第8話 「魔王様、世界樹を攻略する②」

 頼りにしていた双子竜人が抜けたことで、私たちの戦力は激減していた。



(なまじ経験がある分、早々に見切りをつけたといったところか……くそ!)



 引き際は肝心である。

 その判断が早いか遅いかで、リスクも変わってくるのだ。

 だから双子竜人は、優秀な部類に入る冒険者と評価できなくもないが……



(頼りにしすぎていたということか)



 私は、自分の判断ミスに後悔する。

 知り合って間もないのだ。

 それなのに、どうして私はあの竜人たちを信用してしまったのか。

 彼女たちの人となりを、完全に把握してはいなかったというのに。



(私としたことが……っ)



 意識が兄妹エルフに向かっていたために、判断力が低下していたのだろう。

 いまさら後悔しても、もうどうにもならないが……



「ギィーーーーーーー!」


「! しまっ──」



 横手から魔獣が飛び掛かってくる。

 焦慮から反応が遅れた私だったが、その魔獣の影から伸びた黒の手がそいつを拘束・疾駆しざまのダミアンが華麗に切り裂いていた。



「クレア様。自責の念に苛まれるのは後にして頂けませんか? 現状、はないかと」

「……そうだな。すまない」



 私は気持ちを切り替えて、状況を確認する。


 私たちへ襲ってくるのは下級と中級だけであり、上級は余裕ぶっているのか動きを見せてはいない様子。

 別に不思議なことではなく、上級クラスはその場に下位の魔獣がいる場合、下位に狩りを任せ、仕留めたところでおいしいところだけを頂く習性があるからだ。

 屑な習性といいたいところだが……そのおかげで、私たちは辛うじて戦線を維持できていたというわけなのだ。

 もしここで習性を無視して上級が参戦してきたら、ただでさえ劣勢の私たちは、ひとたまりもないだろう。



「あう……っ」

「マリエム!?」

「ちょ、こっちくんな馬鹿っ、お兄ちゃんは戦えないでしょ!」

「でも放っておけないよ!」

「お兄ちゃん……っ」



 負傷したマリエルを庇うようにビトレイが飛び出し、その彼へと襲い掛かる魔獣は、俊敏に動くダミアンによって切り伏せられていた。



「──っう」



 仲間の援護をしつつも魔獣を打ち倒していくダミアンだが、彼とて無傷とはいかず、全身のいたるところに傷を負っており、それでも痛みに顔をしかめながらも歯を食いしばり、必死に動き回る。



(まずいな……)



 私も黙ってみているわけではなく、下級魔法を駆使しながら蒼雷まとう剣で魔獣を屠っていくも、圧倒的に魔獣の数が多く、倒しても倒してもキリがなかった。


 現状、動き回るダミアンの奮戦でもって辛うじて戦線は維持されていたが、逆を返せば、彼が倒れてしまえば、即座にこちらが数の暴力で押しつぶされるだろう。


 四方を完全包囲されながらも一斉に魔獣が襲ってこないのは、アテナが影術を駆使して魔獣の侵攻を食い止めているからであり、しかしこちらも魔力に限りがあるために、使えなくなるのは時間の問題である。



「ふう……キリがないですね。さすがに、疲れてきました」



 普段から無表情の彼女の額に汗が目立ち始めたことからも、限界はそう遠くないだろう。



「ぐう……っ、ちい!!」



 反応が遅れたことで私の背中が攻撃を受けてしまうも、即座に振り返りざまにその魔獣を切り捨てる。

 斬られた背中がジクジクと痛みを伝えてくる……毒はないようだが、痛いものは痛いのである。


 魔獣の死体で足場が悪くなっていく中、劣勢ながらも必死に応戦する私たちだが、全身に傷が増えていき、ダメージと疲労から徐々に動きに繊細さがなくなっていく。




 このままでは、私たちに待っている運命は……”全滅”の二文字だろう。




「やむを得ない……か」



 私の脇腹を浅く裂いた魔獣の頭を切り飛ばした私は、苦渋の決断をする。

 この先何があるかわからないので、できれば温存しておきたかったが……



 ”今”を乗り切らねば”後”がないのだ。



 だから私は、切り札を使うことに決める。

 もっと早くに決断していればここまで追い詰められることはなかっただろうが……弱体化したせいで、私自身、気持ちが弱くなっていたのだろう。

 逆転の切り札を、出来るだけ温存したかったのだ。



 私の心の弱さ……その一言である。



「みんな私のもとに集まれ! これから最上級魔法を使う!」

「「え……っ」」

「クレアナード様っ?」

「アテナ! 集まり次第、影で周囲を覆って守ってくれ!」

「了解しました」



 私のもとに半信半疑ながらも兄妹エルフが駆け寄り、援護でダミアンが手近の魔獣を打ち倒してから。

 全員が指示通りに動いたところで、私の傍らに来ていたアテナの影が大きく広がったかと思うと、私たち全員を余すところなく覆い隠す。


 私たちが守りに入ったことで魔獣たちが一斉に襲い掛かってくるも──


 私は右手を掲げた。きらりと光るは、中指に嵌められている指輪。

 以前、森の魔女から貰った特殊な魔道具である。

 その効果は、時間をかけて周囲の魔力を蓄積し、意思でもって装備者にその魔力を譲渡。


 指輪が蓄えていた魔力が、一気に私の中に流れ込んでくる。


 思わず酔いそうになる感覚に襲われながらも、発動に足る魔力を得た私は、最上位魔法を発動させた。

 と同時に、猛烈な喪失感に襲われた私はふらついてしまうが、アテナが支えてくれる。




『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』




 召喚された巨大な火炎竜が、重々しい咆哮と共に、周囲にいた魔獣を猛火に呑み込んでいく。


 下級と中級魔獣は成す術もなく一瞬で灰と化し。

 上級魔獣は抵抗を示したものの、火炎竜の咢の前に、頭から丸呑みに。


 僅か一瞬でもって、私たちを追い込んでいた魔獣群は全滅していた。




『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』




 存分に暴れ回った火炎竜が勝利の咆哮を上げた後、その身体が爆散。


 部屋中を猛烈な爆風と爆炎が荒れ狂い、影で守られている私たちは直撃こそ受けなかったものの、熱気は伝わり。たった一瞬熱気に襲われただけだというのに、全身に汗をびっしょりとかいていた。


