第7話 「魔王様、世界樹を攻略する①」

「せやあああああああああ!」

「油断するなマリエム! まだそいつは死んでいないぞ!」

「え──きゃう……っ」



 マリエルの剣戟によって胴体を切り裂かれたレッサー・トレントはまだ生きており、攻撃直後とあってすぐに動けなかった彼女は、甘んじて攻撃を受けてしまう。

 盾で辛うじて直撃は避けたものの、バランスを崩して尻もちをつく。



「ギギィーーーーー!」


「はあッ!」



 マリエムに追撃を加えようとする魔獣を、私が踏み込みざまに一刀両断。

 今度こそ確実に息の根を止められた樹木魔獣が、どうと倒れ込む。



「あ、ありがと……クレアさん……っ」

「マリエム! そのケガはすぐに僕が治すよ──」

「ビトレイ! その程度のケガでいちいち治療魔法を使うんじゃない! ダンジョン内で魔力の無駄使いは、生死に関わってくるぞ!」

「は、はい……っ」



 私に怒鳴られた青年エルフがしゅんとなり、その妹は兄が叱責されたことに面白くなさそうにしながらも、私が正論を言っていることは理解しているようで、沈黙を守っていた。



「やれやれ、またクレア様の悪いクセが出ましたね。指導となると、すぐSッ気が出るのですから困ったものです」

「で、でも、クレアナード様は、ふたりのことを想って心を鬼にしているだけなんですし……」



 アテナが溜め息を吐く一方では、ある意味では私の理解者であるダミアンが私を擁護してくる。

 そんな声を耳にしつつも私は、未熟な兄妹エルフへと少しだけ厳しめの視線を向けた。



「ビトレイ、君は妹に甘すぎる。大事なのはわかるが、過保護すぎるのも度が過ぎれば害となるだろう。そしてマリエム、君は前衛職なのだから、もっと慎重にならねばならない。敵の攻撃を受ける前衛が倒されれば、後衛にいる者に害が及ぶんだ。君ひとりの命たけじゃないことを、胸に刻んでくれ」



 説教モードに入ってしまった私たちがいる場所は、樹木で形成されている大きな広場。

 床はもちろんのこと、壁や天井までもが、すべて樹木だった。

 光が差し込まない内部ダンジョンにも拘わらず視界がはっきりしているのは、壁や天井自体が淡い光を放っているからである。


 作戦が決行されたことで、いま私たちは世界樹の内部を攻略中なのである。


 その場にいるのは、もちろん私たちだけではなく。

 いくつものパーティが近くで魔獣相手に交戦状態。

 しかし人数においてはなので、瞬く間に魔獣の数が減っていく。


 やがて魔獣が全滅すると、この部隊の指揮官である白エルフが、配下らしい数人と地図を見比べて話し合っていた。



「ここは……やはり、あの右の坑道を進むべきか?」

「以前までなら上層に繋がっているはずですが……現状、確証はないかと」

「というか、この広場にはいま我等が来た道と、先に進むだけの道しかなかったはずです」

「なぜ道があんなにも増えているのか……軽く十は超えていますな」



 世界樹の暴走によって内部構造が大きく変わっているようで、もはや事前に作成されていた地図が役に立っていない様子だった。



「と、とにかく! 我等の目的は世界樹の攻略じゃなく、あくまでも陽動なのだ。だったら、必ずしも上層に向かう必要はない」



 判断したのか、指揮官が全員を見回してきた。



「これより我等は、いくつかの分隊に分かれ行動することにする。各々方、パーティを組んでいるのならば、固まってくれ。どのパーティがどこへ行くか、勝手ながらもこちらで決めさせてもらう」



