決心
『いいか、飛鳥。人ってのはな、決して一人で生きて行くことはできん。誰かを助け誰かに助けられ、人はその輪を大きくしていく』
『忘れるな、飛鳥よ。お前は一人じゃない。忘れるな』
—————
「……じいちゃん」
久々に見た。尊敬する祖父の夢を。誰からも頼られるその姿を見て俺は……。
「アスカ?」
自分を呼ぶ声が聞こえ飛鳥は目を覚ます。
「シェ……リア?」
「ん……」
ソファで横になった体を起こそうとするが、体が鉛のように重い。何とか腕で支えようとするが、倒れそうになるところをシェリアに支えられる。
「まだ寝てて。アスカはすごく、大変だったから」
大変だったと言われても、飛鳥にはそこまで大変だった記憶がない。せいぜいキスをしたら腹部に現れ、円環から伸びる棒に触れると色々な記憶や知識が流れ込んできた。
(いや、かなり大変だったな。うん)
飛鳥はシェリアの手を借り再び横になり、視野が下がったことであるものが目に入った。血だ。おそらく血だまりを大雑把に拭き取ったのだろうか、赤い模様が三十センチほど伸びていた。
そして、それに呼応するように鼻の奥に鉄の匂いが広がり、僅かに口の中にも鉄っぽい味がした。
「アスカ、急に血がいっぱい出てきたの」
シェリアが言うには、飛鳥が出てきた棒を握ると数秒経った後、目や耳、そして鼻からとめどめなく血が流れたそうだ。
血はシェリアが法術で止めてくれたそうだが、出てしまった血はどうしようもなく、慌てて飛鳥が持っていたタオルで顔を拭いた。だが床に垂れてしまった血はタオルだけでは足りず、自分が以前胸当てに使っていたボロ布を水道で洗い拭き取ろうとしたが、逆に汚れを広げてしまったらしい。
その後せめて飛鳥だけでもと洗面所に積まれていたタオルを一枚持ってきて、飛鳥の汗を拭いていた。
「看病してくれたのか。ありがとな」
「んっ」
シェリアは御礼を言われ慣れていないのか、照れ臭そうに口角を上げる。
次に飛鳥は少し離れた位置に置かれている二本の棒を見た。
一つは約二メートル弱。太さが約三、四センチほど。これが飛鳥の腹から出てきた棒である。特に目立った箇所はなく、ぱっと見一様な棒で、片方の先端に太陽を模した装飾が施されているだけのいたって普通の黒い棒である。
もう一つは長さが約三十センチほどでの真っ白な棒。飛鳥の腹から出てきた棒と違い、持ち手とは逆にいくにつれ僅かに細くなっている。もちろん、この棒にも目立った装飾は施されてはいない。
「シェリア、その棒って……」
飛鳥の問いに合わせシェリアは棒に目を向ける。
「うん、多分神杖だと、思う。私から出てきたのは、賢者の神杖で間違いない。それで……」
飛鳥はシェリアの言うことがなんとなくわかる。わかってしまったのだ。
「アスカから出てきたのは多分、魔女の神杖だと思う」
(やっぱりか)
飛鳥は魔女の神杖を手に取った時様々な記憶と情報を受け取った。魔女の記憶、魔女の知識、そして魔女が扱う魔術の術式。
その膨大な知識量が一度に流れ込むことで飛鳥の脳が耐えきれず大量出血に至ったのだ。
「なぁ、シェリアもその賢者の神杖を持った時賢者の知識?が見えたりしたのか?」
「ん」
シェリアは首を縦に振る。
「話したよね? 原初の魔法使いは、二人の弟子に、その知識を与えたって」
「あぁ……」
「神杖には歴代の、知識が込められてるの。それを手にすることで、その知識を受け継ぐって聞いてた。でもやっぱり数万年にも及ぶ、魔女や賢者の知識量は、並大抵のものではなかったね」
「す、数万!?数万ってあの数万年?一年を数万回繰り返すあの数万年!?」
