いっときの幸福
飛鳥が手に持っているのは渡された資料。もちろん飛鳥は読むことは出来ないが代わりにシェリアが読むことができる。
回りに人がいると絶対に顔を出そうとしないため読んではくれないが、文字が読める人がいるだけで頼もしいことこの上ない。
「そういえば、シェリア。お前、キセレのとこにいた時は普通に出来てたよな。なんかキセレと意気投合してる風に見えたし」
シェリアは黙り込み、考えるように首を捻る。そして出てきた言葉は、
「……薄暗かったから」
だ、そうだ。
結局はジザルと話していた時も、お菓子に釣られはするものの最後まで顔を出すことはなかった。
この人見知りは重症だ。早急に手を打たなければならない。何より周りからの目線に飛鳥自身が耐えられなくなってきている。
それもそのはず。周りから向けられる目線と共に聞こえるひそひそ声。今朝、この街に訪れてからシェリアが飛鳥の背中から離れた時間はごくわずかである。
それが街の人からすれば、朝からイチャイチャしているようにしか見えず、街の人の中でちょっとした話題になっていたのだ。
「ほれ、シェリア着いたぞ」
飛鳥とシェリアが向かったのは検問。飛鳥たちがこの街に訪れてからすでに四時間ほどが経過し、検問の列もだいぶ落ち着いてきたように見える。
飛鳥は受け持ってくれた検問の兵士を見つけると一区切りついたタイミングを見計らい声をかけた。
「あの、今時間大丈夫ですか?」
「ん? あ、おぅ……、あなたですか。どうされましたか」
「あの、滞在費が集まったので納めに来ました。あと、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。別に大した者でもありませんし……」
「えっ? あー、でも、うーん、分かりま……分かった。そういうことならやめようか。っと、滞在費大銀貨二枚、確かに受け取った」
そういうと、検問は二つの小さな板を差し出してきた。
「これを入って右に行ったところにある小さな建物に持って行け。そこでこの板と滞在許可証を交換してもらってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、仕事だから気にすんな。……それで」
検問の声がわかりやすく小さくなり顔を寄せてくる。
「『キセレ』には会えたか?」
「会えましたけど……酷いですね。聞きましたよ、『無言の粛清』のこと」
「はは、すまんな。だが適当なことばかり言う奴より、性格が歪んでても正しい情報をくれる奴の方がいいと思ってな」
「まぁ得られる情報に関しては信頼できると思いますが、それ以外のところに難点がありまくりですよ」
知識に対し鬼気迫る勢いのキセレを見た。普段はちゃらんぽらんなはずなのに知識、それにまつわる謎、それを前にした時キセレは狂人と化す。
「それも天下の賢者様の前じゃ大したことなかっただろ?」
がはは、と笑う検問を前に飛鳥は申し訳なさがこみ上げてくる。ギルドマスターのジザルに知られてしまった以上、すぐにこの兵士にも現れた賢者が偽物であったことが伝達されるだろう。それなら自分から話してしまった方がまだましなのではないのだろうか。
そう思い、飛鳥は目の前て笑う兵士を見つめ、話す決心をする。
「……と、そんなところです。これはギルドマスターにも話は行っていて、のちに知らされると思います」
検問の兵士は途中険しい顔をしたがジザルの名を出したあたりから『仕方ない』といった顔に変わり飛鳥は罪悪感が沸く。
「賢者の名を語るとは……。でも身元不詳の者を入れる判断をしたのは俺だし……。でも……あ〜」
