私は知ってるよ

 ――人の上に立つ。俺にそんなことする資格も、する度胸もない。だがそんなことをせずともそれを疑似的に感じる事が出来るとしたら……。


 飛鳥は両手を地に着き、項垂れる。頭痛がする。吐き気が込み上げてくる。


「君とその子の出会い、だいたい予想がつくよ。……きっと君がその子に手を差し伸べたんだろ?」


 ――やめろ。


「……何でわざわざそんなことを?」

「黙れぇぇー!!」


 飛鳥は両膝を着いたまま魔女の神杖を鞘とし、巨大な炎の大剣を生み出した。その名も、


炎大剣リアメル・エルラウス


 そのあまりにも巨大な剣はおそらくシートンと魔族の戦闘によりできた荒れた大地の端から端まで届くだろう。


「あぁぁぁぁーーー!」


 作られた炎の熱により喉が乾燥し、もはや掠れたような声しか出ない。それでも飛鳥は叫びつ続ける。何かを恐れ、何かを誤魔化すように……。


 天高く伸びた炎の大剣は飛鳥の叫びと共に振り下ろされる。あたりを焼きつくし、灼熱をまき散らしながら力任せに行使された炎の大剣はただただ虚しいものだった。


 シートンはカウを脇に抱えると轟音と共に迫りくる大剣を巨大な水の壁でいとも容易く防いだ。


 飛鳥の手から魔女の神杖が落ちると同時に炎の大剣も消え去った。


 飛鳥は再び地面に手を突いた。どこか怪我をしてしまったとか、聖術気が尽き倦怠感に襲われたからでもない。ただ認めてしまったのだ。シートンの言ったことを。


「弱い者の上に立つってどんな気持ち?」


 シートンは何の感情もこもってない様な声で尋ねる。


「すごく気持ちがいいよね」


 飛鳥にはもうシートンの言葉を否定する気力はなかった。


「君って自分より弱いシェリアちゃんを利用したんだろ?」


 顔を上げることが出来ない。


「自分よりずっと惨めなその子を救い、感謝されることで悦に浸りたかったんだろ? ……何で分かるかって? そりゃあ分かるよ……」

 ――君と俺は同じだからね。


「君は確かに最初は、純粋にカウの腕を食べていたことに怒っていただろうさ。君の大切な人と俺を重ねさせたことに、……怒っていただろうさ」


 顔を上げるのが怖い。


「けど、徐々に気付いた。気付いてしまったんだ。自分と俺の行動原理が一緒であることを……」


 シェリアの顔を見れない。


「そんな俺とお前自身を重ね、いつしか自分も俺のように自分の欲のために誰かを傷つけるかもしれない。そんな現実が許せなかったんだろ?」


 シートンは長い髪をかき上げ、カウを側に寝かせた。


 ――『人を見限るな』だなんて、どの口が言えたんだ。


 飛鳥の頭の中はそんなことでいっぱいだった。何もシートンに言い返せない。だが、シェリアに弁明することもできない。


「ほんと、自分勝手なやつだよ。お前は……」


 ナウラに来た最初の日、シェリアに『私を助けてくれた』と言われ、飛鳥は『それは運が良かったから』と、そんなことを考えていた。『運が良い』からシェリアを助けた、だなんて今思えば飛鳥らしさなど全くなかった。

 合理的に、そして家族以外の人との距離を保ち、付かず離れずの関係を好んできた。そんな飛鳥がシェリアに手を伸ばしたのを、飛鳥を知るものから見ればきっと不自然に思うだろう。


 もしかしたら、と思ったのだ。シートンに言われ、自分が気付いていないだけで深層心理はそれを望んでいたのだと。


「どう思うよ、シェリアちゃん」


 シートンが馬鹿にしたような口調で話しかける。


「人を信じるとか見限るとか散々何言ってんだか、こいつ……」


 飛鳥の目に涙が浮かび、それが流れ出すまで時間はかからなかった。だが、決して泣き叫ぶようなことはなかった。これ以上、惨めな姿を見せたくはないと思ったから。


「結局人ってこんなもんなんだよ。他人を利用し利用される。強い者が弱い者を。弱い者はさらにその下を……」


 何もかもが崩れたような気がした。別に今まで積み上げてきた物なんて無いに等しいのかもしれない。崩れる物なんて無いのかもしれない。だが、考えずにはいられない。シェリアとの関係が崩れたことを……。


「シェリアちゃん、君はこいつに見下されてたんだよ? 悔し……」

「違うよ」


 優しい声だった。シートンの声をかき消した声はとても……、とても優しい声だった。不意に聞こえたその声は、崩れ落ちたまま上げることの出来ない飛鳥の顔を再び上げさせるのには十分だった。


