10.曰く、ご契約内容に間違いはございませんか?

 

 冒険者ギルトとは名の通り冒険者をまとめ、管理し、斡旋する謂わば派遣会社のようなものだ。


 冒険者は「警察官や公務員的な役割を持つ騎士」や「戦場にて兵士の役割をすることが主な傭兵」と違って実に様々なことをこなす。

 失せ物探しや店番。魔物の討伐まで、依頼書に書かれれば須らく冒険者かれらの仕事だ。


 だが、一番わかり易い違いといえば、殺は基本しない、という所だろうか。


 彼ら冒険者は魔物の討伐は行えど、盗賊や犯罪者の私刑を行う事はない。

 犯罪者たち──つまるところ有害な人間たちは人間の法によって裁かれるべきであり、あくまでも一般人の冒険者があれこれバッサリ切って捨ててよいわけではない、ということなのだろう。


 ファンタジーな世界にしては、随分秩序だった話である。

 なるほど確かに、冒険者に殺人の権限を与えるというのは公序良俗の為には良く無さそうだ。



 冒険者とはならず者共の集まりであり、世間ではうまく生きられない人間が寄り集まったようなもの。


 正義感があれば自警団になればいい。

 金や地位があれば騎士になればいい。

 戦いたいだけなら傭兵になればいい。

 なりふり構わないのなら犯罪に手を染めればいい。

 ただ暮らすだけなら商人でも農夫でも何でも道はある。


 中途半端な正義感と、自己顕示欲と、覚悟と、欲望。

 そうしたものを抱えた半端者が冒険者になるのだ、とシキミは思っているし、実際そうなのだろう。

 ワケアリ、というやつだ。


 だって、これがまっとうな仕事なら、こんな身元不詳の異世界人よそものが組織に属せるわけがない。


 権利が持てるのは責任を持てる奴らだけ。

 浮草のように、明日もしれぬ浮浪者共が持てる権力にヒトゴロシは無い。


「──というわけで、あなた方冒険者には依頼書を元に仕事をしていただきます! 盗賊の捕縛などの依頼も時たまありますが、そうしたものは騎士様のお手伝いのようなものになりますから選ぶ際は気をつけてくださいね!」

「は、はい」


 貴族や権力を持った人間が冒険者になれないのは、そうした権力を振りかざして「冒険者のもつ権力」を超越、逸脱する人間が出ないようにするためなのだろう。 

 ──その代わり、といえばなんだか恨みがましくも聞こえるが。どうやら冒険者は貴族や騎士からは見下されているらしい。

 気をつけてくださいね、とはきっとそういうことなのだろう。この世界では周知の事実というか、暗黙の了解的常識なんだ、と彼女の言葉はそう語る。

 まぁ、ある意味騎士のなりそこないだしなぁ、とは思うのだが。


「冒険者にはSを最上級にA、B、C、Dのランクに別れています。ランクアップに関しては実績を鑑みて、こちらで打診することになりますから頑張ってください!」


 ファイト! ですよッ! と目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねられたシキミは無我の境地である。

 いやお前、そんな熱く語りかけないでも伝わるから。

 胸を揺らすな。星とハートを飛ばすな。

 動きに合わせて揺れるツインテールに、あっこういうキャラなのかなとシキミは少しだけ諦め始めた。


 一体何がこんなにも彼女のハイテンションの琴線に触れてしまったのか、それともこれが普段のテンションなのか。

 ちらと脇に立つジークを見れば、素知らぬ顔で依頼ボードの方を眺めていた。とんだ裏切り者である。


「本当は細かいこともきちんとお教えしたほうがいいと思うんですが、Aランク冒険者のジークさんとご一緒なら必要ないかもしれませんね!」

「はい。俺が教えておきますから、カードの発行をお願いします。身元保証人は俺で」

「えっ」

「わっかりましたー! 機材の用意をするので、ここに必要事項を記入してお待ちくださいっ!」

「えっ???」


 予想だにしない会話の内容というか、展開というか。

 ジークさんAランクなの? とか、ここでサヨナラバイバイではなくしばらく面倒を見てくれるの? とか、身元保証人って何? とか言いたいことは山のようにある。


 しかし、状況をうまく飲み込めないのはどうやら私だけのようで。

 相変わらずニコニコと微笑んでいるジークは「文字が書けなければ俺が代筆しますよ」と聞きたいこととは微妙にずれた反応を返してくれた。


 目の前に置かれた質の悪い紙。

 目につくのは少ない枠で、書けと言われた必要事項は名前と性別と役職のみ。

 あとは契約内容に目を通し、了承したら契約書にサインをしてね、とそれだけだ。

 きちんとした出自を持つ人は少ないので、逆にこれぐらいしか聞くこともないんですよ、とジークは言う。


 とりあえず書くだけ書いてみるかとペンを取れば、思ったよりもスムーズに見慣れぬ文字を紡ぎ出した右手にお助け機能の万能さを知った。

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