兵士は飛鳥の虚言に対し咎める言葉を発しようとするが、独断でろくな審査をせず飛鳥たちを街に入れた自分が罰せられる不安に駆られている。
「すみません。本当は話が広まる前にここにきたかったのですが、ギルドマスターに捕まってしまって。ギルドマスター、ならびに兵士さんの上司に当たる方にも自分のせいだとお話ししますので……」
兵士は頭を抱え座り込んでしまっていたがゆっくりと立ち上がると……、
「……ント……」
「えっ?」
顔に手を当てたまま兵士が呟くが、飛鳥は聞き取れなかった。
「……ダント、だ。俺の名前」
そう言い兵士は右手を差し出してきた。飛鳥はその手を取った。
「俺は飛鳥と言います。ご迷惑おかけしてすみあだだだだだだだっ……!」
ダントの手を取った飛鳥は急に起こった痛みに声を上げた。
「ほんとに迷惑かけられたぞ! 急に賢者が来たかと思いっ! 本部とギルドに早急に連絡しっ! 挙げ句の果てにそれが嘘でしただぁ⁉︎」
「すすすみませんでしたぁぁだだだだだ」
「だがまぁ」
手を殴る力が弱まり飛鳥は手に息を吹きかける。
「自分でそれを言いに来てくれたから……、それで許そう」
「あ、ありがとうございます」
「ほ、ほんとに、うちのアスカが、すみません」
「お前ずっとだんまりだったくせに、こんな時ばっかり喋るのな……」
「アスカが、少しずつって……」
「言った! 言いましたけれども!」
そんな二人の様子を見ながらダントは笑う。諍いは少し起きたが、それもまた人の繋がりというもの。ダントは再び検問の仕事に戻った。
言い争う二人はそんなダントの姿に目を合わせると、これ以上邪魔をするわけにもいかず、その場を離れることにした。
「では、俺たちはこれで」
頭を軽く下げる飛鳥にダントは後ろ姿のまま、無言で手を振るのであった。
—————
「どこ行くの、アスカ」
「とりあえず教会かな。依頼の内容は公表されてないから行っても大丈夫だろう」
シェリアは今、飛鳥の背中ではない。あたりに人がいないとか薄暗いとかそういう訳でもない。シェリアは飛鳥の裾を指先で摘み自分の目で、そして自分の足で街を歩く。先ほどのダントとの会話で少し勇気付いたのか、大きな一歩である。
「アスカ、あれ食べたい」
シェリアの指差す先は露店。何の肉かは分からないが串焼きのようだ。
「シェリア、いくらって書いてる?」
「銀貨一、って書いてる……」
「じゃあこれで自分で買ってみるか」
そう言い、シェリアに銀貨を一枚手渡した。シェリアの体が強張るのが見て取れる。
飛鳥は流石に急ぎ過ぎたか、と思うがシェリアは素直に銀貨を受けとった。
だが、シェリアは一枚の銀貨をじっと見たまま、なかなか露店に向かおうとはしない。そして顔を上げた方思えば……、
「もう一枚欲しい」
そう言った。何気にシェリアが自分の意思を伝えるのは珍しいので飛鳥はもう一枚銀貨を渡した。
「なんだ、一本じゃ足りないのか? ほんとよく食べるよな」
「うん、足りない」
そう答えるとシェリアは飛鳥の袖を離し露店にトテトテと走って行った。
飛鳥はなんだか初めての買い物を遠くから見守る親の気分に陥った。
飛鳥はちゃんと買えるかヒヤヒヤしながらシェリアを見守る。遠くからでもシェリアの緊張が伝わり固唾を呑む。
シェリアはすぐに戻って来た。両手に一本ずつ、計二本の串焼きを持っていた。
「お、ちゃんと買えたか」
シェリアの満面の笑みに思わず飛鳥の顔にも安堵の表情が浮かぶ。
飛鳥はジザルから受け取った資料を眺める。この世界の言葉は全く読めないが大事な部分だけ、のちに飛鳥が日本語で書き込んだ。
教会に行くことは確定だがいきなり深く追求することはできない。
その後のことを考えていると飛鳥の視界の隅に何かが入り込む。
