器なんかを買うときに使います。金貨は……そうですね、一枚あれば王都郊外で一年暮らせるかどうか、といったところでしょうか」

「なんつーもん出してんですかしまってください金貨!」


 恐れ多くて手も出せない。

 テオドールはといえば嬢ちゃんも頑張れば金貨なんて飽きるほど見られるようになるぞ、と見当違いのことを言ってくる。

 頼むから早くしまってほしい。大金が外気に触れているのが果てしなく怖い。日本で言えば、目の前に札束がポンと剥き出しで置かれているのに近い気持ちだ。


「銅貨と銀貨は100枚で上の硬貨にあがります。金貨だけは1000枚で聖正貨に」

「銅貨100枚で銀貨1枚、ってことですか」

「その通り」


 しかし、そうなると価値がおかしくありませんか、銅もこのサイズが100枚集まれば相当だと思いますけど、と聞けば、ジークはぱちりと目をしばたかせて「驚いた」と言った。


「面白いところに目をつけますね。でも、銅貨一枚なら銅貨一枚分の魔石に交換できる、というのが価値の基準なので、硬貨に本物の鉱石は使ってないんです」


 色はわかりやすく作られているだけで、金貨一枚で同じ量の金を買えるかというとそうでもないそうだ。

 元いた世界で金が基準に貨幣が流通していたように、ここでは魔石がらしい。


「…………ところで」

「はい」


 お金について色々考えているうちに、思い至ってしまった、否、思い出してしまったことが一つ。


「宿のお金って──」

「なによ、アンタ達こんな所に集まって!! また良からぬことでも考えてるんじゃないでしょうねぇ」

「……エレノア」


 話の途中、打ち切るかの如くかけられた女性の声がよく響く。

 帰ってきたんですね、と微笑むジークに、天を仰ぐテオドール。

 前髪越しにと目が合えば「どこから拾ってきたのよ!?」と叫ばれてしまった。


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