 飛鳥は流す涙を拭うこともせずシェリアに振り向いた。


 飛鳥の視線が金色の髪の間から覗く瞳と重なる。その声と同様、とても優しく温かい瞳をしていた。


 シェリアは左手で髪を耳にかけるとゆっくり飛鳥の元に近付きながら言った。


「そんなこと、ないんだよ」

「はっ、騙されてたのをそんなに認めたくないのか⁉︎ おめでたいやつだな、君はっ!」


 そんなシートンの煽り文句もシェリアは聞こえていないのかものともしない。


 シェリアの手が飛鳥の顔に触れ、撫でるように流れる涙を拭った。


「最初の頃、アスカが何を考えていたかなんて、分からない。もしかしたら、ほんとに私を見下してたのかもしれない……」


 でもね、


「……私には、分かるんだよ」


 シェリアは自分のおでこを飛鳥のおでこにコツンとぶつけ、目を閉じる。


「し、シェリア……?」


 飛鳥から戸惑いの声が上がる。何故、ここまでのことができるのか。シェリアは『もしかしたら見下されてたかも』、と言った。そこまで分かっていて何故、飛鳥から離れるようなことをしないのか。


「いつもは感じない。けど時々、流れてくるの……」


『繋がる想い』


 シェリアの感情が飛鳥に流れてくることがあった。いつもではない、時々だったけれど……。確かに流れ込んできた。言葉には出さずとも繋がる思いがそれを可能にした。


 そして、その逆の事がシェリアの身に起こっていても何ら不思議なことではない。


「ありがとうって。いつも、いつも……」


 シェリアは飛鳥とお互いの頬を擦り合わせる。飛鳥の少し癖のある髪がシェリアの顔に当たり、くすぐったいはずなのに離れようとしない。そして、ようやく顔を離す。


「私が、お礼言いたいぐらいなのに……」


 シェリアは飛鳥の目をまっすぐ見る。


「私は、アスカでさえ知らない心の内を知っている。……だから、安心して。そんなに怯えないで……」


 シェリアの心の中が見える、聞こえる、感じでくる。


「私は今……、なんて言ってる?」


 シェリアは飛鳥の頭を撫でながら問う。


「ありがとうって、言ってる……」

「一緒だね」


 シェリアの心の内、感謝の気持ちしか感じない。暖かい気持ちが流れてくる。


 ——そうだ。……どんな時でもシェリアの暖かさを感じ、俺も同じ気持ちになったんだったな……。そんな思いに支えられてたんだな……。


「……大丈夫?」


 シェリアが問う。今まで何度も見た笑顔で。いつもこの笑顔に安らぎを与えられていたんだ。


「あぁ、もう大丈夫」


 そう言うと、飛鳥とシェリアにある変化が起こる。目を瞑る程ではない光が二人から発せられる。その光は次第に光量をまし、二人を包み込んだ。


 魔女と賢者は今ここで覚醒の前兆を見せる。




 —————




「店長、一つ質問いいですか?」


 数本のろうそくのみで照らされた薄暗い部屋の中でヘレナは今もなお資料の選別に体力を注ぐキセレに言った。


「……何? どした?」


 キセレは手を止めることなくヘレナに背を向けたまま答えた。


「今思ったのですが、私の知っている伝承では魔女は『白髪に赤眼』、賢者は『黒髪に青眼』だったはずなのですが……。何故、飛鳥さんとシェリアさんはその特徴と一致していないのでしょうか」


 キセレはそこでようやく手を止め、すでにぬるくなったお茶をすするとヘレナの方を向いた。


「歴代の魔女や賢者全てにあったことはないから確証は持てないけど。おそらく、過去にいた魔女や賢者のほとんどが、その条件に当てはまってないと思うよ。ちなみに僕があったことのある二人も全然違ったし……」


 キセレの口から出た予想外の答えにヘレナは目を丸くした。そしてキセレもその驚き顔に少し薄ら笑いに苛立ちはしたものの、すぐに気を抑える。


「では、なぜそのような伝承が伝わっているのですか?」


 キセレは頭をぽりぽりと掻きながらばつが悪そうに答える。


「これは僕も一度しか、ほんでもって少しの時間しか見たことないからなんとも言えないんだけどね……。魔女の、そして賢者の覚醒に関係しているんだと思う」

「覚醒、ですか……」


 ヘレナは考え込むように顎を手に当てる。


「それなら、飛鳥さんとシェリアさんはすでに覚醒しているのではないのですか? お二人ともそれぞれ神杖を持っていましたし」

「いや、それはあくまで神杖の……記憶や知識の譲渡に過ぎないんだと思う。ただの継承、かな。本来の覚醒はさらにその先に行かなければならないんじゃないかな」


「さらにその先……」

「ヘレナも僕の下で働いてるから聞いたことあるでしょ? 『巡る、繋がる、連動する』。魔女と賢者がそれぞれを尊重しあう時、またはそれを行動に示す時、二人に魔女と賢者の恩恵が授けられる……」


 ヘレナが再び考え込むとキセレはまた背を向け机に並べられた大量の資料とにらめっこを始める。そして、


「それが訪れたとき、魔女と賢者は本来の姿を取り戻すんだと、僕は思ってる…………いやぁ、まだまだ面白いことが残ってるようだね! 魔女と賢者! ……って!」


 再び知識の狂人と化そうとしたキセレをヘレナが後ろからチョップをして呼び戻す。


 そして再び、その部屋に静けさが戻るのだった。

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