2.曰く、そう簡単には進まない。

 

 私、夕凪楓にはかれこれ五年ほど続けているスマホゲームがある。

 ということはやけにはっきりと覚えている。


 リリース当初、それこそβ版や事前登録からやっているのだから古参中の古参であると自信と誇りを持って言えるだろう。


 『世界創生せかいそうせい』となんとも大仰なタイトルのそれは、まさしく世界を新たに作りだすようなシロモノだったのだと楓は思う。


 ソロプレイ用として考案されたこのゲームは、広大な世界ワールドマップの中で自身のアバターを作り、育て、戦い、着飾り、冒険することができた。

 内容自体は別段目新しくもないし、これといったストーリーやシナリオもないのだが、この『世界創生』通称『創世そうせい』はその広いワールドマップとアバターメイキングの圧倒的自由度が他とは一線を画していたことで爆発的な人気を獲得していた。


 特にアバターメイキングはすさまじく。

 種族や初期能力の選択と能力値の振り分けはもちろんのこと。

 顔のパーツから髪形体形、色、配置も自由。まるでそれは理想の自分に魂を入れ込むような完璧なメイキングだった。


 チュートリアルは長くなるが、それでもプレイヤー内に同じアバターは存在しないとまで言わしめた圧倒的な作り込みの威力は抜群で、リリース開始から五年が経った今でもその人気は衰えることを知らない人気のアプリなのである。


 一般的なRPGのように戦闘、採集などによってキャラアバターを育成してゆくのがメインのこのアプリゲーム。

 故に、いかに自身のアバターを作り込むかが鍵なのだ、と私を含む古参のつわもの達は口をそろえて言う。

 アバターの作り込みをウリにしていただけあって、その装飾の種類の多さも目を見張るものがあった。


 たった一つの素材からいくつもの装備やアイテムが生まれる。

 レシピを編み出し、素材を組み合わせて作成したり、ドロップさせたり。連日新しいものが発見され、まとめサイトは大いに賑わった。


 そして、彼女がさらにこのゲームにのめり込むこととなった理由には『神器シリーズ』と呼ばれる珍しい武器の存在があった。


 神器シリーズには他の武器と違い、武器ごとに宿る精霊が設定されていた。

 その珍しさ、唯一無二性は、楓含む古参強豪コレクターたちの収集魂にたやすく火をつけたのだ。


 マップ上にランダムで配置される『守護者』という敵を倒せば稀にドロップで手に入る希少品。

 守護者の強さ、遭遇頻度の低さ、ドロップ率の低さから課金アイテムでも使わなければ達成できないようなバランスブレイカー。

 その入手の困難さから『富豪の遊び』とまで言われたそのシリーズ収集を、楓は既に終えていた。


 五年の執念と容赦なく投げ打った私財の賜物である。



 『神器シリーズ』に宿る精霊たちには有名声優のボイスが搭載されており、神器の使用、必殺技の発動などで聞ける二言三言の台詞はその精霊キャラクターたちの個性をいかんなく発揮していた。


 だが、言ってしまえばそうした戦闘中の数言でしか「彼ら個人」は表されていなかったわけで。


 ただ戦闘において、召喚によってのみその姿を現す武器と精霊。

 おまけ要素。小さなご褒美程度のその機能ボイス


 しかしまあ、オタクの妄想と錯覚と夢はどこまでも広がるのが常である。

 大体、そもそも。精霊たちのキャラクターデザインが素晴らしく美しかったのだから、二次創作にはうってつけの材料であったに違いない。

 世のオタクたちは、武器の付属要素が強かった精霊たちの数少ない素材から彼らを形作るのが上手かった。

 性別、系統、見た目の年齢、少しのセリフから窺える性格嗜好──そうした様々な精霊たち。

 さぞかしいろいろな人の性癖を貫いたに違いない。


 最高のジャンルだったなあ、と思いを馳せる。自分もそんなオタクの一人だった。

 たった数秒の台詞から、どれほどの人格を妄想したことだろう。

 曖昧にぼやけてしまった沢山の記憶の中で、はっきりと鮮明に脳裏に浮かぶ五年の歳月。それはただただ楽しかった。



 そうやって現実からゆっくり意識を逸らした後。

 楓はやはりどこか見覚えのある、いつの間にかやけに現実的リアルになってしまった創世の装備について深く考えるのを早々に諦めた。

 ゲームのことしかまともに覚えていないとはいえ、あくまでも楓はゲームではない世界で生きていたわけで。そしてそれが現実だったはずで。


 目を閉じようが頬を抓ろうが、空は青いし緑の香りは豊かなままである。

 相変わらず楓は『創世』のメインアバター『シキミ』の装備になったまま、どことも知れない森の中で呆然と立ち尽くしていた。


 これでステータスとか出たら笑えるなあ。もうゲームの中に転移してるじゃん、それ。


 そう思った瞬間、脳裏に強制ともいえる勢いで浮かんだのは見慣れた創世のステータス画面。

 そっと目を閉じ集中すれば脳内で勝手に展開される白いディスプレイに、他人に入り込まれているような不快感と"やっぱり"という諦めが湧き上がる。とことんテンプレを踏襲してゆくらしいこの流れに、恣意的なものを感じるのは仕方のないことだろう。


「これはチートスタートテンプレ展開の気配……」


 ――そもそも、ゲームだと思っていたこの世界が最初から現実だったりしてね。

 胡蝶の夢、脳裏に過るその単語はうすら寒い気配を纏う。


 そんな恐ろしい想像を振り落とすように、ざっと流し見たステータス画面に見慣れない表記を見た気がして、楓は思わず脳内でスクロールする手を止めた。


 HPもMPも、他のステータス値やスキル、技もすべてゲームと同じ。記憶の通りのその中で、燦然と輝く「Lv1」の文字。バグかな?と思わず声が出た。


 攻撃力や防御力といったステータス値はゲーム時代と変わることなくえげつないというのに、レベルがこれではいろいろ最弱待ったなしの未来が見える。ゴミレベルの化物が爆誕してしまった。

 もはやHPたいりょくとMPまりょくしか誇れるものがない。


 Lv1なんて今時チュートリアル五分で脱却できるだろうに。

 だいたいゲーム本編はLv3とか4とかからはじまるものであって。いや、世界はゲームではないというのはごもっともなのだが、変なところにゲーム要素を入れるなら全部反映してほしかった。


 ──もうなんかここまで来たら異世界でいい。異世界転生でいいです。

 え? ゲームの中だろうって? ゲームだって画面の向こうは異世界なんだよ。


 なんだかもう、夢とか現実とか考えるのも疲れてしまった。楽になりたい。思考を放棄して諾々と現実らしきものを享受したい。

 現実世界で迷子になっちゃったカナ? 人生も迷子だもんね。というかすかな希望は心の中で白骨死体よろしく朽ちてしまっているのである。


 清々しい空気も、この新?世界から馬鹿にされてるようで今はただ腹立たしい。


 もう一度ゆっくり目を閉じて、脳裏に浮かぶステータスのレベルの欄をしっかりと心に刻み込む。

 力んでも拝んでもピクリとも動かない文字列たちは「うっかり殺してしまったお詫びにあなたに力を授けましょう──」などと言ってくるポンコツ転生女神より性質たちが悪かった。



 吐けども吐けどもため息はため息。


 ああ、神よ。レベル1からやり直してこいということですか──?

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