地下の遺跡③

「はぁ、ったく、あっちから聞いといて……」


 今なお壁画を眺めるディノランテの側を離れ愚痴を溢す飛鳥。そして、その後ろをシェリアが付いていく。


「でも、全く意味がないわけじゃないと思う」

「そうか? ああもハッキリ『いや、全く』とか言われたら凹むわ」


 これっぽっちも似ていない飛鳥のモノマネに呆れるシェリアは地面に転がった石を蹴飛ばした。


「確かにディノは飛鳥の思ったことに感心を持たなかったかもしれないけど、ヘレナは違うかもしれないよ?」


 それを聞き飛鳥は腕を組み考え込む。


 シェリアが言った『ヘレナは違う』というのは、言い換えればキセレが何かしらの情報を持っているかもしれないということだ。情報屋であるキセレの下で働いているヘレナであれば、シリュカール、そしてニヴィーリアへ赴く際、この遺跡について何か聞いていても不思議ではない。だが、それを飛鳥たちに伝えてないということは、やはり魔女や賢者には関係のない遺跡ということになるのだろう。


「ま、戻ったらヘレナさんに聞いてみよう」

「ん」


 そう言うと飛鳥はディノランテに目を向ける。その様子から、この場所を動く気配がないことは容易に想像できたので飛鳥たちも再び遺跡の中を見て回る。


「ディノは壁画ばっかりだけど、やっぱりこっちの方が気になるよな」

「そうなの?」

「あぁ、いかにも『何かあります』って雰囲気がだだ漏れじゃん?」


 飛鳥が壁画よりも気に掛かったもの。それは遺跡中央にある祭壇だ。


 遺跡の中央、巨大な七本の柱に囲まれたその祭壇は所々欠けてはいるものの、遺跡の中で最も作り込まれた外観をしている。


 飛鳥たちは段差を上がると祭壇の前に立つ。


 怖いもの知らずなシェリアはしゃがみ込み祭壇をペシペシと叩きながら観察する。


 飛鳥もまた祭壇の上に右手を乗せる。そして、何を思ったのか、聖術気マグリアを込めた。


 ハッとした。何故、自分は唐突にそんなことをしでかしたのかと……。


「やばっ」


 飛鳥は慌てて祭壇から手を離す。もしかしたら何か起こるかもしれない。息を飲む飛鳥の額にはじんわりと冷や汗が浮かんでいた。


 だが、いつまで待っても何も起こることはなく、飛鳥は安堵の息を吐いた。


「どうしたの?」


 そんな飛鳥の様子を察し、シェリアが立ち上がる。


「いや、何の気なしに聖術気マグリア流しちゃったんだけど、特に何もなかったわ」

「……慎重なアスカが珍しいね」

「うん、まぁ……、自分でもそう思う」


 そう言うと、今度はシェリアが飛鳥の袖をくいくいっと引き視線を下へと誘導する。


 それに従い飛鳥は膝を曲げ視線を落とす。


「何だと思う?」


 シェリアが祭壇の側面を見ながら問う。


 祭壇の側面には縦二〇センチ、横十五センチ、深さ五センチほどの窪みががあった。それは欠けたとはとても言い難く何かが綺麗に切り抜かれたようだった。


「……いや、知らねぇよ」


 飛鳥はシェリアの問いに答えることができない。というか、逆に何故飛鳥なら分かると思ったのだろうか……。


 だが、飛鳥はしゃがみ込み視線を下げることであることに気づいた。


 祭壇の前方一メートルほどの場所の床だ。大きさで言うと八〇センチ四方ほどだろうか、周りの床と比べ、その範囲だけ少し雰囲気が変わって見えた。


 気になった飛鳥は四つん這いで近づき、真上から覗き込む。遠くから見れば辺りと同化し気づくことはなかっただろう。それほどまでに溶け込んでいた。


 飛鳥は手を伸ばしポンポンと軽く叩く。先ほどの祭壇では何も考えず聖術気マグリアを込めてしまったが、今度はそのようなことはしない。


 何もないことを確認した飛鳥は次は優しく撫でるように触れる。だが、飛鳥はその床に触れ、ある違和感を覚えた。


「やけに綺麗だな……」


 綺麗と言ってもそこだけ新しいレンガを使っているとか、綺麗に磨かれているというわけでもない。


 見ての通り、この遺跡はかなり年季が入っている。壁や天井、そして床は所々欠けてしまっている。


