地下の攻防②
ザクッザクッと男に針が突き刺さる音を永遠と聞かされる。
その生々しい音に飛鳥は思わず眼を逸らす。同情はしない。いきなり襲いかかるような人間に情けなどは必要ない。だが、男のように生きたまま幾千本の針に貫かれる最後を出来ることなら経験したくはない。
ディノランテに向かう第二波とも呼べる男の背後にあった半分の針が膜に弾かれ、またはその背後の床や遠くの壁に突き刺さり、針の雨はようやく止んだ。
ディノランテの前方で身体中に石の針を突き刺しピクリとも動かぬ男の姿に目を閉じ、安堵の息を吐く。
すると突然、緊張が解けたのか飛鳥の腕に激痛が走る。目を見開き、未だ剣に突き立てられた腕に目を向けると、ディノランテが何食わぬ顔で剣を握っていた。
「少し痛むぞ」
「え、ちょっ……、まっ……!」
目の前の女男がそう言ったかと思うと、飛鳥の返答に耳を貸すこともなく躊躇なく引き抜いた。
「いっだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
痛みに少しだけ慣れかけていただけに、飛鳥の受けた痛みは計り知れないものになっていた。
痛みで傷口を抑えることもできず、地面にうずくまる。
「悪いな。だが……」
「いでぇぇぇ!!」
「いつまでも腕に剣を刺したままにもできんだろう?」
「あぁぁぁいでぇぇよぉぉ!!」
「ここに長く滞在するわけにもいかぬし……」
「うぉぉぉぉぉ!」
「あの者も……、って話を聞け!」
「いでぇ!」
いつまでも叫び続ける飛鳥の頭にディノランテの拳が振り下ろされる。それにより、いつしか雄叫びに変わっていた喚き声がようやく止まる。
殴られた部位に頭を抑える飛鳥を前にディノランテがため息をつく。そして、飛鳥の側で腰を下ろすと左眼に
ディノランテは回復系統の法術は得意ではなかったが、痛みを感じさせなくする『
「アスカ、傷を見せ……、おい、アスカ?」
だが、そんなディノランテの言葉には全く耳を貸さず、飛鳥はゆっくりと立ち上がる。そして、辺りを見渡し何かを見つけたかと思うと、ゆっくりと歩き出す。腕は下へと垂れ下がり、傷口から未だに流れる鮮血が指先へと伝い、ぽたぽたと地面を赤く彩る。
そこに先ほどまで痛みで悲鳴を上げていた無様な姿はない。確かな足取りで一歩一歩前へ進む。
「おいアスカ、どこへ……」
急に歩き出した飛鳥にディノランテは声をかけるが、その行く先を見ると口を閉じ、その後ろに続く。
少し歩き飛鳥は膝をついた。
「大丈夫か、シェリア……」
飛鳥はあの男に殴り飛ばされたシェリアにそう尋ねると、左腕でシェリアの首の後ろに手を回し優しく抱きかかえた。
シェリアは完全に脱力しきっていた。男に殴られた頬は赤く腫れ、口や鼻、短剣の刺さった右の拳からも赤い血が見える。
飛鳥はシェリアの腫れた頬を優しく撫でると、まだ袖の血が付いていない部分でそっと口や鼻から流れたそれを拭き取った。
そして、シェリアがゆっくりと目を開く。
「アス、カ……、お……そい……」
シェリアの声はとても弱々しいが、若干皮肉の効いた口調に少し安心する。
「ごめんな。俺もさっきまで腕に剣が刺さってたから……」
飛鳥が言うと、シェリアはゆっくりと左手を持ち上げ飛鳥の右手に触れる。
「だい、じょう……ぶ?」
自分よりよっぽど重症なはずなのにシェリアは自身より飛鳥の身を案じた。
その姿に飛鳥は心が痛む、腕の傷以上に。もっと自分を心配しろよ、と。
「シェリアはどうだ? 右手や頬以外にどこか痛むところはあるか?」
「ん、頭……、クラクラする……」
「クラクラ……、脳震盪か? いいの貰ってたもんな……。と、それよりもまず……」
飛鳥はシェリアのお腹の上に乗せられた右腕に目を向けた。いつまでもシェリアの拳に短剣を刺したままにしておくわけにはいかない。口には出してはいないが、この拳も殴られた頬もきっと叫びたくなるほどの痛みを伴っているはずだ。
飛鳥は抱きかかえたシェリアの向きを変え、飛鳥にもたれかからせる。シェリアの後ろから抱きしめるように腕を回し短剣の刺さった手を右手で優しく持ち上げる。
そして、短剣に左手を伸ばそうとした時、