 焼け焦げた匂いと煙が充満する中、火災に見舞われている部屋の崩壊が始まる。

 天井が崩落し始め、延焼する大なり小なりの樹木が雨のように降ってくる。


 影の覆いが解かれた瞬間に、私は叫んでいた。



「全員、走れええええええええええええええええ!」



 この部屋での唯一の出口である通路へと向けて、私たちは必死に駆け出す。

 双子竜人が塞いだ帰り道はもう使えないため、奥へと向かうことになるわけだが、そこしか逃げ場がない以上、いまは全力でその通路へと向かう──




 ※ ※ ※




 地響きが伝わってくる。


 辛うじて崩壊する部屋から逃げ出せた私は、即座に天井に火炎球を炸裂させてその通路を塞いでいたので、部屋の崩落による影響から免れていた。



「クレアナードさん、傷の治療を……」

「いや、私は後でいい。先に妹にしてやるといい。今なら、怒らんよ」

「あ、はい……じゃあ、そうしますね」



 疲れてぐったりしているマリエルへと小走りで駆け、ビトレイは温存していた魔力で治療魔法を施し始める。

 身体の傷が癒えていくことに、彼女はようやく安堵の吐息を漏らしていた。



「おやおや、やせ我慢を為さるとは。本当はかなり痛いと推測できますが」

「……まあな。だが年上として、少しくらいはやせ我慢もするさ」



 私自身も治療魔法は扱えるが、現状、もう魔力を無駄使いするわけにはいかないので、攻撃用にとっておかなければならないのだ。

 だからこそ、この状況ではビトレイの治療魔法は重宝される。

 そしてはっきりと言えば、マリエムのほうが私と比べると軽傷なのだが、だからといって年上の私が先に治療を受けるわけにもいかないだろう。


 ちなみに、この場にはいま、ダミアンの姿はない。

 働き者の彼は、安全確保をするために、自発的に先行偵察していたのだ。

 彼とて決して無傷ではないというのに……



「健気ですね、ダミアンさんは」

「……だな。頭が下がるよ」

「お礼にキスのひとつでもしてあげては?」

「……お前はどうして、物事を下卑た方に考えるのか」

「ダミアンさん側に立って、物事を考えたまでです」

「……私のような年上にされたとて、嬉しくないだろうが。なぜバツゲームを与えなきゃならん」

「本気で仰られておられるので? ……まあ、クレア様がそう思っておられるのでしたら、あえて指摘は致しませんが」

「? 何を言っているんだ?」

「無自覚は罪という言葉を、送らせて頂きましょう」



 アテナが意味深な言葉で会話を締めくくると、妹の治療を終えたようで、ビトレイが今度は私の治療に取り掛かってくれた。

 苛まれていた痛みが消えていく感覚に、私もようやく安堵の吐息を漏らす。

 そんな私の様子を間近で見ていたビトレイが呆けた様に見つめており、近づいてきたマリエムに腕をつねられ、悲鳴を上げて私から飛び離れていた。



「お兄ちゃんったら、ちょっと目を離したらすぐこれなんだから!」

「酷いよマリエム! 僕にはやましい気持ちなんてこれっぽっちも──」

「あー! あー! 聞く耳もちませーん!」

「なんで持ってくれないのさ!?」



 どうやら、騒ぐだけの元気は戻ったようである。

 一方的に兄を悪者にしてからマリエムは、思い出したように、壁によりかかる私に目を向けてきた。



「ってかクレアさん、さっきのあのすごい魔法。あんなのがあるなら、どーしてもっと早く使ってくれなかったのさっ?」



 口調に少し険が帯びていたのは、まあ仕方のないことだろう。

 ビトレイも妹を諫めないところを見ると、彼も気になっているのだろう。



「さっきのは……文字通り、切り札だ」



 溜め息交じりで、右手にしている指輪を見やる。

 蓄積していた魔力を全て私に譲渡した為に、いまその指輪には何の魔力も蓄積されてはいない。

 最上位魔法を発動できるまで蓄積となると、またかなりの時間を要することになるだろう。



「「切り札?」」



 声を揃える兄妹エルフに、私は小さく頷く。



「さっきのは、この指輪の効果だ」



 効果を簡潔に教えてやってから。



「それほど出来がいいモノじゃないみたいだからな、最大値まで蓄積するのに1週間程度はかかるだろうな」

「いっ!? じゃあ、この世界樹じゃもう役に立たないってこと!?」

「ちょ、マリエム。声が大きいよ。興奮しないで」

「だってお兄ちゃん! もうクレアさんの切り札が使えないんじゃ……っ」



 涙目になり声を詰まらせるマリエムに、私は安心させるように微笑する。



「そう悲観することもないさ。もうすぐ本隊が暴走を抑えてくれるはずだ。そうなれば活性化している魔獣も鎮静化することだろう。余裕さえ出れば、世界樹内にいる私たちを含む他のパーティの救援隊も出されるだろうしな。幸い、食料の備蓄もあるんだ。なんとかなるさ」

「じゃ、じゃあ……救援隊が来るまで、ここで籠城するの?」

「んー……どのみち、奥に進むしかないだろうな。見ての通り、道は一方通行だ。仮に救援隊が来るとしても、この塞がった道側からは来れないだろ?」

「あ……そっか」

「救援隊でなくても、上層部にいけば運が良ければ本隊と合流も出来るだろう」

「結局のところ、私たちって進むしか選択肢はないんだね……」



 と、そこへ小走りでダミアンが戻ってきた。



「この先に、ちょうどいい休憩場所がありました!」



 その報せは朗報であり、私たちの重い腰を上げる理由には、十分だった──




 ※ ※ ※




 その場所は、ちょうど通路と通路の角にあった。


 広さは中部屋程であり、何よりも目を惹くのが、部屋の3分の1ほどを埋め尽くすほどの水面。部屋の奥側が緩やかに陥没していたようで、そこに水が溜まっているようだった。

 樹木で形成されている部屋だけあり、少しだけ湿度が高くなっているのは、これのせいだろう。



「……ふむ。床となっている樹木が腐ってはいないな。水を弾いているのか……? しかも水の重みで床が抜け落ちる気配もない……どういう構造なんだ?」

 


