9.曰く、施設内ではお静かに。

 

 赤レンガで造られた一際背の高い建物は、緩やかな坂の終わりに立っていた。


 屋根に掲げられた大きな看板には、どうやら「冒険者ギルド」と書かれているらしい。

 見たこともない記号のような文字だったが、私の目には看板の下の方、字幕のように見慣れた日本語がふうわりと浮かんでいるのが見えている。

 なるほどお助け機能らしい。


 そういえばジークともスムーズに会話をしていたな、と思い返せばいっそ「ここまで気を利かせてくれるならレベルを上げさせてほしい」とも思うのだが。


 文字を書くのがどうなるか知らないが、何かと書類仕事も多いだろう冒険者ギルドに代筆サービスがないとも思えない。

 ならばしばらく安泰……だろうか。

 いや、もうレベルが上がらない限り一生不安定だ。


「見た目は怖い人が多いですが優しい人たちばかりですから安心して、怖がらないで大丈夫です」

「ジークさんの優しいのボーダーって高いですか?」

「低いですね」


 狙っているのか天然なのか、ただ微笑わらうだけの彼からは読み取れない。

 低いんじゃん!? と叫べば意外と小心者ですねと煽られた。

 割と都合の良いことはすぐに頭から抜ける方なので、恩も畏怖もスポッと抜けたシキミはオウなんやコラと心の拳を振り上げる。見た目アバターは大人しそうな少女だというのに、中身がこれでは台無しだ。


 そんな私を知ってか知らずか──意にも介していないのだろうけれど──観音開きの鉄扉を押し開いて、ジークはするりと中に入ってしまった。


 置いて行かれまいと慌てて足を踏み出せば、はたして扉の向こう側には飲み屋と市役所が合わさったような雑多な雰囲気が充満していた。


 キョロキョロと落ち着かないシキミの登場にざわりと空気は揺れたが、シキミとジークのふたり組を見て「おいなんだアイツ! 女なんか連れてるぜぎゃはははは!!」という過剰な反応は無い。


 当たり前といえば当たり前だ。

 女の冒険者はいくらでもいるし、私だって過剰にベタベタイチャイチャしてるわけではなく非常に恐縮しかしこまっている最中だ。


 だが冒険者ギルドには初心者が堂々と歩けるほど優しい雰囲気はなく。殺伐とした闘いの残滓を持ち寄った屈強な男女が醸し出す冷めた熱気は凄まじい。


 ジーグの半歩後ろを静々しずしずと歩く良妻ポジションでシキミはこっそり身を隠す。

 精一杯気配を消しているだ。


 左右を見渡せば、相談事や決めごとをする場所なのだろう。ラウンジのように置かれた木製のテーブルと長椅子の上に、男女様々な冒険者たちが思い思いの格好で座っていた。


 当然上品とは言えないが、かといって無法地帯というわけでもなさそうで。新人にはたっぷりと教育してやるぜと色めき立つ気配もなく、シキミとしてはありがたいことこの上ない。

 一般人上がりのシキミの根はチキンなのである。事なかれ主義、とも言うのだが。



 そんな中、出入り口の扉からまっすぐいった先の巨大なカウンターでは、かっちりと制服を着こなした男女が前に居並ぶ冒険者たちをキビキビと捌いていた。

 おそらく冒険者であれば飽きるほど見る光景。


「何か思い出すようなことは?」

「……残念ですが」

「まぁ、そうでしょうね。登録で何か見つかるといいんですが……」


 ここですよと案内された窓口には、金髪の少女がペンと紙を持って待ち構えていた。


「ようこそアズリル冒険者ギルドへ!冒険者登録は初めてですか?」

「アッ……ハイ」


 耳に響く愛想の良い声。思っていたよりも接客業寄りのテンションそれに、シキミはピクリと頬を引きつらせる。なんかお前だけ周りとテンション違く無いか? と言いたいのを彼女はぐっと堪えた。


「お名前など基礎情報をこちらに記載していただいて、道具を使用して個人認証登録を行えば完成します! お先に確認しておきますが貴族等国家権力に属するお方にはカードの発行をお断りしております。よろしいですか?」


 あざとく傾げてみせた頭と同時にたゆんと揺れた豊満な胸に「あ〜冒険者ギルド」と謎の感慨を抱いてシキミは小さく頷いた。


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