覚醒の兆し

 ――感謝しかなかった。人を疑い続ける生活の中でやっと抜け道を見つけたのだと。きっと疲れてたんだと思う。人を疑い続ける事が。そんな時、君が現われたんだ。


 ――私もそう。感謝でいっぱい。暗い森の中で本当に叶うかも分からない希望を抱き続、そのために終わりなき研鑽を続けてきた。そんな時、あなたが現われたの。


 ――シェリアは……俺を、許してくれるのか?


 ――最初なんてどうでもいい。人はすぐに変わる。私はアスカに変えてもらった。


 ――その理屈ならまた変わって、離れることもあるってことか?


 ——そうならないように、頑張ってね。


 ——そうだな。愛想尽かされないように。


 はっきりと聞こえた。飛鳥の声が、シェリアの声が……完全に繋がった。

 飛鳥はシェリアを、シェリアは飛鳥を想う気持ちが二人にある変化を生み出した。


「な、なん……何だ、お前……お前たちは!」


 シートンが叫ぶ声に余裕が無く、目の前に起こる現象に困惑し、「そんなはずがない」と否定するのみだった。


 そのシートンの眼前に映る飛鳥とシェリアを包んでいた淡い光は徐々にその勢いを増し、ついに目を開けれぬほどの光量に達した。


 シートンは腕でその光を遮り、わけもわからぬ状況を必死に整理する。


 やがて光は収まり、あたりは落ち着きを取り戻す。


 そして、シートンの目に飛び込んできた光景は信じられぬものだった。


 真っ黒だったはずの少年の髪は、真っ白いメッシュが頭の約三割ほどの割合で染まっており、白く変色したその髪は黒髪の部分より少しだけ長く伸びていた。


 また、淡く綺麗な金色の髪を持つ少女はその毛先に真っ黒いメッシュが入り、毛先に少しウェーブが入ることで、ふんわりと浮いている。


 そして、驚くべきは二人の目の色。飛鳥の右目は生まれつき持つ青眼ではなく、燃える太陽のような赤眼へと変わっていた。

 髪とはわずかに異なる金色の目をしたシェリアの左目は太陽に照らされ輝く大海の、ような青眼へと。


 そして、シートンの目にはもう一つある変化が生まれた。飛鳥の持つ杖である。シートンにはずっと、飛鳥の持つ杖がただの木から作られたような何の変哲も無い杖に見えていたのだ。


 以前、魔女の神杖の形状を見ただけでその正体をキセレに暴かれた飛鳥はシェリアにお願いし、飛鳥とシェリア以外には別の杖に見えるように霧の幻覚法術をかけてもらっていたのだ。


 それが魔女の覚醒により法術に込めた『聖術気マグリア』を乱し、まるで薄い膜が砕けるかのように本来の姿が現れた。真っ黒な光沢の棒に太陽の装飾を施した、それ以外は何の変哲もないただの杖。


「な、何だ、その姿は……」


 震えるシートンの声。


「何で、お前なんかが、……その杖を持ってるんだよぉぉお!」


 以前、シートンは魔女と賢者の神杖について調べたことがあった。伝承には神杖については語られてはいないが、魔女や賢者の現れた地域にはわずかではあるが神杖の情報が記録として残されていることがある。


 そこで見た記録、魔女の神杖の外形。調べようと思えば誰でも知ることのできる事だが、逆に調べる事がなければ、ほとんど広まることのない事であった。


 シートンは変色した飛鳥とシェリアの髪と瞳の色。そして、飛鳥の持つ杖の形状、それらを全て含め、この状況を理解した。


 そして、


「ハハ……、ハハハハハハハッ!」


 高らかに笑い出した。


「まさか……。ま、まさか、こんな所でお目にかかれるなんてなっ! 魔女の神杖!」


 シートンは飛鳥の持つ『魔女の神杖』を指差した。以前からそれを狙っていた。そいつをよこせ。シートンは目で、それを訴えかけてくる。


「お前にはやらんぞ。もしかしたら親の形見かも知れないからな」


 両親と飛鳥を繋ぐ唯一の手掛かり。そう易々とくれてやるわけにはいかない。


「お前の意思なんか……」


 シートンはそう言いながら杖を構える。


「……どうだっていいんだよ!」


 再び開戦の狼煙が上げられシートンが『土の弾丸フラス・グラン』、そして『水の弾丸アクイァ・グラン』を大量に生成する。


 それを見た飛鳥はすっとシェリアの前に立つと、


土の弾丸フラス・グラン


 飛鳥もそう唱える。すると、飛鳥の周りに土の小球が生まれシートンが放つ『土の弾丸』、『水の弾丸』を余す事なく迎撃する。


 シートンは杖を振りかぶり次から次へと弾丸を生成しその度に飛ばしてくる。


 一方飛鳥は少し神杖を地面にトンと叩く事で弾丸を生成する。


 飛鳥は『魔女の覚醒』で何か新たに強い魔術の記憶を継承した、というわけではない。

 今現在の記憶や知識の継承は完全に『賢者の神杖』に依存している。

 魔女と賢者の『連動する』がここで現れているのだ。よって賢者の神杖が集まらない限り魔女の記憶もまた得られることはない。


 なら、何が変わったのか。


 それはひとえに処理速度の増加である。一度に聖術気を込め、魔術を発動するその効率が飛躍的に上がる。そしてそれを支えるのが、背後に控えるシェリアである。


 普段から使用する聖術気を薄く広げるだけの『レーダー』のような『結界』。これを用い、シートンの撃つ弾丸を全て把握し、それを『意識共有コンシアース』で飛鳥に伝える。


 それにより飛鳥はシートンの攻撃を全て対処することができた。


 だが、シートンはそれで臆すような玉ではない。


「はっはっはっはっ! 楽しいな、おい!」


 シートンはさらに弾丸の生成速度や発射速度を上げる。飛鳥はそれに対応するも、どうしてもシートンの弾丸を飛ばすタイミング、位置など経験に基づく技術の前に押され気味になってしまう。


