7.曰く、墜落、一回休み。

 

 そういえば、とシキミは手にしたカップを膝に置く。

 食後にどうぞと渡された木製の小さなカップには、ハーブティーがなみなみと注がれていた。至れり尽くせり優雅がすぎる。


「貴方はこの近くを拠点にしている冒険者さん……なんでしょうか?」

「そういえば貴女の話を聞き通しで名前すら言っていませんでしたね。すみません。冒険者のジークです。姓はないのでどうぞジークと気軽に呼んでください」


 椀をそっと下に置き優美に頭を下げてみせた彼──ジークを前に、冒険者ってならず者集団じゃなかったっけと首を傾げる。

 黒に染め上げられた動きやすそうな服に銀色の装飾がちらほら。星空を纏っているようだとすら思えるのは、やはり着ている人間の美しさ故だろうか。


「今日はたまたま薬草採集の依頼をしていた途中だったんです。ここでこうして食事を共にしたのも何かの縁。ギルドカードは身分証明にもなりますし、以前どこかで発券していればその情報が見つかりますから。もし良ければギルドまでご案内しますよ」

「えっ、いいんですか? 本当に何から何までありがとうございます。是非お願いします」


 即断即決。頼れる人間にはとにかくがむしゃらに頼るのが生きる術。いくつかある神器のうち一つがあの調子では、頼りになる人などジークしかいない。

 このご恩はいつかと胸に刻みながらシキミは深々と頭を下げた。


「もう少し集めてから行くつもりなのですが、手伝っていただけますか?」

 そういったジークの手には見慣れぬ白い花が、薄っすらと茶色がかった瓶の中に詰め込まれていた。

「喜んで」

 試しにもう一回飛んでみるのもありだな、とおそらく目をさました場所であろう方角へと目を向ける。

 今度はちゃんと手加減をしようと軽くニ三度地を蹴れば、任せろとばかりに靴は小さく輝いた。



 ……ちなみに、もう一回墜落した。




 木々の生い茂る森の中。未だ私はその外へ出ていない。

 小さな白い花をんでは瓶の中へと入れてゆく単純作業は、存外物思いに耽るのに丁度よかった。


 一つ、不思議なことがある。

 私─シキミのステータスはレベル1の人間にしては異常に高い。レベル以外は変動していないのだから、200レベルの人間が得たポイントをすべて割り振った状態で残っていた。


 そして、種族名はハイヒューマン。

 その種族(ハイヒューマン)は『あらゆる可能性を秘めた人間の最上位』としてつい最近実装されたもので、ごく一般的であるとはなかなか考えにくい。

 ゲーム内でも数えるほどしかその種族を使っている人がいなかった。


 ハイヒューマンだらけということは、この世界でそこら中に獣王だの竜王だの魔王だのが跋扈しているに等しい─―はずだ。一応上位種なのだし。

 なんせ実装されて日も浅い。どんなスキルや機能があるのか、シキミですらきちんと把握できていなかった。


 それなのに。

 視界の隅でちまちまと花を摘むジークは、そうしたことについては何も言及してこなかった。

 ステータス閲覧妨害や偽装のスキルは持っているからその効果があるのかもしれないが、彼とのレベル差は歴然。いくらスキルはレベル差の影響を受けにくいとはいえ、看破されていてもおかしくはない。

 彼がステータス閲覧のスキルを持っていないということも考えはしたが、初めて出会ったあの時に彼は閲覧を行ったであろうとは思っている。

 薄く細められた黒曜石の瞳は、確かに何かを見て確認した瞳だった。


 恩人ではあるし、感謝もしているがようやく平静を取り戻した脳みその片隅がずっと疑問を投げかけている。

 やっぱり、欠けているのだ、何かが。


 それは転移転生する前の私の何かかもしれないし、もっと別の、魂的な部分に由来する何かかもしれない。

 この世界に馴染みきれない違和感が、紙に付いたインクの染みのように胸にわだかまっている。


 だが、ここで考えていても仕方がないとも思う。

 いくら頭で考えたってわからないことはわからない。今日のことも、明日の生活も、その先だって真っ暗なのだから見通しは最悪だ。

 彼に頼んで森を抜けて──外の世界で少しずつ、欠けた何かを探すのもいいかもしれない。

 もちろん、生活の目処が立ってから。 

 いや、それしかないのかもしれない。今の私には。


「集まりましたか?」

「バッチリです!」


 じゃあ行きましょうかと立ち上がった彼の背中を見失わないように、シキミは慌てて駆け出した。

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