突然飛び出してきた途方も無い年数にわけのわからないことを喋る飛鳥はパッと体を起こすが血が足りていないのかすぐにフラッと元の体制に戻る。
シェリアは落ち着けと言わんばかりに両手で静止を求める。
「……ん、原初の魔法使いが穴を塞いだのは、約三万年以上昔の話だったと思うから」
(そんな昔から国というコミュニティが存在しているのか)
飛鳥は率直に思った。シェリアの言い伝えにはすでに原初の魔法使いが滞在していた国が存在している。
飛鳥は世界史に詳しいわけではないので三万年前に、地球でどのようなことが起こっていたのかはわからない。地球に存在する四大文明よりははるかに昔だということぐらいしか分からない。
「まぁそんな莫大な知識を一度に入れたら血も出るわな。脳が焼き切れなかっただけ儲けもんか」
飛鳥は一歩間違えれば死んでいたかもしれない事実に身を縮ませる。だが逆に考えれば数万年にも及ぶその魔術に関する知識や術式でさえ得ることができたのだ。
(こりゃとんだチートアイテムだな……)
そんなことを思いながらあることに気づきシェリアに問いかける。
「そういえばシェリアも同じように賢者の知識が入ったんだよな?よく無事でいられたな。」
「私は元から法術の知識に関しては、それなりに持ってるから……なのかな?」
だが、シェリアは内心では疑問に思っていた。賢者の記憶や知識はこんなものではないと。先程は数万年分の知識と言ったが、本当は穴だらけなような気がしてならなかった。
「お前もわかってないのかよ」
何の気なしに答えたシェリアに飛鳥も体の力が抜ける思いだった。
「そういえば俺、どれくらい寝てた?」
「たぶん、四時間ぐらい」
そう言ってシェリアはテレビの横に置かれていた時計を飛鳥のそばに持ってくる。
その時計は十三時を少し過ぎた頃で時間を確認すると何処からともなく空腹感が湧いてくる。
しかし飛鳥は血を出し過ぎたのか料理をする元気が全く湧かない。
「……ピザ頼むか」
ピザ、と言うか聞かなられない単語を耳にしたシェリアは首を傾げるが、その愛くるしい姿が飛鳥にとって目の保養になっていることを本人は知る由もなかった。
—————
デリバリーに電話をしようにもスマホを取りに行くのでさえ億劫になっていた飛鳥。シェリアに取ってもらおうとしても自分でさえどこに置いたか覚えておらず、彼女はスマホの形状さえ知らないので実際にピザが届き食べ終わる頃にはちょうど二時半になっていた。
飛鳥は未だに気怠さが抜けきらないが頭の中は幾分スッキリしていた。
(俺の生まれ……か)
飛鳥は気を失う直前に見た映像を思い出した。おそらく魔女の見たものを、そのまま記憶として受け継いでいた。そして見た。魔女とともにいた女性が祖父に赤子を預けるところを。
(あれは確かにじいちゃんだった……)
疑う余地もない。飛鳥が憧れ、飛鳥が彼のようになろうとしてなれなかった人物。
魔女の記憶の中に祖父が現れ、赤子を預かった。そして時が経ち、飛鳥の中から魔女の神杖が顕現された。この事実のみで考えるのならば……。
「先代の魔女が俺の親だって考えるのが、普通だよな……」
飛鳥の親である魔女は、赤子の飛鳥に神杖を埋め込み世界を渡った後、育ての親である祖父に預けられた。そう考えるのが妥当だろう。
そして思った。なぜ日本に送られたのか。なぜ魔法なんて存在しない日本に魔女の神杖を残したのか。俺は何のために……。
(知りたい……)
飛鳥は右腕の前腕を目に当てる。
(知りたい!)
飛鳥の胸の内は決まった。関わりたくないと思っていた異世界に、足を踏み入れる覚悟を。
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