「……ん」
顔を向けるとシェリアが串焼きの一本を飛鳥に差し出してくる。
「え、俺に?」
「ん。一緒に、食べよ」
(そうか、そのための銀貨二枚か……)
てっきり一人で食べるためかと思っていた飛鳥は目を丸くする。さっきまで自分の背に隠れていた少女は瞬く間に成長し、人に目を向ける余裕を持った。その成長ぶりに飛鳥も嬉しくなる。
「ありがと。じゃあ一緒に食べるか」
「んっ!」
今だけは飛鳥は周りの目が気になることはなかった。シェリアと時間を共有できる。今はそれだけで十分だと、そう思った。
(まぁ、考えるのはこれ食べてからでもいいか……)
飛鳥は串に刺さる肉にかぶりつく。
「うまいな」
「ん。おいしい」
シェリアも満足したのか、そう答えた。
信頼できると人といるだけで世界は変わる。吹く風が、照らす光が心を癒す。
荒んだ飛鳥の心を晴らしてくれる。そんな気がする。
—————
「今日もよく頑張ったね」
「お父さん、苦しい。また、苦しいのが、き……た」
「大丈夫。僕に任せて、すぐに楽になるから……」
苦しむ子供の声。それを気遣う茶髪の男、このナウラで最も力を持つと噂される冒険者であるシートン。
「はぁっ、はぁっ……! うっ、あぁぁっ……! ふぅぅ……」
「大丈夫?」
呼吸の荒い子供の側でもう一人の子供が声を上げる。
シートンが額に手を当てると荒かった子供の呼吸が急速に落ち着いてくる。
「痛かったかい? よく我慢したね。偉いぞ」
シートンは優しく子供の頭を撫でる。子供は安心したのかシートンのその手にされるがままである。
そして後処理としてシートンは子供の腕に回復法術をかけ包帯を巻く。
さっきまで苦しそうな姿は見る影もなく、子供は元気に声をあげる。
「お腹すいた! 早く帰ろう。今日のご飯は何⁉︎」
「そうだねぇ。じゃあ今日はシチューにしようか」
「やったー! シチューだー! 」
「しちゅー、しちゅー」
「もう! 騒がないの! 全く恥ずかしいわ!」
その二人を少し離れた位置からクールに貶す少女。
「まぁいいじゃないか、レイ」
「でもあんなのと一緒にいたらパパの評判が下がっちゃうわ」
「僕の評判なんてどうでもいいよ。君たちと一緒に居られるならね」
そうシートンが言うとレイと呼ばれた少女はぽっと顔を染める。
「あー! レイ顔真っ赤!」
「真っ赤真っ赤」
「ネオ、うるさい! カウもそんなバカと一緒に居たらバカが移るよ!」
先ほどまで体調を崩していた少年の名はレオ。そしてレオを付いて回るカウ。三人とも親を亡くし、又は親に捨てられた所をシートンに拾われた家族である。
「バカって言った方がバカなんです〜っ!」
「何よ! 言い直すわ! あんたのバカはあんた限定のバカよ! 一級品のバカよ! 白金貨並みのバカよ!」
「いぇ〜い、白金貨いぇ〜い」
「いぇ〜い」
「ムキーーーッ!」
そんな三人の子供の様子にシートンがパンパンと手を叩きながら口を挟む。
「はいはい、二人ともそこまで。それ以上続けるとシチューに野菜沢山、肉ゼロの刑に処すよ」
「肉ー!」
「野菜イヤー!」
レイとネオは口々に叫ぶ。
「はい、じゃあちゃんと謝まって仲直りの握手ね」
「ごめん」
「ごめんなさい」
シートンは思う。これこそが家族というもの。たとえ血が繋がっていなくても絆はそこにある。決して切れることのない絆が。
シートンはずっとこれを守ってきたのだ。家族の温もりを。
そんな彼の優しい笑顔の裏に確かに宿る邪悪な心。恨み、憎しみが教会に向けられる。
彼には、彼の中には教会を邪険にする理由があるのだ。
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