レベル1からやり直して来い!?プロトタイプ
参星(カラスキボシ)
1.曰く、始まりは常に突然である。
おかしい、と思った。
例えるなら、そう──歯車が一つ欠損しているような、靴を左右で履き違えているような、そんな感じだ。
おはようございます。素敵な朝ですね。
ところでちょっとお尋ねしたいのですが、目が覚めたら知らない天井どころか知らない野外だったときは一体どうしたらいいんでしょう?
寝起きの覚醒しきらない頭でぼんやりとあたりを見回す。
この身を包むのは深い緑の香り、私の頭上を覆う木々はさわさわと囁いて揺れている。
上を見上げれば今まで見たこともないような青い空が小さな円に切り取られて、白い雲が魚のように悠々と青空を泳いでいた。
地面を覆う草花はさながら芝生のように群生していて、どうやら私はそこに大の字になって眠りこけていたらしい。少し顔を動かせば、まるきり見たこともないような白い小さな花が私の頭で潰されていた。
──森だ。
どう考えても森だ。第一印象はそう、ゲームにありがちな「はじまりの」アレ。
いや、ここがゲームの中だなんてテンプレはあまり期待していないのだけれど。
日本にもそういった“まさしく”なスポットがないわけではないだろうし、この無残にも潰された白い花だって、そもそも私が知っている花の種類なんて片手で足りる程なのだから知らなくたっておかしくはない。
見たこともない花が咲いていようが、聞き覚えのない鳥の声が木霊しようがあり得なくはない、ないったらないのである。
だって目が覚めるまで自室のベットで穏やかに眠りについていたのだもの。
私はトラックにも轢かれていないはずだし、脳みそを接続してプレイするゲームなんて発売されていないだろうし、超人的な家系に生まれたわけでもなかったはずだし、生まれながらに愛されるべき姫巫女……であるわけがない。
思わず姫巫女な自分を想像して鼻で笑ってしまった。森の中でたった一人。滑稽極まりない話だと思う。
孤独死しそう。助けて。
ふと、つい最近そんな設定の乙女ゲームが話題だったなと思い出す。なんにせよ、主人公になるには色々足りなさすぎるだろう。顔とか、顔とか、あと性格か。
これは果たして現実か、それとも夢、なのだろうか。
本当に、こんな麗らかな森の奥に一人放置されるいわれはない。
こんなに混乱させられる覚えもない。
頭の中にあるのは薄ぼんやりとした生活の痕跡と、断片的な日本という国の記憶と、たった一つ執心したゲームのこと。
すう、と一つ。大きく息を吸えば草いきれが鼻腔を刺激する。
嗚呼、これは本物の匂いだ。
本当にここはどこだろう。私はいったい何のためにここにいるのだろう。
酷く曖昧な自分という存在に、ふととてつもない不安に襲われた。
起き上がって、ゆっくりと視線を自分の身体へと落としてみる。
正直、自分という形ですら曖昧で。だから何か目に入れて、ぼけた記憶と同じだと確認したかった。
腰の辺りまで伸びた亜麻色の長い髪は、赤いリボンが左右の毛先でまとめている。
リボンは、そう。氷女王の紡いだ糸を鳳凰の血で染め上げ織ったものだ。
着ているのは白い清潔そうなシルク地のシャツ。
ただのシルクではない。白龍の鱗の粉末が織り込められた魔術糸で作られた、防御良し、耐性良し、魔力向上付与のうえに汚れ知らずの優れもの。
合わせて、暗い
さらにこのスカートの中には、忍者かスパイだといわんばかりに大量の暗器がインベントリよろしく収納されていることを自分はよく知っている。
足元には火竜の革と朱雀の羽で作った赤いショートブーツ。火耐性はもちろん、魔力を流せば短距離飛行も可能で、これを相棒に一体幾つのダンジョンを巡ったことか。
どれもこれも、一般人には到底手に入れられない素材とレシピの結晶であると胸を張って言えるものばかり。
見知らぬものに囲まれた中。唯一見知ったモノ─数々の装備品に気が付いて少しの安堵を得た私は、直後これは夢であると確信した。
だってこれは
私、
──思考の放棄を許可願いたく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます