23.曰く、強く、美しく、恐ろしきもの

 

 捌かれ横たわる死骸の毛皮で、シキミは恐る恐る赤黒い血を拭き取った。

 生臭い獣の臭いは消えたが、厭な感触だけがまだ皮膚にこびり付いているような気がする。

 まだ少し暖かい毛皮に擦り付けた血の跡は、もう赤黒くその色を変えてしまった。


 手のひらで包み込んでしまえる程の小さな石は、夜空でも閉じ込めたかのような不思議な色をしていた。

 日に透かせばまるで硝子細工のようにきらめいて、これが魔物の腹に入っているだなんてと思えば不思議な気さえする。


「魔物ン中には例外なくソレが入ってる。──ソレを持つから魔物になるのか、魔物になったからソレを持つのか、それは俺達にもわからねぇ」

「こんなに綺麗なものが……魔物を作りますか」

「力に美醜は関係ねぇよ」


 美しさが人を狂わせることもあるでしょう、とジークは言う。

 傍観に徹していた彼は、いつの間にか隣に座って微笑んでいた。


「魔法は、元来綺麗なものですから」


 手遊てすさびでもするかのような蠱惑的こわくてきな動きをする指に、いつの間にか小さなドラゴンまとわりついていた。

 甘えるように彼の指へすり寄ったそれは、よく見れば光の粒子でできている。

 時折口を開いては、まるでオーロラのような光の帯を吐き出していた。


「きれい……」

「遊びのようなものです。──でも、俺が望めばコレは毒に変わります」


 金色に輝いていた竜の尾の先端が、じわりと黒く染まる。

 瞳のない、輪郭だけの顔がっとシキミを見つめて──霧散した。


 それはまるで、朝露が太陽に溶けるような、月が夜明けに消えるような儚さを持ってシキミの目に映った。

 それなのに、嗚呼。見たこともないこの世界の魔法はかくも恐ろしい。

 風下に流れていった魔法の残滓は、あっという間に、ジークの背後に咲く花をいくつか枯らして見せた。


 そうだ、魔法は──否、力というものは何時いつだって恐ろしい。

 魔石はきっと、過ぎたるものを与え、持ち主を殺す呪いの宝石なのだ。

 何も知らないこの世界は、やはり美しい恐ろしさに満ちている。それは、大自然の雄大さに抱く、無知な畏怖のようなものではあったけれど。


「私の中に……魔石があったらどうしよう……」

「あなたが魔族でなければありませんよ」

「私、魔族じゃないですよね!?」

「貴女が魔族なら昨日のうちに殺してます」

「アッはい」


 そんなに心配しなくても、人が後天的に魔石を得て、魔化まかして、魔族になったなんて話は聞かねェよ、とテオドールは気怠そうにそう言った。

 ついさっきまで怯えながら手を突っ込んでいた魔物は、彼の手によってだろう、あっという間に皮を剥がされブロック肉にされている。


 ひょっとして、と空を見上げれば、この世界でもたった一つの太陽は既に中天にあった。

 良い頃合いではあるが、まさか食べるんだろうか。魔物を。というか食べられるのだろうか。──だって魔物だぞ?


「魔族の心配をする前に自分の食い扶持の心配しな」


 今日中に一匹は狩れるようにしてやるからな、とたいそう良い笑顔のテオドールに「私、魔族じゃなくても死にません? それ」とは、とてもじゃないが聞けそうになかった。


 私の道行きに、幸あれ。

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