 言われた通り、戦闘ということもあって分散していた者たちが、パーティの面々と固まっていく。

 そして指揮官がテキパキと各自に指示していき、私たちは、双子の女竜人のパーティと行動を共にすることになった。

 人族のパーティもいたわけだが、人族と魔族の険悪な関係性を考慮してくれたのだろう。

 それ以外の判断材料としては……まあ、適当といったところか。

 なので、双子の竜人族と行動することになったのは、ただの偶然なのだろう。



「ヨ! こうして共にするのも何かの縁さね。ヨロシク頼むぜ?」



 双子の竜人が、私たちに挨拶してきた。


 こうして関わることになったので、一応説明しておくと。

 頭の側頭部から角が生え、爬虫類のような尻尾が生えているのが、竜人族の特徴である。

 あとの部分は、他の人間と何ら変わらない容姿であり、それこそ個人差というやつだ。



「アタシはライカ。こっちが妹のレイカだ」

「……よろしくお願いします」

「妹はちょっと暗いけどさ、ただの人見知りなんだ! だから気にしないでくれ!」



 うつむき加減の妹の肩をバシバシ叩く姉。

 痛そうに抗議の目を向ける妹ながらも、姉は何ら気にした様子がなく。

 このやり取りだけで、彼女たちの関係性がよくわかるというものだった。




 ※ ※ ※




 私たちの方も簡単な自己紹介を終えた後(もちろん私が元魔王であることは伏せているが)、指揮官に指示された坑道を進んでいた。


 どうやら姉の竜人は話好きらしく、聞いてもいないのに身の上話をしてくる。



「それなりに裕福な家だったんだけどさー、ひょんなことから没落しちゃってな。だからアタシら姉妹はさ、家族を養うために冒険者となったってわけなんよ」

「へー。でもさ、どうしてあなたたちが稼ぐの? ご両親は?」



 すっかり双子の姉妹と打ち解けていたマリエムが問うと、妹の方がさらに表情を暗くする一方で、姉の方は豪快に笑い飛ばしていた。



「父さんは腰を痛めて療養中なんよ。母さんのほうは、まあ、別に男を作って出ていったって感じかなー?」

「え……っ」

「育ち盛りの弟が3人いるからさ、稼いだ金はほとんど実家に仕送りしてるってわけさ」

「そ、そうだったんだ……無神経に聞いて、なんか、ごめん……」

「あーいやいや! 気にしないでや。アタシ自身、もう割り切ってるからさ」



 申し訳なさそうにするマリエムと、ひょいっと肩をすくめるライカ。



(竜人族っていうのは、近寄りがたい、もっと硬いイメージだったんだけどな)



 私は内心で驚きを隠せなかった。


 そして彼女の説明によると、冒険者になったのは最近らしく、だからこそまだランクが低く、本隊のサウス村部隊とは、違う村に向かわされたということだった。



(竜人族の戦闘力は、総じて高いと聞く。この姉妹は、どうなんだろうな)



 私の疑問は、すぐに解決することになる。


 ここは魔獣が蠢くダンジョン内なのだから、その実力を試す機会など、いくらでもあるのだから。



「フンッ!」



 裂帛の声と共に、手甲を装備するライカの拳が魔獣の腹を殴りつけ、そのまま間断なく左右の拳による連続攻撃が決まり、力押しでもって魔獣を粉砕し。



「……セイっ」



 無気力な感じながらもレイカの動きは素早く、翻弄された魔獣の死角に回り込むや、両手に構える小刀で滅多切りに切り刻んでいた。


 ライカとレイカは互いの死角を補うように連携しており、まるで隙がなく、そのふたりへと襲い掛かる魔獣は、まるで死にに行っているかのような錯覚すら、覚えてしまうほどだった。