 一応警戒しながら確認してみたが、まるでわからない。


 透明度が高く、底も見えているために、水系の魔獣が潜んでいる気配はなかったが……

 まあ、世界樹と呼ばれているだけあり、元々が水に強い樹木なのかもしれないと判断する。


 樹木の材質等をここで究明したところで、何の意味もないからだ。



「問題は、この水だな。ただの水なのかどうか」

「私が確かめましょう」



 アテナはおもむろに水面に立つや、躊躇なくその水を手ですくい、ごくりと喉に流し込む。

 あまりにも無警戒でいて無謀な行為に、兄妹エルフが唖然としていた。

 意外と豪胆なところがあることを知っている私とダミアンは苦笑い。


 口元を袖で拭った彼女が、いつも通りの淡々とした様子で私に顔を向けてきた。



「少しだけ温度が高いですが、ただの水ですね。純水です。恐らくは、雨水が流れ込み、ここに溜まっているだけかと。樹木内を流れたことで、うまい具合に綺麗にろ過されたのでしょう」

「なるほど。案外、こういう場所はいくつもありそうだな」

「確かにありそうですね。それでクレア様、この場所は休憩するにはもってこいだと思うのですが」

「そうだな、助かるよこういう場所があってくれて」



 樹木魔獣は水を嫌う。

 水分で身体が湿るからだ。

 つまり、水のエリアであるこの場は、世界樹内にとっては安全地帯といってもいいのである。



 ──そして。

 安全地帯とわかった以上、やらなければならないことがあった。




 目の前に、綺麗な水がある。




 この事実は、とても重要なことだった。

 命と隣り合わせのダンジョン内とはいえ、まさに死活問題ともいえるだろう。



「……クレアさん」

「……ああ」



 真剣な表情のマリエムと私は、言葉短く意思疎通。

 そして私は、ダミアンとビトレイに言い放っていた。



「悪いが、”男”の君たちはあっちで待機だ」



 指さすは、この部屋の唯一の出入り口となっている通路。



「「え……?」」



 ビトレイとダミアンは、目を丸くするのだった。




 ※ ※ ※




「ふー……生き返るな……」

「だねぇ……全身に水が行き渡るよー……」



 私とマリエムは、水浴びをしていた。


 さすがに全身浸かるほどの深さはなかったので半身浴といった感じだったが、水の温度もちょうど適温だったこともあり、私とマリエムは躊躇なく全裸になるや、意気揚々と汗を流していたのである。


