返してもらう
『
迫る刃は何の迷いもなく飛鳥の脳天に振り下ろされる。
しかし、その刃は飛鳥の皮膚を傷つけることはなかった。
突然、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、一瞬遅れて飛鳥は未だに自分が無事であることに気づく。
飛鳥は我に返り見上げると、そこには逆光によって作られた黒い影。そして、風に
「魔術の撃ち合いに、私の入る余地なんてない……」
片膝をつく飛鳥は手で太陽の日を守り、今なお違和感の残る目がその姿をしっかりと映した。
「……でも、近接戦闘なら私の出番」
シェリアは右腕に『
「生意気な小娘がっ……。賢者の分際でこの俺に素手で挑むだと……? 舐めるのも大概にしろよ!」
シートンは再び剣を構えるとシェリアに襲いかかる。
にもかかわらず、シェリアは横目で飛鳥に視線を向ける。
「アスカ、すぐ目は慣れる。それまで大人しく、ね」
「よそ見してんじゃねえよ!」
シェリアは左手を思い切り開くとすぐに顔の前で握りこぶしを作る。すると、その左手に淡い光が集まる。
そのままシェリアはシートンの剣を左手の甲でいとも容易く防ぎ、蹴りを繰り出した。
シートンは左足で地面を蹴り、シェリアの攻撃を身を翻しながら避け距離をとった。
「舐めてなんか、ない。あなたが強いのは、もう知ってる……」
シェリアはシートンを警戒している。今は剣を両手で持っているがその剣は決して両手でなければ扱えぬ代物ではない。
戦闘経験の豊富なシートンがいつ剣と杖の両刀を用いてくるかは分からないが、剣を対処しながら魔術を使用されたらシェリアにはどうしようもない。
だからこそ、魔女と賢者なのだ。例え、各分野において秀でていてもそれだけで生き抜けるほどこの世界は甘くない。それを補うために魔女と賢者はともにあるのだ。
「
シェリアはシートンにゆっくり近づきながらそう唱え、
「……
と、重ねて強化法術を使用する。
そして、両手にはすでに『
その姿を後ろから見守る飛鳥はもしもの場合に備え、いつでもシェリアの援護ができるように備えていた。
本来なら様子見なんてせず援護ができたら良かったのだが、シェリアの戦闘スタイルを未だ把握しきれておらず、目の調子も万全ではない。なので出来るだけ誤射のリスクを抑えたかったのだ。
シェリアは右手は固く握られ曲げ腰の位置に、そして左手は指を少しだけ曲げ、掌をシートンに向ける。左足を前、右足を後ろに開きほんの少しだけ腰を下ろす。
どこか空手の構えを思わせるシェリアの立ち振る舞いにシートンは少し神経を尖らせた。
当然だがシェリアが空手について何か知っているわけではない。これはシェリアが過酷な森の中で生き残るために身につけた技術である。相手の攻撃を左手で受け止め、または受け流し右手で攻撃を仕掛ける。実に合理的な戦闘方法である。
両者睨み合い膠着状態が続いたがそれを破ったのはシェリアだった。
右足で地面を蹴ると軽く陥没し、その音と共にシェリアは地面ギリギリを飛ぶように一気にシートンに近づいた。
その速度にシートンは驚くがシェリアのタイミングに合わせ両手で握っていた剣を右手だけで持つと斜め上から振り下ろす。
シェリアもそれに対し左足で地面を力強く踏み込むと、引いていた右手でボディブローを繰り出す。ひび割れた地面がシェリアが体に込めた力の大きさを表している。
だが、お互いの第一手は決まらなかった。
シートンは瞬時にシェリアの攻撃を見抜き、左足を上げ、拳を受け止める。
対するシェリアも『
その手を掴んだまま飛び上がったシェリアは体を倒しながら右足でシートンの側頭部を狙う。
「
シートンは瞬時に左手で背中に背負った杖に触れ、そう叫ぶと左腕に淡い光が集まった。左腕の耐久を増加させたのだ。
だが、シートンはここで一つのミスをする。『
繰り出されたシェリアの蹴りはシートンの左腕でワンクッションを置くがそのまま頭ごと振り抜かれたのだ。
シェリアの蹴りを受けたシートンの左腕は確かに傷一つなく耐え抜いたが、その『
この場合、シートンは左腕を負傷してでも『
素手を相手に戦ったことのないシートンの、完全なる油断からきたミスである。
蹴りにより吹き飛ばされたシートンはそのミスを瞬時に理解し左手で地面に手を突き受け身を取る。
シェリアは追い討ちを仕掛けるために再び地面を蹴る。
それを見たシートンは腰に忍ばせたナイフを取り出すとシェリアに向かって投げる。
突然迫ってきたナイフにシェリアは足を止め右手でそれを弾き飛ばした。
その隙にシートンは右手に持った剣を真上から振り下ろす。
それを右手で回転しながら受け流しすと、その回転による遠心力を利用し、シェリアは左足の踵でシートンの頭部を狙う。