 ライカが「アタシらの実力見せてやるよ!」といって妹と、通路の前方に立ちふさがる全ての魔獣を引き受けてしまったために、他の者たちは完全に観戦者となっていた。



「すごい……」

「ライカさんとレイカさんって、とんでもなく強いね……っ」



 双子竜人の戦闘力を前に、圧倒されるエルフの兄妹。

 アテナは相変わらず無反応だったが、ダミアンもが驚きで目を見開いていた。

 かくいう私も、素直に驚きを禁じれない。



「強いな。それでまだEランクとか、反則すぎる」

「おやおや。クレア様とて、同じようなものではありませんか」

「……いや。悔しいが、いまの私よりもあの双子の竜人のほうが強い」

「まあそうでしょうね。クレア様では、あのふたりには勝てないでしょう」

「……はっきり言ってくれる」

「おや? 誤魔化して慰めてほしかったので?」

「……どこでもブレないなぁ、お前は」

「お褒めの言葉ありがとうございます」

「褒めてないから」



 などとアテナと言っていると、魔獣を殲滅させた双子の竜人が悠然とこちらに歩いてきた。



「どうだったい? アタシらの実力はさ」

「驚いたな。さすがは、竜人族といったところか」

「ハハ! 褒められると嬉しいねぇ! クレア、アンタも強そうだし、アンタと一度、戦ってみたいかも」

「……勘弁してくれ」

「ライカ様。クレア様はこう見えてもご高齢なのです。無茶振りは程ほどでお願いします」

「アテナ、お前という奴は……」



 チャンスがあればすぐ私を貶めてくる精霊を睨み付けるも、当の彼女は無表情で小首をかしげるのみ。

 アテナのデタラメを鵜呑みにしたのか、ライカが驚きの目を私に向けてきた。



「まじかいっ? クレア、アンタいま何歳なんよ?」

「……秘密だ」

「何をもったいぶっているのですか、クレア様。花も恥じらう乙女でもあるまいし」

「お前はいちいち一言が多いぞ」

「素直さがモットーですので」

「アッハハハ! 面白い関係性ね、アンタらってば! アタシもアテナちゃんがほしくなってきたわ!」

「……やらんぞ」



 楽しそうに笑うもののライカの眼差しは獲物を狙う狩人のようでいて、嘆息交じりで私が顔をしかめる一方では、ビトレイが小声でマリエムに。



「年齢聞くのってセクハラなんだよね? ライカさんを怒らなくていいの?」

「女同士ならいいんだよ。お兄ちゃんだったから、セクハラなの」

「えー? なんかすっごく不公平だなぁ」

「世の中は不公平で出来てるからいいんだよ。それよりお兄ちゃん! あのふたりライカとレイカに見惚れてたでしょ? すぐ鼻を伸ばすんだから! みっともない!」

「いててっ、待ってマリエムっ、腕をつねらないで!? 見惚れてたんじゃなくて、感心して──っう!? そこ本気で痛いから! 僕の話を聞いてよ……っ」

「聞く耳持ちませーん」

「なんで!? お願いだから話を聞いてって……っ」



 さらに別の一角では、レイカとダミアンが。



「……騒がしいんですね。ピクニック気分なんですか?」

「え、えーっと。いまはその、人数が多いですから」

「……まあ、私の方もひとのことは言えませんね。姉がなので、いつも煩いですよ」

「た、大変ですねー……」



 魔獣が蠢くダンジョン内において、なんとも場違いなほどに、賑やかなひと時だった。




 ※ ※ ※




 襲い掛かってくる魔獣を撃退しながら、どれほど進んだだろうか。


 そろそろ中級魔獣が姿を見せ始めたのでこの辺りが中層らしいことはわかるものの、他の隊と連絡もとれない状況なので各隊の進捗状況がわからなかったが、それでも私たちは上層部へと向かっていた。


 魔獣の数を減らせば減らすだけ本隊の負担が減るからであり、そもそも私たちの任務は陽動なので、とにかく魔獣を倒しまくるのが目的だったからである。


 未熟な兄妹エルフ足手まといがいながらも順調に攻略が進んでいたのは、やはり脅威の戦闘力を誇る双子竜人がいたからだろう。

 とはいえ、私の指導と実戦経験を積み始めてきたことで、兄妹エルフも着実に実力を付けてはいた。



(まあ、エルフ兄妹と竜人姉妹を比べるのは、さすがに酷だろうけどな)



 まだまだ元気がある双子竜人とは違い、兄妹エルフには少しづつ疲れの色が見え隠れしてきている。

 経験値の差だろう。

 常に全力ではなく、適度に力を抜いて望んだ結果を得る双子竜人とは違い、兄妹エルフは常に全力だったのだから、疲労度で言えばやはり兄妹エルフの方が大きいのである。

 それでも泣き言ひとつ言わないで懸命に歯を食いしばるマリエムを、同じく疲れているであろうに、ビトレイが兄として支えてやっていた。


 いまは小休憩中ということもあって、それぞれが通路の壁に背を預けており、それぞれが思い思いのことをしている。

 通路の前後には今のところ魔獣の姿はないが、油断は出来ないだろう。

 元々が通路の先にいた魔獣もいるが、稀に壁や天井から生み出されてくる魔獣もいるからだ。

 まあ、事前にその部分の色が変色するので、気を付けてさえいれば奇襲を受けることはないが。



「なあ、クレア。こんなこと言いたかないけどさ」



 私に近づいてきたライカが話しかけてきた。一応気を遣っているようで、小声である。



「あのふたり、ここまで連れてきてよかったわけ? この依頼の難易度さ、しながらでもやれるほど、甘かないと思うんだけどね」

「……まあ、な」



 答える私の声は苦い。



「頑張る若者を見ると、どうしても肩入れしたくなってしまうんだ」

「気持ちはわかるけどさぁ、時と場所を選んだほうがいいと思うけどねぇ」

「……まあ、私たちは陽動部隊なんだ。本隊と違って、そこまで危険度はないさ。それにいざとなれば、私があの兄妹を守るつもりだ。ここまで連れてきた責任は、果たすつもりだ」

「あっまいねぇ……甘々じゃん。ま、そーいうのは、嫌いじゃないけどさ」



 肩をすくめてみせてから、ライカは体育座りしている妹のもとへと。

 彼女が離れたことで、私の隣に座っていたアテナが言ってくる。



「珍しいですね。クレア様が正論で責められるなど」

「……まあ、私に落ち度があるのは確かだからな」



 冒険者は、ダンジョンにおいては全てが自己責任なのだ。

 だから、ダンジョンに潜る判断をしたあの兄妹エルフを守る義務なんて、当然ながら私にはない。

 自分の実力に合わない難易度に挑戦する方が、悪いのである。



「だが今回は、冒険者が報酬目的でダンジョンに挑むってわけじゃないからな」

「世界樹の暴走を一刻も早く止めたいという、純粋な心でしたね」

「ああ……だからこそ、よけいに肩入れしたくなってしまう」

「やれやれ。クレア様は、本当に若人には甘いですね。私にも甘く接してほしいものです」

「お前は若人って年齢じゃないだろうが」

「私は永遠の17歳です」

「どこから17という数字が出てきたのか」

「なんとなくです」

「お前ってやつは……」



 嘆息すると、斥候に出していたダミアンが戻ってきた。



「クレアナード様。このまま少し進んで曲がった先が上がり坂となっており、その先に、大きな広間がありました」

「大きな広間か……厄介だな」

「厄介って? どういうことなの?」



 私の呟きに、近寄ってきたマリエムが不思議そうに小首を傾げる。



「いまの私たちは少人数だ。下層でのあの広間では他のパーティもいたから有利に運べたが、少人数で大広間での戦闘は、数の利で魔獣が有利ということだ」

「そ、そっか……じゃあ、どうするの? 引き返す?」

「んー……」



 思案する私は、経験豊富であろうライカへと意見を求めることにした。



「お前はどう判断する?」

「そうさねぇ……ちらほら中級が見えてきてるけどさ、まだ中層なんだし主力は下級じゃない? だったら、アタシやクレアがいれば、数の差なんてそんなにイミないんじゃないの?」



