第二章 ナウラの食人鬼
絶望からの復活
ナウデラード大樹林にある竜の渓谷。そこにいる守護竜の協力の下、飛鳥とシェリアは無事森からの脱出に成功し、それから早三日が過ぎようとしていた。だが、二人の前にある困難が立ち塞がっていた。
「俺は……もうダメだ。一歩も……歩け、ん……」
「諦めちゃダメ、まだあなたは前に、進むことができる」
「いいや、自分の限界は……、自分が、よく分かってるよ。自分の、足が自分の……ものじゃない、みたいだ……」
「アスカ言ったでしょ。私を守るって。こんなところで諦めないで」
「あぁ、でも無理なんだ。俺のことは、いいから……シェリアだけでも、前に……進むんだ。そして多くの世界を、その目で、見て回るんだ。それが……シェリアの夢だろ……?」
疲れ切った声を発する飛鳥。シェリアは立ち上がり、そんな飛鳥に背を向ける。
「わかった。私は先に向かう」
飛鳥を置いて行く決断をしたシェリア。その姿から何の躊躇も感じることはない。
「でも、ちょっとぐらい待ってくれてもいいかな、とは思うかな」
あまりの展開に飛鳥はついそんな言葉を発するが、それを完全に無視しシェリアは続ける。
「だから、アスカも早く追いついてきて」
そのシチュエーションからは考えられないような冷たい声がシェリアの口元から発せられる。冷たく、そして軽蔑するような声が。
飛鳥は焦った。そして、何の躊躇もなく……、
「すみまっせん! 置いてかないでください! もう足、限界なんです! もう歩けないんです!」
そんなシェリアの態度に飛鳥は勢いよく頭を地面に擦り付け、土下座の姿勢をとる。
「それさっきも聞いた。さっきも休憩した。立て続けの休憩は流石にない」
「でも、もう三日ですよ。三日歩き続けてるんですよ。僕もう限界っすよ……」
「でもご飯や寝る時は歩いてないよ」
「そりゃそーでしょ! そんな時まで歩いてたまるか!」
そう、シェリアは森で生活してきたが故の体力がその身に宿っている。ある時は寝ることは疎か、座ることもできないような場所での睡眠を余儀なくされたこともあれば、結界法術を身につける以前、シェリアでは到底倒すことの叶わないような獣に二日間、寝ずに追い回されたこともある。
つまりシェリアにとってのたった三日間の休み休みな行軍など取るに足らないことなのだ。
「わかった。じゃあ少し休憩しよう」
「よっしゃー! 流石シェリアさん! 話がわかる!」
はぁ、と溜息をついたシェリアだが彼女自身この状況を楽しんでいた。人と会話をしながら旅をするのがこんなに幸せなことだと知ることができた。
それだけでシェリアは心躍るような気分になる。
「それにしても、水筒買った時も思ったけどなんで魔法の水は飲んだらダメなんだ?別に毒じゃないんだろ?」
飛鳥は腰を下ろし、水筒の水を少しだけ口に含んだ。そして、そんな飛鳥の疑問にシェリアは浮かない顔をして答える。
「私もよくわからない。でも飲んでも意味はない。消えちゃうから。私も試したけどダメだった」
「消える、ねぇ。魔術や法術もそこんところ不便だよな」
いまいち納得はしていないが彼女自身わからないものを問いただしても仕方がない。
そして、飛鳥は自身にとってとても大事なことを思い出した。
「なぁシェリア」
「ん?」
「前にクマの血抜きしただろ。その時の元となった法術って確か疲労回復に使えるんだよな」
飛鳥はシェリアから血抜きに用いた名前のない法術の内容を聞き、まるでマッサージのように感じたことを思い出す。
その時は血を一気に噴出させる法術を末恐ろしいものだとゾッとしたが、今回は自分のボロボロの肉体を癒すために。
「ん。気づいてしまったか」
「おぉ!やっぱり疲労回復できるのか!」
「でもやらない」
ぷいっと顔を背けながらシェリアは飛鳥の提案を拒否した。
「な、なんで!」
「あれは肉体の疲労回復には使えるけど、肉体を強化するもじゃないの。だから、またすぐに痛みは戻る。それなら多少時間がかかっても、アスカを鍛えた方がいい」
つまりあれだ。シェリアが言いたいのは『疲れた筋肉をさらに使うことで痛みに慣れろ』だ。
筋トレによる筋肉痛はあまり運動しない方がいいとは聞くが、永遠と歩き続けるのは一種の筋トレ以上に過酷なのではないかと飛鳥は疑問に思う。
しかしシェリアもまたアスカを心配しているが故の発言である。
たとえ時間がかかっても自分に付き合ってくれると言うのであれば、飛鳥は素直にそれに甘えようと思う。
「でもあれだな。せめてあの竜に、町かなんかある方角でも聞いてればよかったな」
「数年前に会った私を、先日って言ったんだよ?場所を聞いても、すでに滅んでる可能性がある」
そういえばそうだった、と思うがなんの情報もなく歩き続けるのはやはり精神的に厳しいものがある。
「そろそろ行こう」
シェリアのその一言に飛鳥は深い溜息をつくと、のそりと立ち上がる。そして、座ることで固まったからだを伸ばした。
「とりあえず人の通った形跡のある道でもいいから探そう。じゃないとどうしようもない」
「ん」
飛鳥は両手を上げ背筋を伸ばし、そして痛む太ももを叩きながら言い、シェリアもそれに同意する。
飛鳥とシェリアがナウデラード大樹林から転移した場所は本当に何もない場所だった。目印になりそうな木も岩もなく四方八方同じ景色である。
飛鳥はシェリアに頼み『
その先に何があるか、もしかしたら何も無いかもしれないが、決められた方角へただひたすら進むことが人のいる場所へ出る第一歩だと信じていた。
その希望も三日で崩れ去ったわけだが。
飛鳥とシェリアは歩いた。歩き続け最後に取った休憩から三時間が経ち、遠くの空がだんだん暗くなっていくのが確認できる。
「あ、アスカ。あれ……」
視力の良いシェリアが何かを見つけたのか、進行方向から少し左へ逸れた方へ指を向ける。
飛鳥は目を凝らし、その指の先を見ると暗くなる空間に影が見え、
「あ、あれは……、建物だ! 人のいた形跡の象徴! 建築物! 走れシェリア!」
そう叫んだ。
体力はとうに限界を迎えていた飛鳥だが最後の力を振り絞り走り出し、シェリアもそれについて行く。
あたりに道などは存在しないが建物自体は立派な造りだと遠目からでもわかる。日が落ちるのは早く次第に暗くなるが、確実にその建物に近づいていると断言できるからこそ飛鳥の足は止まらない。
ようやく、その建物に着いた飛鳥とシェリア。それは堅牢な石造りで近くから見るとかなりの大きさだ。それだけで極めて強大な技術を保有していることが見てとれる。
しかし飛鳥はその建物を見て膝をついた。項垂れるしかなかった。
「滅んでるね……」
立派な外壁は苔に覆われ所々穴が開いており、天井は崩れ落ちていた。
すでに日は落ち、あたりは完全なる闇に覆われる。飛鳥はシェリアの言葉にとどめを刺されたのか、一滴の雫が頬を伝う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます