ジザルの依頼

「それじゃあ改めまして。僕はこのナウラの冒険者ギルドを治めるギルドマスターのジザル。よろしくね」


 おそらく応接間のような部屋なのだろうか。その見た目から厳つすぎる名前のジザル。そしてシェリア、キセレ、ヘレナを含んだ計五人は見ただけで高級だと分かる家具に囲まれた部屋を訪れていた。


 ローテーブルを挟み一人用のソファに座るジザル。そしてその向かいのロングソファに飛鳥、シェリア、キセレが腰掛け、その後ろにヘレナが立っている。


「はぁ、俺は飛鳥と言います。こっちの背もたれと俺の背中の間に顔を埋めているのがシェリアです。……てかいい加減出てこい。ほれ机の上にお菓子もあるぞ」

「ははっ。アスカ君にシェリア君ね。……それで、早速で悪いんだけど……この街に賢者がきた、と報告があった」


 早速か、と飛鳥は心の中で思う。それと同時に賢者と追求され、そして偽物であると疑われた場合のセリフを頭の中で復唱し、そして口にした。先手を取るのだ。


「確かに僕は黒髪に青い瞳をしています。賢者と間違えても無理はないと思います。……でも僕は賢者ではありませんよ」


 そう、まさしくこれが飛鳥が考えたこと。一言も賢者の名を出さず、相手に勝手に勘違いをさせる。この状況を踏まえた上の検問でのセリフである。


「ふむ、僕は、はっきり『賢者』が現われた、と聞いたんだけどね」

「さぁ、勘違いじゃないですかね?」


 ジザルは考えるように顎に手を当てる。


「まぁ、でも僕は本当に賢者様なんて大それた者ではありませんよ。どっちかっていうと魔術が得意です」


 得意というか魔術しか使えないのだがここで魔術しか使えないと言うとそれはそれで魔女説が浮上してしまう。


「うん知ってるよ。賢者の見た目をした魔女なんだってね。キセレに聞いたよ」

「てめぇ!」


 つい飛鳥は立ち上がりキセレに大声を上げる。飛鳥のすっとぼけるという完璧な作戦を真っ向から打ち消されたのだ。叫んでしまっても無理はない。


 そこで飛鳥は思う。このジザルは賢者ではないと知っていて話しを始めたのだ。


「性格悪いですね」


 ついそう言ってしまうが、ジザルは『それが長所』と言わんばかりの笑顔を飛鳥に向ける。


「安心していいよ。僕は君が魔女だということも、それを脅しに何かを強要するようなことはしない」


 ただし、


「身分詐称については目を瞑る訳にはいかない。これでもこの街は検問の厳しさ……、つまり街の中の安全性を売りにしている部分がある。そこに身分を偽って潜り込むなんて前代未聞なんだよ。たとえ君の口から賢者の名が出ていなかったとしても、それを示唆する発言をしたことには変わりないからね」


 ジザルの言いたいことは分かった。飛鳥が魔女だということで、それを利用するやうなことはしないが賢者と偽ったことに対する責任を取れと。


「はぁ、申し訳ありませんでした。……それで俺たちは何をすればいいんでしょうか」


 偽装に対する責任。それが罰金なのか、はたまた別の何かなのかは分からない。だがここで騒ぎを起こすと、この先の行動に支障が生じる可能性も考えられるからだ。目の前の男がそれなりの立場なのを利用し「賢者を偽る者が現われたから注意せよ」と警告を出せば、飛鳥たちの行動は確実に制限される。ここは穏便に済ませることが先決だ。


「うん。実はもともとキセレにお願いするつもりだったんだけどね。彼、どうしてもやりたくないとか言い出して……。そこで君の話を聞いたんだ」


 飛鳥はキセレを睨むが当の本人は素知らぬ顔でティーカップに口をつける。


 ジザルは一束の紙をテーブルの上に置く。飛鳥がその紙に目を向け、その後すぐにジザルを方を見る。


 ジザルは首を一回縦に振り読むよ訴えかける。


 しかし、飛鳥がジザルを見たのは読んでいいかの確認ではない。


「これ、読めないですね」


 飛鳥はそう答えた。以前、飛鳥がシェリアにかけてもらった言語共有リズリークは、話す聞くが出来るようになるだけで読み書きができるようになるわけではない。なので、飛鳥はジザルに渡された資料を読むことが出来なかったのだ。


