地下の攻防①

 飛鳥の腕には『硬化ディール』が掛けられている。だが、痛みを感じなくさせるわけではない。突き立てられた剣がカタカタと震えるたびに痛みが倍増する。


「へぇ、俺の一撃を耐えるか。やるねぇ……」


 男が口角を上げながら言う。そして男の顔がキッと険しくなる。


「まぁ、それもここまで……」


 ゾッとした。


 目の前の男がかなりの実力者ということは飛鳥にもすぐに分かった。そんな強者から向けられる本気の殺意がピリピリと皮膚に伝わる。


 嫌な予感しかしなかった。飛鳥はとっさに胸の前で交差した腕を左に、身体を右にずらす。


「あぐっ……うあぁぁぁぁ!!」


 その時、男の剣が『硬化ディール』が掛かったはずの飛鳥の腕をまるで豆腐のように貫き、柱に突き刺さる。


 飛鳥の両手首から血が吹き出しパーカーをより赤く染め上げる。掛けられた『硬化ディール』は完全に砕かれ、聖術気マグリアが粒子となって消えていく。


 何が楽しいのか男は満面の笑みで飛鳥に微笑みかける。狂人としか言いようがなかった。


 が、そんな男の顔から笑みがスッと消える。そして、目線が左に移ると同時に頭を下げた。


 その瞬間、風を切る音と共にシェリアが現れる。高速で右回転をしながら男の頭部を目掛けて繰り出させる右足の蹴りは、強化法術により常人であれば首が吹き飛ぶほどの威力が込められていた。


 蹴りを躱されたシェリアは左足を軸にその回転の威力を右拳に乗せる。さらに、腕に『筋力強化アウドーラ』を、拳に『硬化ディール』を重ねて掛け、男の腹部へアッパーを狙う。


 蹴りからアッパーへの流れるような連撃はとてつもない速さで男は身動きが取れずにいた。


 と、思うのもつかの間……、


「……っ!」


 次の瞬間にはシェリアの拳には短剣が突き刺さっていた。男はあの一瞬のうちに左手で懐に常備してある短剣を逆手で抜き、そのままシェリアの拳に突き立てたのだ。


 当然のように『硬化ディール』が貫かれ、シェリアの表情に苦痛の文字が浮かぶ。拳からプシュッと血が飛び散りシェリアの色白い頬、金色の髪に付着する。


 そして、その痛みによりシェリアはほんの一瞬、男から目を逸らしてしまった。


 その隙を男は見逃さない。飛鳥に突き立てていた剣を持つ右手を離し、シェリアの顔面に向け拳を振るう。


「シェリ……」


 飛鳥がとっさに叫ぶが、それはシェリアに届くことはなかった。


 ゴシャッと鈍い音がその場に響く。それと共にシェリアは吹き飛ばされ、受け身を取ることさえできず遺跡の壁に衝突し砂埃が舞う。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、飛鳥は雄叫びを上げる。右手の聖気玉マグバラ聖術気マグリアを込めるが、上手く纏まらず魔術が発動しない。


 腕の痛みのためか、はたまた頭に血が上っているためなのかは飛鳥自身も分からなかったが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。


 その剣から何とか抜け出そうと腕をがむしゃらに動かすが、ただ傷口が広がり抉られるだけで飛鳥にはどうすることもできなかった。


 だが、そんな飛鳥を男は気にも留めなかった。


 男は先の攻防で目の前で柱に無様に貼り付けられる飛鳥より、シェリアのことを要注意人物だと瞬時に判断した。そして、シェリアにトドメを刺すために、彼女を殴り飛ばしてから一度も目を離すことなく、飛鳥の腕に突き刺さった剣に手を伸ばす。