 腰を屈めば半身浴なれど、そのまま横になれば全身が浸かることができるので、私とマリエムは横になって、水浴びを心行くまで堪能していた。



 女にとって汗を流すという行為は、何にも勝るほどに重要事項だったのだ。



 しかも汗を流せる水場が目の前にあるのならば……使わないというのは、ありえないことだった。

 激戦の後ならば、なおさらである。



「美女と美少女の全裸を拝めるとは、眼福ですね」



 足だけを水面に入れているアテナが、まるで親父くさいことを言ってくる。

 その彼女の影は通路側へと伸びており、塞ぐ形で影の壁が出来ていた。

 その向こう側に男共──ビトレイとダミアンがいるので、私たちの裸体が見られる心配はないのである。



「アテナさんは、水浴びしなくてもいいの?」

「私は精霊ですので。一度精神世界に戻り、再びこちらに来れば、元通りになるのです」

「へぇ~便利なんだねぇ……って、あ! 言われてみれば、さっきまで服がボロボロだったのに、いつの間にか服が綺麗になってる!」

「はい。ですので、私は足だけで十分なのです」

「ふ~ん……どうせなら、アテナさんの裸も見てみたいんだけどなー」

「ふふふ……私の裸体を拝めるのは、世界広しといえどクレア様だけですよ」

「え……っ?」

「おいおい……それはいったい、どういう状況なんだ?」

「おやおや、私の口から言わせたいとは。さすがはクレア様。ドがつくほどのSですね」

「……無意味に私を貶めないでほしいな? マリエムが軽く引いているぞ」

「っ!? い、いあ、オトナの世界に首を突っ込むのはあれかな~って思って」

「……断言するが、私にそっちの趣味はないからな」

「おやおや、それは残念ですね。クレア様のその色気に満ちた口に、つま先をねじ込みたかったのですが」

「お前は……いったいどんなプレイをする気なんだ。怖くなってくるぞ」



 等々、水浴びを素直(?)に楽しむ私たち。

 ひとしきり堪能した後、道具袋から出したタオルで水を拭き、着替えていると。



「マリエム。前からちょっと気になっていたことがあるんだが」

「ん? なになに?」

「いま背負った弓は、どうして使わないんだ?」

「……あー……これね」



 マリエルの表情が、少しだけ曇る。



「いや、別に言いたくないなら無理に言わなくていいが」

「あ、違う違う! そーいうんじゃなくって。その、アテナさん? 影の壁で、こっちの声はお兄ちゃんには聞こえないよね?」

「はい。万全の防音です」

「そっか……なら、いいかな。お兄ちゃんには内緒にしてほしいんだけどね……」



 ほんのりと頬が赤くなった彼女は、意外なことにあっさりと告白してきた。

 私たちが面白半分で茶化したり、秘密をバラすような奴じゃないと、信用してくれているのだろう。


 マリエムは、地元でも有名な射手だったらしい。

 しかし彼女が前衛職に転じたのは、とある事件が原因とのこと。



「私とお兄ちゃんは、いつも通り、普通の動物を狩りに森に入ったんだけど……」



 そこで運悪く魔獣と遭遇してしまったようで、射手と治療師という後衛だけのパーティでは戦線を維持など出来るわけもなく、それでもどうにか魔獣を倒したものの、ビトレイが負傷してしまったらしく。



「その時、私は決意したんだ。後衛の射手じゃお兄ちゃんを守れない。だから……前衛に変えたの」



 強い決意を込めた瞳で語るマリエムなれど、聞いていた私とアテナは、なんとも言えない暖かな気持ちを抱かされてしまう。



「マリエムは……お兄ちゃんっ子なんだな」

「え……っ」

「ツンデレ妹属性とは、なかなかやりますね」

「ち、違うから……!!」



 先程までとは違い、頬を真っ赤に染め上げたマリエムが、必死に弁明をするのだった。




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※



 

「あの影の壁の向こうに、クレアナードさんの裸が……」



 恋い焦がれるように呟くビトレイをダミアンがじーっと半眼で見ると、彼はハッとしたように大きくかぶりを振った。



「ち、違うよ? 違うからね? 僕は決してやましい気持ちがあるわけじゃないからね?」

「……別に、そこまで必死に否定しなくてもいいですよ。その……俺も、気になりますから」

「あ……やっぱり、ダミアン君もクレアナードさんを? とても綺麗な人だもんね」

「でも……クレアナード様は、俺のことは子供扱いなんですよね……もしくは、弟みたいに思ってる感じなんです……」

「それは……辛いね」

「……ですね」



 報われない想い。

 どんなに頑張っても、気づいてもらえない想い。

 もしくは……気づいていても相手にされていないのか。



「俺は……まだ子供ですから。クレアナード様に相応しい男には……遠いんでしょうね」

「ダミアン君……君たちと同行してまだそんなに経ってないけど、君はクレアナードさんにとてもよく尽くしていると、はた目から見てもすごく思うよ。だから、もっと自信をもっていいと思うんだ」

「自信……ですか?」

「僕も思わずクレアナードさんに恋をしちゃいそうになるけど、でも僕よりも君のほうが、ずっとクレアナードさんとの時間は多いんだよね。たぶんだけど、いまあの人と長い時間を過ごす”男”は、君だけなんじゃないかな?」

「……確かに、そうですけど」

「だったら、君にもチャンスはあると思うんだ。このままひた向きに尽くしていれば、もしかしたら君のことを”男の子”じゃなく”男”と見てくれるかもしれない。君には、他の男にはないチャンスがいっぱいあるんだ。だから、もっと自信をもってクレアナードさんにアタックし続ければいいと、僕は思う」

「ビトレイさん……」



 感極まるようにダミアンが声を震わせ、当の青年エルフは小さく苦笑い。



「本当は、応援したくないんだけどね。僕だって男なんだ。綺麗な女性は放っておけないよ。けどさ、年季でいえば君のほうがずっと上なんだし、それに僕には君と違って何のチャンスもないからね。だったらここは泣く泣く諦めて、同じ男として君の成功を祈らせてほしいんだ」

「ビトレイさん……」

「ダミアン君。相手は言うまでもなく強敵だよ。あらゆる手段を駆使しても勝てるかわからない。それでも君は……諦める気はないんだよね?」

「……諦められるなら、とっくの昔に諦めてます。でも諦められなかったからこそ……いまに至ります」

「そっか。僕も女心に詳しくないから的確なアドバイスは言えないけど……君には頑張ってほしい」

「……ありがとうございます、ビトレイさん……」



 男だけで会話を出来る場所ということもあり、彼らは男の友情を深めるふたりだった。


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