世界の成り立ち
遺跡の入り口に到着して飛鳥が一番初めに思ったのは『両極端』であった。
誰も知らぬ遺跡。それに触れることが出来たキセレは歓喜の表情で活気に満ち溢れていた。
逆にディノランテはどんよりと肩を落とし、疲れ切った表情をしていた。美人が台無しだ。
側にいたミーシャもいつもなら、そんなディノランテを笑いものにしているはずなのだが、同じように気が沈んでいるように感じられた。
「おい、キセレ……。お前何やったんだよ……」
「そうです! 謝って下さい! 土下座です、土下座!!」
キセレとディノランテたちを交互に見た飛鳥は呆れた口調で言う。それに便乗しヘレナも今までの鬱憤を晴らすが如くキセレに物申す。
「失敬な! 何から何まで僕のせいにするのはどうかと思うよ!」
「え、違うの?」
「違うよっ! 僕はただ……」
「待てっ!」
キセレがそこまで言うとディノランテが右手を差し出し沈黙を呼びかける。
「思い出させないでくれ。頼むから、いやマジで……」
完全に憔悴しきったディノランテの様子からただならぬ事が起こったのは間違いない。正直なところ、何があったのか聞きたいと思いつつ、ディノランテをここまで追い詰めた所業に耳を傾けなくて済むという安心感も少なからず存在した。
飛鳥は鬼気迫るディノランテに頷くことしか出来なかった。
「さて無駄話はここまでにして本題に入ろうか!」
キセレが空気を切り替えるように手をパンと鳴らす。
だが、誰もキセレのせいだとは口にしない。これ以上、話が拗れても面倒なだけだと誰もが分かっていたから。
苦笑いをする飛鳥の頬には呆れるあまり水滴が浮かんでいた。
—————
「そういえばディノ、遺跡が見つからんってキセレから聞いてたけど、あれは結局どういう意味?」
飛鳥は聞きながら持ってきていたペットボトルで喉を潤す。
ディノランテは困ったように頭を掻くと飛鳥に向いていた視線をキセレに移した。
その視線に頷き返したキセレは一歩前へ出た。
「それについては僕が……」
キセレは遺跡の入り口である岩の塊に触れる。
「僕たちは元殿下の案内の下ここにきた。だけど、これを見つけることは出来なかった。何でだと思う?」
振り返ったキセレは「これぐらい分かるだろ?」という意味を含む挑発的な笑みを浮かべる。
その表情が何とも気持ち悪く不快で仕方がなかったが、今はそのことは置いておき、キセレの触れる岩の塊に目を向ける。
次に、辺りを見渡したが、そこは初めて訪れた時と何一つ変わった様子はなかった。
その時、飛鳥の目がこの謎を解く一つのカギを捉えた。遠くに存在する天空国家ニヴィーリアを囲む巨大な山脈だ。
ニヴィーリアを囲む山脈には全体に結界が張られており、外部の者は正しい道を選ばなければ決して入国することはできない。
それと同じように考えれば、この平原一帯にも似たような結界が張られているのではないだろうか。
だが、先程周りを見渡したが、これといった道があるわけではない。だとしたら……。
「道順じゃなくて、何か……、何か遺跡が消えたり現れたりする条件が、ある……?」
顎に手を当てながら呟いた。それを聞きキセレの口角が釣り上がる。
「そ。よく分かったね……、と言いたいところだけど、あれだけお膳立てされたら分かって当然だよ!」
キセレはクルクル回りながら飛鳥に近づき肘で横腹をつつく。はっきり言って汚らしいおっさんのする動作ではない。
「さてさて、ではその条件は何でしょう? 次は賢者ちゃんいってみよう!」
「ん、私……?」
「そそ。聞いてるだけじゃつまらないでしょ?」
キセレの言葉にその場にいた全員の目が一斉にシェリアに集まった。しゃがみ込んで蝶がユラユラと飛んでいるのを眺めていた彼女は立ち上がり、ディノランテ、ミーシャ、キセレと視線を移す。そして、最後にいつもの眠たそうな目で飛鳥の目をじっと見つめた。
決して逸らさぬその視線に飛鳥は首を傾げた。
ようやく飛鳥から目を逸らすとシェリアは立ち上がった。
「合ってるかは分かんないけど……」
言いながらシェリアは岩の塊に触れ、手に付いた苔をフッと息を吹きかける。
「……条件は、私」
「は……?」
シェリアの言葉に飛鳥は無意識にそう発した。一歩足を踏み出しシェリアに手を伸ばす。
「私……って、シェリア、何言って……」
「もっと言うなら……私とアスカ」
シェリアは飛鳥の言葉を被せるように言った。振り返り再び飛鳥の目と交わらせる。そして、すぐにキセレへと視線が向かい、正否を求めるようにまだ訴えかける。
キセレは再び口角を上げる。だが、その笑みは今までの気持ちの悪いものとは違い、謎を突き止めたことへの賞賛を表すものだった。
それを目にした飛鳥はシェリアが言った『私とアスカ』と答えたことが真実だとようやく気付いた。
しかし、深く考えてみればすでに答えは出ていたようなものだった。
事前に調査をしたキセレはおろか、この近隣国にいたディノランテやミーシャでさえ知ることのなかった遺跡。
「魔女と賢者が……、近づいたから……」
先程、キセレが出していた歩数の指示。あれはおそらく遺跡の入り口が姿を表す有効範囲を計っていたのだろう。
だがその時、飛鳥の頭に一つの疑問がよぎった。
「な、なら……、何でシェリアやディノが気づかなかったんだ?」
シェリアは
さらにディノランテは左眼に宿した
この二人がいて遺跡に掛けられた結界を見抜けないはずがないのだ。
「それに関してはすでに言われたよ」
キセレは言うと目線を逸らし、飛鳥もその視線を追った。そこにはディノランテがむすっとした顔で腕を組んでいた。その様子から、自分で結界を見抜けなかったことがかなり不服だったと窺える。
「まぁ正直な所、僕もこの結界……というか、この術式を見るのは初めてなんだ。そもそも名前すらないしね」
「名前も……?」
キセレは頷きながらしゃがみ込み、足元の大きなカバンに手を伸ばした。
「そもそも、君たちが見ているものは何?」
キセレらしからぬ要領を得ない物言いに飛鳥を含めた五人全員の頭に疑問の念が浮かぶ。
そんなキセレはカバンから一枚の紙を取り出し紙面を見せてくる。この状況では紙に書いてある内容は重要ではないのだろう。どっちにしても飛鳥には読むことが出来ないが……。
「で、これが何だと?」
しびれを切らしたディノランテがキセレを睨みつける。キセレは慌てるな、と肩を上げる。
「この紙は……、世界だよ」
「は?」
全くピンとこないキセレの回答に思わず飛鳥から気の抜けた声が出る。だが、キセレの顔はいたって真面目でいつものおちょくった様子はみじんも感じられない。
「この紙は僕たちが今いるこの世界。あるいはアスカくんのいた世界。あるいはそのどちらでもない別の世界。どこでもいい、勝手に想像してくれ……」
キセレはペシッと紙を叩き続ける。
「僕たちがいつもいる世界、見ている世界。元殿下の眼ならここで起こる
そう言うとキセレは紙を持つ親指と人差し指少しだけずらす。すると、一枚だった紙が二つに分裂する。いや、もともと一枚に見えていただけの二枚の紙だったのだ。
「世界は僕たちが今いる
キセレはそう言うと隠れていた二枚目の紙を人差し指でピンと弾いた。
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