 しかし、男の手が剣に触れることはなく、その手には剣の代わりに石の杭が貫通していた。


 男は何事かと自身の右手を確認する。手に穴が空いているはずなのに、悲鳴どころか何一つ声を上げないその姿が、男の異常性を際立たせる。


 男は右手を確認すると、後ろに跳躍する。その瞬間、男の立っていた場所に男の手に刺さった杭と同じ物が三本刺さる。


 飛鳥は杭が飛んできた方に目を向ける。そこには、美しい姿をしながら果敢に迫り来るディノランテの姿があった。


 ディノランテは左眼の聖気玉マグバラから直径二〇センチほどの石の塊を生み出すと、左手でその石をそっと撫でる。すると、石は粘土のように変形し、今度は五本の杭となった。そして、掌底の構えを取りながら左足を力強く踏み込むと、右手で五本の杭を撃ち放った。


 神速のごとく飛翔する杭のうち三本を男は下がりながら紙一重で躱し、残りの二本を右手に刺さったままの杭で弾く。


 普通は悲鳴をあげてもおかしくない痛みを伴うはずだが、男は声どころか表情一つ変えることはなかった。


 五本の杭を撃ち出したディノランテは、その直後、すぐに再び左眼に聖術気マグリアを込め、今度は四〇センチほどの石を生み出す。その石を上下から両手で包むように添えると、一気に左右へと腕を広げた。


石の槍スカブ・シュペラ』の発動である。


 石の塊は先ほどと同じように形状を変え、捻りながら二メートルを超える槍へと変化した。


 ディノランテは右手でそれを握ると、五本の杭を対処することにより、一瞬背を向けた男へ投げつけた。


 実力者同士の戦いにおいて、一瞬の隙は命に関わることもある。ディノランテはそれを熟知していた。


 男が見せた一瞬の隙。それを逃す手はない。


 だが、男はそれすらも振り向きながら首を逸らしギリギリの所で回避する。


 ディノランテの攻撃はあと少しで命中する。すぐそこまで追い詰めているのに当たらない。それは男の余裕の表れであった。追い詰めていると見せかけて相手を自分の間合いに誘い込む立ち回りこそ、真の男の狙いであった。


 あたかも、槍を避けるのが精一杯と思わせるため、敢えてつまずいたフリをする。


 しかし、男にとってそのフリが命取りとなった。


 とどめを刺すならば魔術を使わず直接、自分の手で息の根を止めるのが最も確実だ。相手が隙を見せたのなら、なおのことだ。


 もし、今、ディノランテが剣を持っていれば、その選択をしたかもしれない。だが、ディノランテが用意していた次の一手は相手に近づくことではなかった。


 投げた槍が男に躱されると左手を前に突き出し強く握り『石の極千針スカブ・ペル・アドル』を発動する。その瞬間、その槍は男の背後で幾千もの細かな針へと変貌した。


 男がパキッと槍が壊れる音を耳にし、そこで初めて焦りの表情が見えた。俺の読みが負けた、と。


 ディノランテが強く握った拳を勢いよく引くと、その針は一斉に男に向かう。広範囲に男の逃げる場所など無いように。


 男は右手に刺さった杭を抜き、迫る針を叩き落とす。だが、当然、全ての針を捌ききることは出来ず男に数多の針が刺さる。


 しかし、ディノランテの攻撃はまだ止まらない。左手の拳は強気握ったまま、左眼にそっと右手を添える。そして、自身の前方に右手で大きな円を描き、聖術気マグリアの薄い膜を張る。


 続けて、握ったままの左拳を前へ突き出すと再び掌底の構えを取り、目を閉じる。


 針が男に向かうということは、男に当たらず通過する針は真っ直ぐディノランテに向かうということ。


 ディノランテは今から、その針全てを操る。そのためには全神経を集中させなければならない。


 ゆっくりと左眼を開く。そこには細かな術式陣がいくつも浮かんでいた。針は術式陣に促され、より速度を増しながらディノランテの描いた膜の範囲内に吸い込まれるように飛ぶ。


 そして、針が膜に触れようとした時、


「はっ!!」


 ディノランテは怒号と共に左手を引き、膜に向かって掌底を打ち込んだ。


 膜の範囲内にあった針は掌底により進行方向を変え再び男に向かう。そして、引いた左手により男の背後に敢えて残しておいた残り半分の針が男に向かって動き出す。


 男は前後から襲いかかる幾千もの針にどうすることも出来ず、ふっと笑みをこぼすのであった。

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