欠片の博打
案の定、シートンはシェリアの接近を恐れ魔術戦を試みてきた。先ほどの戦闘で飛鳥に近接戦闘の手段がないことを確信したシートンは飛鳥の魔術、シェリアの接近だけに軽快をおいた。
シェリアは弾丸が飛び交い土の槍が迫り来る中、シートンに向かって進んで行く。
シェリアは四肢を全て使い、シートンの弾丸をはじき落とす。後ろに控える飛鳥はシェリアの死角から迫る弾丸、そして槍を撃ち落とす。
じわじわとシェリアとシートンの距離が縮まっていく。だが、それは弾丸がシェリアに届くまでの時間の短縮、そして飛鳥がシートンの魔術を迎撃するまでの時間の増加を意味する。
シェリアが捌き切れる数にも限界があり、近づくにつれシェリアに傷が増えていく。
「はっはっはっ! どうした、もう限界かっ⁉︎」
「まだ、行ける……」
シェリアはシートンの挑発には耳も貸さず自分のできることをこなしていく。
飛鳥もシェリアの邪魔にならないよう背後を追いながら援護をする。
だが、シェリアとシートンの距離が十メートルより縮めることができずにいた。それに加えてシートンはさらに逃げながら魔術を使う。
近づいては離され近づいては離されの繰り返しである。変わらぬ戦況の中、飛鳥とシェリアの
その時、戦況が大きく動いた。
なんの前兆もなく、突然シェリアの背後で巨大な爆発音が鳴り響く。それが飛鳥を襲うものだとすぐに気づいた。
シートンは飛鳥とシェリアの二人のうち、どちらか片方だけでも潰せればと考えた。
そして、シートンが選んだのは今、最も安全な位置ゆえに油断していると判断した飛鳥であった。
では、どうやって飛鳥に攻撃を仕掛けたのか。それは飛鳥も先ほど使用した地雷式設置魔術。もちろん飛鳥が設置したような、その存在感をありありと示すような巨大なものではなく、せいぜい人一人をギリギリ吹き飛ばせる程度のもの。込める
シートンは飛鳥が魔術を使用しながらシェリアの後を追っているのを確認すると、おそらく通るであろう場所に設置した。だが、それだけで都合よく飛鳥が設置した地雷を踏むとは流石のシートンも思っていない。
なら、どうやって踏ませたのか。それは飛鳥とシートンの放つ『
それに加え、『
シートンの思惑にも地雷の存在にも気づくこともなく飛鳥は地雷を踏んでしまったのだ。
シェリアは不覚にもその爆発により飛鳥の安否を心配し、巻き起こる爆炎に目を向けてしまった。
その瞬間、飛んできた『
「あっがぁぁ!」
シェリアは思わず苦痛の声を上げ、膝をついてしまった。そして、すぐ後ろに人の気配を感じ取った。そう、シートンである。
シェリアが気付いた時にはもう遅く、シートンは左手に杖を持ったまま、右手に持った剣で先程見せた一撃と同じ軌道で振り下ろす。
シートンに背を向けるシェリアは右腕で対処しようとするも撃ち抜かれた上腕の痛みにより腕が上がらない。足が痛み、逃げることもままならない
何の躊躇いもなく振り下ろされるシートンの剣にシェリアは何もすることが出来なかった。
だが、その剣はシェリアに届くことはなかった。
背後で甲高い音が響き渡りシェリアは振り返ると、地雷魔術に巻き込まれたはずの飛鳥が頭部から血を流しながら魔女の神杖でシートンの一撃を受けていた。
飛鳥はシートンの地雷には気付いていなかった。本来なら到底逃げられるものではなかったが、まだ効果の切れていない『
そして、シートンがシェリアの背後に迫っているのを確認すると、前方への跳躍の勢いのまま一気に二人に近づいた。
シートンの繰り出した一撃。これが先程、見覚えのある剣の軌道と違うものであったのならば、おそらく飛鳥は防げていなかっただろう。そして、
「シェリアーーー!」
そう叫ぶと、右腕を押さえ、飛鳥の突然の登場に唖然としていたシェリアが我に帰る。
シェリアは無事な左手で左足に『
それと同時に、よろけながらも右足で踏ん張り『剣気』を纏う左足で杖を切断する。
それを確認すると飛鳥はシェリアを抱え戦線を離脱し、シートンから距離を取る。
「それか……?」
「……ん」
飛鳥はシェリアを抱きかかえ、お互い肩で呼吸をしながら、そう言った。シートンの杖の先端はまるで剣で斬られたような断面をしており『剣気』の恐ろしさを今一度実感させる。
「……あ……ぁぁぁ」
杖の先端を凝視しながらうめき声をあげるシートン。
「あぁぁぁぁ……ぁぁぁ……」
剣はとうに投げ捨て、右手で自分の顔をえぐる。
「ぁぁ……、俺の……僕の……ぁぁぁ」
返せ。そうぽつりとつぶやき、
「……返せよーーーーー!!」