「まぁ待て」
と、ディノランテが声をかける。
「なんだよ。早く抜いてやりたいんだけど……」
飛鳥は不貞腐れるように言うと、ディノランテは「だから待て」と飛鳥に制止を呼びかける。
「俺は『
そう言うと、ディノランテの左眼の前方に小さな円環が浮かび上がる。疑っていたわけではないが、それがディノランテの言葉をより確かなものにする。
「なんだ、それならそうと早く言ってくれよ」
「言おうとした時に、お前がどこかへ言ってしまったんだろうが!」
飛鳥はいたずら混じりな口調で言うが、正直なところ、少しだけ安堵する。シェリアに少しでも痛い思いをしてほしくなかった飛鳥にとってディノランテの申し出はとてもありがたいものだった。
「よし、いいぞ」
シェリアの側に腰を下ろしたディノランテがそう言うと、飛鳥は短剣に手を伸ばし一気に引き抜いた。
抜いた拍子にプシュっと血が出たが、場所が場所だけにそこまで酷い出血には至らなかった。
「大丈夫か? 痛くないか?」
「おい、お前は俺の法術を信じていないのか?」
ディノランテのツッコミに少しだけギョッとする。
「い、いや、信じてないわけじゃないけど、一応な。一応……」
拗ねた態度をとるディノランテにタジタジになる飛鳥。そんな二人を見てシェリアはクスクスと笑う。
笑うシェリアを前に飛鳥とディノランテは顔を合わせると自然と二人からも笑みがこぼれた。
「はははっ……、はぁ。とりあえず、どうしよっか。ディノは回復系の法術は使えたりする?」
飛鳥は尋ねるがディノランテは首を横に振った。
「回復系統は一番苦手だ。ほんの擦り傷にも半日程かかる」
「それはもう自然治癒に任せようぜ……」
なぜか自身ありげに答えるディノランテについ呆れてしまう。だが、この状況で傷を癒すことが出来ないのは不安が残るのも、また事実であった。
シェリアは当分歩くことは叶わず、飛鳥の腕では彼女を運ぶことはできないだろう。それに、ディノランテがシェリアを運ぶのも得策ではない。また、何かしらの脅威に晒された時、現在戦うことができるのは彼しかいないからだ。
そんなことを考えていると、シェリアが口を開いた。
「傷、自……分で、治すよ……」
そう言うと束の間、シェリアの右手を淡い光が包み込むと拳の傷がみるみる塞がっていく。歩くことは叶わないが、思考ははっきりとし法術の発動にも支障をきたす様子も見られない。
次に左手を震えながら自分の左頬へやると、同じように光が頬を覆った。
「ん、よし。治ったよ」
先ほどとは打って変わって普通に話すシェリアに飛鳥は安心する。
この三人の中に怪我の症状を正しく認識できるものがいないため気づくことはなかったが、シェリアの頬骨はヒビが入っていた。その為、痛みにより上手く呂律が回らなくなっていたのだ。
「アスカ、手……」
「ん?」
そう言うと、シェリアは後ろから抱きしめるように伸びる飛鳥の両腕に手を添え、傷を塞いだ。
「ほう。『
顎に手を当て感心するディノランテ。だが、その顔はすぐに険しくなり手をパンッと叩いた。
「よし、怪我が治ったならすぐにここを離れるぞ」
「えっ、もうか? シェリアもまだ歩けそうにないし、もう少し休んでいこうぜ」
だが、ディノランテはその顔を崩すことなく首を横に振る。
「いや、ダメだ。シェリアを背負え、すぐにでもここを……」
カランッ
その音は地下の少し乾いた空気によく響いた。固い木のような、はたまた石のような物が地面に落ちる音。聞き間違いでも何でもない。背後からしたその音は確かに飛鳥たちの耳に突き刺さる。そして、最悪の可能性が飛鳥の脳裏をよぎった。
そんなはずはない、あいつはディノランテが倒したはずだ。数多の針に身体を貫かれ、死んだはずだ、と……。
ゆっくり、恐る恐る振り返る飛鳥の額には大量の冷や汗が浮かんでいた。再び襲い掛かる恐怖に飛鳥は動揺を隠せなかった。
飛鳥が目にしたもの。それは幾千もの針を身体に刺しながらも、声の一つも上げることなく立ち上がる謎の男の後ろ姿だった
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