 キセレは飛鳥の全てを話したわけではない。つまり、ジザルは飛鳥が異世界人だということを知らないのだ。


 飛鳥はシェリアに『言語共有』をかけてもらっていることをジザルに話した。


 ジザルはそれに納得しその紙の内容を話し始める。


「実は教会の調査をお願いしたいんだ」

「調査? 教会?」


「うん。教会はこの国が運営してて、その費用も全て国持ち。各街の孤児の保護を行なっているんだ」


 それを聞き、飛鳥の表情が変わる。まだこの街のほんの一部分しか見ていないが、それなりの孤児がいることは認識していた。そんな孤児たちを保護するために教会が存在する。


 この街の孤児を見かけた飛鳥は、彼らのために何も出来ぬ自分に諦めるよう言い聞かせたのだ。


「年に一度、孤児の数を調べ国に報告する。そして、それに合った金額を教会は受け取ることが出来る。でも、この街にまだ孤児がいるのを見かけたんじゃないのかい?」


 そう問いかけられ、飛鳥は縦に首を振る。


「今年はね、魔物の被害がひどかったんだ。魔物に親を殺されて孤児になってしまう。でも、それは別に珍しいことでもない。毎年あることなんだ。問題なのは……」


 ジザルは言葉を詰まらせる。


「すでに保護したはずの子供達でさえ満足な食事を食べることが出来ていないみたいなんだよ。国から充分な金銭が与えられているはずなのに、ね。……ならそのお金はどこに行ったのか」


 飛鳥はつい固唾を飲んだ。


「最近、王都では違法薬物が出回っていてね。かなり大きな組織がそれらを広めているらしい。……この街の教会に送られるその金銭の一部がその薬物製造に使われている可能性がある。教会内にスパイがいるのか、それとも教会丸ごとグルなのか。……そうあって欲しくないんだけどね」


 無自覚のうちに股の間で組んだ飛鳥の指が強く握られる。


(どいつもこいつも、大人たちの都合でいつも、いつもいつもいつも! 傷つくのは子供たちだってのに……!)


 飛鳥は内心穏やかではない。人間の本質。自分が『楽』を得るために他人に『苦』を与える。いつもいつも、時代が変わっても、世界が変わってもそれだけは変わらない。


「もちろん、その薬物に教会が何の関係もない可能性もある」


 飛鳥とシェリアへの依頼は、その金銭の動きを調べることだ。


 すると、さっきまで黙って聞いていたキセレが口を開く。


「ほらね、聞いて思った。やっぱり僕がするような仕事じゃない。てか、そういうのは初めっからシートンに任せておけばいいんだよ」

「彼は教会を嫌っている節があるからなぁ。感情任せに行動されるのはあまり良くないからね」


 聞き覚えのない名に飛鳥は首を傾げ、その人物について尋ねることにした。


 シートンと言う人物の特徴を聞いたところ、それはどうやら飛鳥とシェリアがキセレの店に訪れる前に出会った長髪茶髪と一致した。なんでも無限に聖術気マグリアを保有し、その量は聖術気のみで動く魔族に匹敵するらしい。さまざまな魔法を駆使し、この街一番の冒険者になるのにそんなに時間はかからなかったそうだ。


 そして稼いだお金で孤児を数人引き取り、戦い方やこの世界の生き残り方などさまざまなことを教えている。そして、大の教会嫌いということだ。


(魔族並みの聖術気。……それって、つまり……そういうことなんじゃないのか?)


 飛鳥は一つの可能性としてそれを打ち立てるが、それを飲み込んだ。


「じゃあ、アスカくん。引き受けてくれるよね?」


 最初見た爽やかな笑顔と全く同じはずなのに、その奥に『引き受けないとどうなるか分かってるよね?』という意味が込められているのが分かった。


 飛鳥はすでに身分を偽ったことで逃げ場がない。この依頼を引き受けるしかないのだ。


 飛鳥はしぶしぶ資料の紙を受け取った。

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