シートンの雄叫びはそれなりに距離のある二人の耳を容易に貫き、思わず顔を歪める。
シートンは杖を投げ捨てるとゆっくりと背後にいたカウの元へ向かい首と右手首を掴んだ。そして、
「や、やめろ!」
飛鳥はそう叫んだ。
もはや動くことの叶わない飛鳥とシェリアの目の前でシートンはカウの腕を何の躊躇もなく噛みちぎった。
改めて目の当たりにしたその光景に飛鳥とシェリアはショックを隠すことができない。
シートンはまるで味わうように口を動かすとそれを飲み込む。喉の動きが妙にリアルでその生々しい音に思わず目を背けてしまう。
そして、先程は何となくでしか聖術気の流れを確認することができなかったのが、今回ははっきりと分かる。今までとは比べ物にならない量の
カウの聖術気をギリギリまで吸い尽くしたのかシートンはカウを捨てるように後方に投げる。
「てめぇ……!」
飛鳥は思わずそう呟いた。
シートンは自分の顔の横で力強く左手を握る。すると、その拳から天まで届くような爆炎が上がる。その熱量にシートンの左頬が火傷を負う。だが本人はそのことを全く気にする様子はない。
「……ずるいよ。君たちは……」
突然シートンがそう呟いた。
「人並み以上の
シートンはその膨大な聖術気による手の震えを懸命に抑えつつ、ゆっくり手を開きながら腰の位置まで下ろす。すると、天まで届く炎はゆっくりとその左手の中に吸い込まれていく。
「……
シートンの悲痛の叫びと共に全ての炎がその手に収まり、再び拳を力強く握ると凄まじい光が発せられた。
シートンはその拳を頭より高く天に掲げるように上げると、掌の何かを零さぬように慎重に指を開く。
そして、ゆっくりと傾けると、左掌からは真っ赤な液体が溢れ、それをヘソの前に構えた右掌の中に注いでいく。
溶岩のようにドロドロとしているわけでもなく、その液体は水に近いだろう。
注がれた液体はそこに残ることはなく、右手に吸い込まれ、その手が真っ赤に発光を始める。
そこで、飛鳥は気付いた。
「……
魔女の知識の中にあった魔術の一つ。決して魔女専用の魔術ではないのだが、それは最上位の魔術の一つと言っていいほどの威力を誇る。
「注がれた右手の光が安定すると、発動できる……」
そして、その『
そのことをシェリアに話し、改めて問う。
「あれ、防げ……」
「無理」
シェリアは食い気味に否定した。
「私の賢者の記憶にそんな広範囲を、カバーできる防御法術はないし、そもそも聖術気が限界」
シェリアは無表情でそう言った。
確かに今日一日でシェリアはかなりの聖術気を使用していたので無理もない。
未だに飛鳥にかけられた二つの強化法術の効果が切れていないあたり一度にかなりの聖術気を込めたことが分かる。
「そういう飛鳥はどう? あれを上回る魔術ある?」
今度はシェリアは飛鳥に問う。
「森で竜に使った『
「……そっか」
自分から聞いておきながらぶっきらぼうに返事をするシェリアに呆れつつも、飛鳥は何となくその気持ちが分かる。
どうしようもないのだ。こちらは二人がかりとは言え、どうしても聖術気は有限で、それを考慮しながら戦ってきた。
対してシートンは使えばその都度補給ができる。そもそもカウの保護を優先していればこんなことにはならないと思うかもしれないが、シートンの立ち回りがそれを許してはくれなかった。
飛鳥はシートンに向かい『土の弾丸』、『土槍』を繰り出すが、『炎帝の拳』の発動までの弱点を考慮して防御結界を張っている。シェリアの『レーダー』のような『結界』とは違いちゃんとした相手を立ち入らせないものである。
「止めるとしたら、発動する前と思ったんだけどな……」
飛鳥の考えも虚しく崩れ去る。本当にこのまま何もできずに終わるのだろうか。
そんな考えがよぎり、都合よくそれがシェリアに繋がった。
「あるよ……。可能性……」
シェリアはそう言い、賢者の神杖が埋め込まれたというシートンの杖の先端を飛鳥に見せる。
飛鳥は一瞬それでどうするのかと疑問に思ったがすぐにシェリアの考えを理解する。
「ハハッ。それ、とんだ博打だな……」
飛鳥はそのほんのわずかな可能性に思わず笑ってしまう。
それに釣られシェリアも「ふふっ」と笑う。
「あとは、アスカに任せるよ」
そう言い、シェリアは左手で杖の先端を握りつぶす。杖の破片は地に落ち、最後まで残った真っ白な小さな結晶。そう、『賢者の神杖』の欠片である。
シェリアは飛鳥に笑いかけ、全てを託す。
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