とっさにしゃがむことで回避したシートンは、回転に従い背を向けたシェリアの隙を逃すようなことはしなかった。
シートンは地面を蹴りシェリアに近づいき剣を……と思いきやシェリアから距離を取った。それと同時に左手で背負った杖を手に取りシェリアに向けた。
「
「……っ⁉︎」
シェリアは背を向けることでシートンの隙を誘った。近づいたシートンに対しカウンターを用意していたシェリアは、ここで剣ではなく魔術を選択したシートンの判断力に驚いた。
迫る土の槍も『
だが、それはシートンから発するある気配に気を取られシェリアの頭から回避の選択肢を一瞬だけ消去させた。
目の前に迫る土の槍。気を反らしたのは瞬きをするようなわずかな時間であったが、それがシェリアの命とりとなった。
もはや回避が叶わないと悟ったシェリアは悔しそうに歯を食いしばる。
「
その時、そんな声が後方から聞こえたと思うと、シェリアの左右の地面から土の槍が飛び出しシートンの作り出したそれとぶつかり両者粉砕する。
シェリアはその内に後ろに飛び去り、飛鳥の元へ戻るとその側でしゃがんだ。
「危なかったな」
「……ん、ありがと」
目の感覚が戻ってきた飛鳥の『
シェリアはシェリアの動きと共に暴れ回り、汗で顔に張り付く髪が流石に鬱陶しくなったのか、髪をかき上げる。
飛鳥が髪を切ろうとした際、顔を出すのを極端に嫌がったのだが、今はそんなことを気にしている余裕などないようだ。
その様子を見て、飛鳥は何か結ぶ物を探すためポケットなどを探すが、それらしいものはない。ないのなら仕方がないと、飛鳥は諦める。
「そういえば、シェリアさ。シートンが『土槍』出した時どうした? タイミング的に避けれない事はあったとしても、避ける動きすらないって……。腹でも減ったか?」
そんな冗談交じりで言ったセリフをシェリアは完全に無視した。そして、見上げるように飛鳥の顔を見ると再びシートンの方を向く。
「……次、また魔術戦が始まったら……、私に戦わせてほしい」
飛鳥は「自分の質問は無視か」と思いながらも突然のシェリアの提案に少し驚いた。それは純粋な魔術戦においてシェリアは足手纏いであると自分ではっきりと認識しているからだ。
まっすぐシートン睨むシェリア。その顔を見るに何かを考えている事は容易に分かる。そして、それを断る選択肢はなかった。
「何かあんの?」
そう飛鳥は問う。
「あの人、持ってるよ……」
シェリアはシートンを見る。いや、正確にはシートンの持つ杖、もっと言うのであればシートンの持つ杖の先端。その杖からは不恰好なほど膨らんだ部分からシェリアは決して目を逸らさなかった。
シェリアがシートンの攻撃を回避することを忘れさせるほどの存在。
「……賢者の神杖」
シェリアを上から見下ろしていた飛鳥はその言葉に目を見開きシートンの持つ杖に目をやる。
飛鳥にはよく分からない。だが、賢者であるシェリアには何かが見えたのであろう。ここまで言い切る確かなる理由が。
—————
「賢者の神杖って……それまじか。全然気付かんかったわ」
飛鳥はシートンの杖を凝視しながらシェリアに言った。
「ものすごく小さい。私じゃなきゃ見逃しちゃうよ」
「どこで覚えたそのセリフ」
若干聞き覚えのあるセリフな戸惑ったがそれをいつまでも気にしているわけにはいかない。
「まぁシェリアが前に出るのはいいけど近接戦闘の時の方がリスクは少なくないか?」
シェリアの基本的な戦闘スタイルは両手両足に『筋力強化』や、『脚力強化』などの強化系法術を見に纏うことが多い。もちろんそれ以外の部位にもかける事は出来るのだが攻撃面においてそれはあまり意味をなさない。
そして『硬化』などの防御法術も腹や胸に使用できるが、いくら無事だからといってわざわざ腹や胸で槍や弾丸を受けるのは気分のいいものではない。
なので、森で遭遇した大熊のように防御してから瞬時に攻撃に移したい場合のみ四肢以外にも防御法術を施すことがある。
何より、シェリアは纏う類の法術を手で触れた部位にしか掛けることができないのだ。
ゆえに、大量の弾丸を生成するシートンに対しシェリアが対処するのには限界があるのだ。
「……ん、だから援護して。私もそれなりに、頑張るから……」
それに、
「立ち回りのうまいあの人が剣を使ってる時、そう簡単に背中の杖を野放しにするとは思えない……」
そりゃそうだ、と飛鳥は肩を落とす。性格は難点しか見られないが、実力は確かに備わっているのも素人の飛鳥から見ても明白だ。
「それじゃ、やりますか……」
「……ん、返してもらう」
白黒の髪、そして黒金の髪をそれぞれ揺らしながらこの戦いは最終局面に突入する。
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