 当然、辺りの床にはその破片が散乱しているのだが、その床だけはそういった破片が一切散らばっていなかった。まるで、そこだけ破片が転がったかのように……。


 その瞬間、ガコンッという何かが外れるよな音が飛鳥の耳に突き刺さる。


 飛鳥はすぐさま顔を上げ、その音の発生源を探すが目ぼしいものは見当たらない。遠くにいるディノランテはもちろん、背後にいるシェリアもその音に気付いた様子はなかった。


 その未知な状況が飛鳥の心拍を上昇させる。体温が上がり呼吸が速くなると同時に冷汗をかく。


 そんな飛鳥の身体が吹き抜ける冷たい風に触れ少しだけ冷めるのを感じた。


 飛鳥は一度、大きく深呼吸をし反省をする。突如、不可解なことが起こると冷静さを欠くのは飛鳥の悪い癖だ。そんな時こそ落ち着き正しい状況判断をすることが、今の飛鳥に最も必要なこと。


 そして冷静になった頭で気付く。何故、こんな地下深くで風が吹くのか、と。おかしい、おかしいと何度も頭の中で繰り返す。


 勢いよく振り返り足元を見た飛鳥は理解した。例の床だけ何故、欠けらが散らばっていなかったのか。


 石と石が僅かに擦れる音を周囲にばら撒きながら、その床の片側がゆっくり、ゆっくりと持ち上がっている。


 できた隙間から風が吹き飛鳥の髪を撫でる。目にかかった髪がゆらゆらと揺れ、うっとおしく感じた飛鳥は右手で前髪を抑える。


 床が上昇するにつれ飛鳥は一歩二歩と後ずさる。


 そして、床が十五センチ程上がった時、飛鳥は血の気が引き恐怖が身体を支配する。


 何者かと目が合ったのだ。隙間から覗く光る二つの瞳が飛鳥のことをじっと見ていた。


 飛鳥は声にならない声を上げながら距離を取るために後ろへ飛ぶ。


 ドガンッ!


 そして、飛鳥が距離を取ると同時に凄まじい破壊音を上げ、開きかけの床が真上に吹き飛んだ。


 その中から一人の長い黒髪を一つ結びにした男が現れ猛スピードで飛鳥に迫りながら左腰に差した剣を抜き、その切っ先を飛鳥に向ける。そして、何の躊躇もなく、その剣は飛鳥の喉元を目掛け振るわれた。


 飛鳥は慌てて腕を顔の前で交差させるが、それが何の意味もなさないことは火を見るより明らかだった。


「アスカ!」


 直前の爆音に気づいたシェリアがとっさに手を伸ばし飛鳥の下に走るがどうやっても間に合わない。


 一方、飛鳥は迫る剣の軌道を見極め、一つの望みに賭ける。相手の攻撃は突き。その突きを飛鳥は腕の交差点で受け止める。


 だが、男の剣は飛鳥の腕を貫通することはなかった。


 飛鳥が賭けた一つの望み。それはシェリアによる防御法術『硬化ディール』の行使である。万が一にもシェリアの法術が間に合わなければ飛鳥は今頃、串刺しになっていただろう。


 それに加え飛鳥は今、『視力強化ゼフト』により動体視力も上昇している。普段の飛鳥ならば、男の剣に反応することは不可能であっただろう。今、飛鳥が生きているのは偶然に偶然が重なったお陰であることに間違いはない。


 しかし、安心するのもつかの間、男の剣は『硬化ディール』に防がれてもなお、止まることはなかった。


 剣が腕に触れたと同時に、飛鳥は謎の浮遊感にとらわれた。そして、次の瞬間……、


「ごはっ……!」


 飛鳥は七本ある柱の一つに叩きつけられた。


 一瞬、意識が飛びかけたが飛鳥は気合で持ちこたえる。だが、背中や頭を打った痛みが消えるわけではない。


 飛鳥の朦朧とする意識が不意に覚醒し、今の状況を把握した。


 交差した飛鳥の腕が男の剣により胸の前に押し付けられ、そのまま柱まで押しやられたのだ


 未だに突きつけられた剣はシェリアの『硬化ディール』を僅かに貫き、一センチほど腕に食い込んでいた。傷口から血が垂れ飛鳥の着たパーカーに赤い染みを作る。


 右手で剣を持つ男の顔がゆっくりと上がり、髪の隙間から覗く濃い緑色の瞳が飛鳥の青いそれと交差した。


「へぇ、俺の一撃を耐えるか。やるねぇ……」


 厳つい見た目からは想像もできない飄々とした男の声が飛鳥の恐怖をより一層掻き立てる。

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