5.曰く、インベントリは命綱である。
名の通り、髪も瞳も翡翠色に美しい青年は
「まぁ、なんとなく状況はわかりました」
「私は全然わからないけど!?」
わからないならわからないでいいんですよ、と困ったように微笑う彼は「ポンコツなのは最初からだしね」と堂々と
キャラクターが自律的に喋ってる……! ボイスが多い……! と感動する暇もない。
最初から、とは聞き捨てならない話である。
何せ現実世界(これを現実と呼ぶのならだが)ではこれが神器に宿る精霊であるヒスイとの初エンカウントであるわけで。
「ポンコツなのは最初から」とは一体どういうわけなのか。
ポンコツと判断されるほど無様なプレイをした覚えはないぞ! と私の中の勇ましい部分が拳を振り上げる。
「可哀想に、レベルと記憶を喪っても貴女は貴女のままなんだね。素晴らしい百面相ですよマスター」
「記憶?記憶って何?……というかそれは褒めてるの……?」
馬鹿にされているのか何なのか、曖昧に受け流されてはこちらも困る。
力のない今、情報は何にも勝る力と宝だ。
そもそもここが一体どこなのか、なぜこんなことになっているのかすらわからない。わかっているならおとなしく教えてほしい、焦らしプレイで喜ぶのはドMだけだ。私は違う。
だからこそ、何かしら握っているであろうヒスイに洗いざらい吐いてもらわないといけない。
だがしかしこれはまさしくテンプレ。記憶混濁、あるいは喪失によって前世を思い出すルートを進んでいるのかもしれない。
まぁ死んでいないはずなのだから、前世も今世もないのだが。
──なるほどなるほど見えてきた。
つまりそういうことか──いや、どういうことだ。
考えれば考えるほどわからなくなる。新しい情報達は、私の脳味噌を掻き回すだけで手掛かりにもならない。
「……私が一体どうしてこんなところにいるのか、貴方知ってるの?」
「知っているも何も……散々俺達のことを連れ回して、奔放かつ破壊的な生活をしていて……よくまぁコロッと忘れられますね」
それはかつて私がケータイの画面を前に繰り返していた数々の破壊活動の事だろうか。実際に画面の向こうでは「焼き討ちじゃー!」などと言って憚らなかったわけで。
つまるところ「彼らにとっての現実は、私にとってのゲームアプリだった」ということなのかもしれない。
「まぁ、レベルは残念ですが俺達は使えるみたいなので、色々頑張ってください」
「大切なマスターがこの体たらくなのに、助けてあげようとかいう憐憫はわかないの???」
「ないですねぇ。顕現し続けるのも疲れるので、俺は帰ります」
興味なさげに一瞥をくれた彼に取り付く島は無く。では、と軽く手を振ったヒスイは、次の瞬間跡形もなく消え失せた。
一人ぽつねんと森に放置されたシキミの「どこに帰るの……」という呟きは拾われることなく空気に消える。
呼び出されたのでシステム上仕方なく来ました、程度の邂逅に茫然とするしかない。
慌ててインベントリを確認すれば選択肢にあった『
選択不可となった神器の文字に「今は呼ばないでくださいね、面倒くさいので」という静かな圧を感じた。
仮にも
元からプライドの高い、皇帝のような性格のキャラクターではあったし、それが信者を生むほどの人気だったわけだが。実際に直面するとかなり心に突き刺さる強烈なキャラクターだった。
すっかり磨り減ってしまった精神が、未だにヒリヒリと痛みを訴えているような錯覚すら覚える。
今は一丸となってこの未知の世界に挑まないといけない流れじゃないのか。謎を解くべきじゃあないのか。
チームワークがゴミすぎる。
報連相のできない部下を持つ中間管理職の気分、といえば青二才が生意気だと怒られるだろうか。
しかしながら、この世界に持ち込んだゲーム由来のモノが十分使えるとわかったのは大きい。
ヒスイの「俺達は使えるみたいなので」という言葉が何度も脳内をリフレインする。
──それって「道具は使える」ってことだよね?
ものは試しだ。何事も、やってみなければわからないわけで。
湖畔から少し歩いた先に見つけた、開けた丘で空を見る。
メニューをタップして、道具を選択してハイおしまい。そんな、ゲームではできたことがここではできない。
現実の世界ではコントローラーもスキップも無しだ。
道具を選択して装備した後には、自分の力で起動、コントロールしなければいけない。
コントローラーも、魔法陣も、説明書もないこの足の装備─―朱雀の羽を使ったブーツは千里を翔ける。
飛んで移動することができるはずのこれを使うには、まず空中に上がってみないことには始まらないだろう。
「セイッ!」
行くぞ、という気合を込めて、ぐっと溜めた力を放つように思いきり地面を蹴りつける。
途端に内蔵ごとごっそり置いてゆくような浮遊感が全身を襲い、シキミは真っ青な空に放り出されていた。
「──え?」
木々は遥か彼方、下の方へ。
飛んでゆく景色はただ青いだけで、風の音が世界を揺らす。
「────ッ!!!?」
人間、あまりにも突然だと言葉を失うというのは本当だった。
暫くの上昇。空気の抵抗により、当たり前のように速度を落とした彼女は頂点で一度停止。
そして、緩やかな下降、加速。
下を見下ろす余裕など無かった。
ヒッと息を呑む音を空中に残して、シキミは重力に従い墜落した。
どんッ、という重いものが叩きつけられた音と衝撃が肺から空気を奪う。
半ば土に埋もれ、全身を内側から痺れさせるような痛みに、ただ無言で呆けるしかない。
現状の認識などできるはずもなく、間抜けな鯉のように咳き込んでは
だが体には傷一つないようで、そっと動かした指は抵抗なく動き、膝から腰、徐々に戻ってくる感覚で痺れはあっという間に消えてゆく。
鬼のような頑丈さ。装備のおかげかはわからないが、レベル1でもミンチにならなかっただけ幸運だ。
まぁ、技を食らったわけではない、ただの物理的な衝撃だけなのだからレベル補正も何もないということなのかもしれないけれど。
どちらにせよそれなりの、それこそ木々が遥か下方に見えるぐらいには高く飛んだ。レベル云々というより、唯人なら死んでいてもおかしくなかったかもしれない。
というか、前世(仮)なら確実に死んでいた。
多分、力加減を間違えたのだろうなと足下の赤いブーツを見て思う。
もう少し軽く、柔らかく、優しくジャンプすれば良かった。
恐る恐る試さずにいきなり全力出すからこうなるんだよ、と己の行いにため息が出る。
まぁなんとかなるさ精神で行けば、そのうち事故で死ぬのは目に見えている。
いまいちゲーム気分から抜け出せていない自分が少しばかり怖い。不甲斐なさと羞恥心に苛まれながら唸っていればふと差した影に人の気配を知る。
「き、君、大丈夫かい……? 凄い音がしたよ」
突然聞こえた声に顔を上げ、確りと目を合わせたその瞬間、身が竦む。
ステータスを見たわけではない。それなのに感じるこれは圧倒的強者の気配。
こんなに近づかれるまで気が付かないなんて──いや、気配なんてもとからわからないのだから仕方のないことなのだろうけれど。
ゲームの私ならともかく、
両手を上に、降参のポーズ。
煮るなり焼くなりどうぞ、のスタイルだ。大丈夫ですか?と優しく声をかけてくれた事実は感じ取った謎の威圧感で消し飛んだ。
「雑魚なので食べても美味しくないです!?」
「………はい?」
怪訝そうにこちらを覗き込む美しい青年の姿に、今の所この世界には美男子しかいねぇなと愚にもつかないことを考えた。
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