「シェリア、少し動くぞ」

「問題ない。今なら離れてても意識共有は効く」


 シェリアの『意識共有コンシアース』は今までであれば、飛鳥の頭部に触れ直接送らなければならなかったが、シェリアもまた『賢者の覚醒』により法術の用途が格段に増した。


 飛鳥は横目でチラッとシェリアを見る。彼女が背後に居てくれるだけで何故こんなにも頼もしいのだろうか。


「前に掛けた法術はまだ効いてる。頑張って……」

「おう!」


 飛鳥は走りながら神杖をクルクルと回し、そして一気に振り払う。


「なっ⁉︎」


 飛鳥の周りには今までとは比べ物にならない数の『土の弾丸』、『火の弾丸イグニス・グラン』を生成し、シートンは思わず驚嘆の声を上げる。


 それを飛鳥はよく分からないなりにもタイミングに気を付けながら射出する。


 シートンもその場で対処することが厳しくなり駆け出した。


「なぁ、シートン。お前、……本当に子供達をただの聖術気の補給源としか考えてないのか?」


 走りながら弾丸を作り、それを飛ばしながら飛鳥は問う。


「当たり前だろ! 俺が育てる! 愛情を与える! その代わりに聖術気を貰う! 助け合う! それが家族だ!」


 違う。そうじゃない。そうじゃないだろ。


「……確かに、家族の在り方ってのはそれぞれだ。俺もそう思う。でも……、でも……!」


 飛鳥は力強く杖を握り、その先端に聖術気マグリアを込める。すると杖の先端にある太陽が燃え上がった。飛鳥は杖を振り回しその火の塊をシートンに向かって投げる。


 シートンは飛鳥の放ったそれを『火の弾丸』を数発放ち軌道を変える。


「……家族ってのはそうじゃないだろ!」


 ――家族ってのは何かをされたから何かをしてもらうとか、そんな損得で測れるようなものでは断じてない!


「家族がいる、それだけで温かい気持ちになれる。そこにあるのは、ただ……」


 飛鳥は歯をくいしばり絞り出すように叫んだ。


「……ただ、無償の愛。親が子を愛し、子が親を愛す。……親が子供に対して何かを要求してんじゃねえ!」

「綺麗事を! この世界、いつ死ぬか分からぬこんな世界で何の見返りもなくただ愛を振りまくことがどれだけ愚かなことか、お前には分からんのか⁉︎ 敵は魔族だけじゃない、隣にいた奴が次の日、次の瞬間、己の命を狙うことだってある世界だ!」


「……分かる、分かるよ! 誰も彼も信用するなんて無理な話だってことは分かってる、俺がそうだから……」


 飛鳥は悲壮な声を出す。そうだ。この男が今話していることはその全てが間違っていることではない。


「……でも、でも! 子供たちはお前を信用し、愛しているんじゃないのか⁉︎」

「……っ!」


 シートンは歯噛みする。


「親が子にそんな物理的な何かを求めるな……。親がもし、何かを求めるとしたら、それは……」


 飛鳥の脳裏に祖父母の姿が流れる。


「……それは、願いだ。どうなってほしい、こんな大人になってほしい。子供はそれだけで、親の期待に応えたいと……」


 飛鳥は自分の両サイドに『大火槍イグニス・エル・シュペラ』を生成すると弾丸とともに撃ち出した。


「……っ! 水連壁アクイァ・ティ・ミューレ!」


 シートンが咄嗟に複数の水の壁を重ね『大火槍』を受け止める。


「……そう思うことができるんだ!」


 その水の壁で火の勢いは消すことはできたが、土の弾丸は止めることができず、シートンの体に再び傷を作ることができた。


「……脚力強化カダート


 しかし、シートンが下を向き傷を押えながらボソッと唱えたそれを、飛鳥は気づくことができなかった。


 そして、シートンの足元に淡い光が灯った瞬間、二人の開いた距離が一気に詰められる。シートンはそれと同時に後ろ腰に差した剣を抜刀した。


「魔法だけが……」


 シートンが一瞬のうちに接近してきたとしても、飛鳥の目はしっかりとその姿を映していた。だが、


「……あ」


 飛鳥の目は突然、シートンの動きを捉えることが出来なくなってしまった。それは飛鳥に掛けられた『視力強化ゼフト』が切れた証である。


 森の中をゆっくりと、警戒しながら進む際に掛けられた『筋力強化アウドーラ』と『神経活性ナヴィート』。余裕のある状況だったが故に、込められた聖術気量が多かった。


 しかし、戦いの最中、咄嗟に掛けられた『視力強化』は前の二つに比べ、込めた聖術気がずっと少なく、その効果時間も短くなってしまったのだ。


「……俺の全てじゃないんだよっ!」


 あからさまに速くなったなった世界に取り残されたような感覚に囚われた飛鳥は、シートンの動きに全くついていくことが出来ず、ただ茫然と振り下ろされる剣を虚ろな目で眺めていた。

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