 弱体化しているいまの私を自分ライカと同列視してほしくはないところだったが、彼女が言っていることは的外れとも言えないだろう。



「ダミアン、その広間に魔獣は?」

「一匹もいませんでした」

「一匹も……? ただの広間ということか……?」

「だったら何の問題もないじゃんね。サクサク先に進もうや」

「……姉さん、勝手な先行は危険じゃ」

「気にしない気にしなーい」



 さっさと歩き出したライカの後を、小走りでレイカがついていく。



「如何しますか? クレア様」

「魔獣がいないなら、警戒するだけ無駄だろう。私たちも行こうか」

「ですけどクレアナード様。いまはいなくても、新たに壁や天井から生まれてくる可能性もあります」

「確かにな。まあだが、気を付けて見ていれば、奇襲を受けることはないんだ。だったら対処はできるさ」



 ……後から考えてみれば、この時の私の判断は安直だったのだろう。

 戦闘力が高い双子竜人もいたことで、私自身に隙が生まれていたのである。

 しかしこの時の私は、そんなこと気づく由もなく……




 ──結果。私たちは、追い詰められていた。




 私たちが、何もいない大広間の中央まで差し掛かったところだった。

 突然に、魔獣が生み出されたのである。

 こちらの予測を超える程の数が。

 奇襲こそ回避したものの、完全に私たちは無数の魔獣によって包囲され、逃げ場がなくなってしまう。


 しかも最悪なことに……


 多くの下級魔獣に交じって中級魔獣の姿もちらほらあるのだが、さらにちらほらと、黒を基調とした魔獣の姿が見受けられたのだ。

 上級魔獣の証である。

 ハイ・トレントの体格は下位魔獣よりも一回りも二回りも大きく、獰猛な奇声を発していた。



「ちょ!? まじかい……上級魔獣がこんなにたくさんとか……っ」



 ライカの声に、いつにない緊張感が漲る。

 レイカも同様であり、静かに息を呑んでいた。

 経験豊富な双子竜人がこんな反応なのだから、経験が浅い兄妹エルフは顔面蒼白である。



 たちまち混戦状態となるその場。



 戦況は、明らかに私たちが圧倒的に不利であり。

 上級魔獣がいることで、完全にその場の流れは魔獣側に傾いていた。



「マリエムはビトレイから離れるな! アテナはふたりの援護を! ダミアンは敵をかき乱してくれ! ライカたちは──」



 襲い来る魔獣の群れを迎え撃ちながら指示を出すものの。



「こりゃ、ダメだな!」



 一匹の魔獣を殴り倒したライカが、レイカに視線を飛ばす。

 姉の意を察したレイカが頷いており、ライカたちは行動に移っていた。

 魔獣を倒しながら姉妹が進む方向は、いま私たちが来た通路。



「みんな悪いな! アタシらは家族のために死ぬわけにゃいかないんだわ! ってことで、アンタらを餌にして逃げさせてもらうから!」


「「え……!!?」」



 同時に驚愕の声をあげる兄妹エルフ。



「生きてたら今度何か奢るから勘弁な!」



 姉妹が通路に到達したと同時に、ライカが頭上の天井へと拳を叩き込む。

 その衝撃で天井が崩れ、崩落した樹木の破片によって通路が塞がれていた。



「まじか……っ」



 突然の裏切りに、私は絶句するしかなかった。




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※




 来た道を全力疾走する双子竜人。

 彼女たちが、背後を振り返ることはない。

 道は塞いだとはいえ、”餌”がなくなったら、あの程度の障害など簡単に払いのけ、追いかけてくることが想像に難くないからである。


 とはいえ……



「……姉さん、見捨ててよかったの?」

「まあ、気のいい奴らだったけどさ だからってあの場で心中するような仲じゃないでしょ」

「……そうだけど」



 前方の変色した壁から生まれてきた魔獣に手甲を叩き込んで沈黙させつつ、走りを継続するライカは迷いなくきっぱりと言い放つ。



「アタシらには養わないといけない家族がいるんだ。下手な情けでアタシらは勝手に死ねない。レイカ、わかるよね?」

「……わかってる」

「それにまあ? クレアにはなんか奥の手がありそうっぽかったし、案外、大丈夫かもね?」



 だったら逃げなければよかったのでは? というツッコミは、意味を成さない。

 経験豊富なだけに、わかるのだ。あの場に残るのはリスクが高いということを。

 


「……奥の手がなかったら?」

「魔獣の腹の中ってだけだろーね」



 立ちふさがる魔獣に突進の勢いが乗った正拳付きを叩き込み、その身体を粉砕してから、ライカは意外そうに妹へと顔を向けた。



「ってかさ、やけにクレアたちを気にするわね? 人見知りのアンタがさ」

「……悪いひとたちじゃなかったから」

「それは同感だけどね」



 でも仕方がないのだ。あの状況では、ああするしか自分たちが確実に生き延びる手段はなかったのだから。今までもそうやって、生き延びてきたのだから。

 死んでは意味がなく。

 無様でもなんでも、生き延びなければならないのだ。



「ったくなー。うまい報酬だと思ったけどさ、これって敵前逃亡したら報酬はどうなるんだろね?」

「……後払い。作戦が成功して、生き残ってた者には活躍に応じて払われるはず」

「活躍?」

「……魔獣をどれだけ倒したか」

「証拠を持ち帰れってことかい。ったく、そんな暇あるわけないじゃんか」



 あれだけの数の魔獣に追い付かれたら、さすがに生き残れる自信はない。

 ”餌”がどれだけ粘るかにもよるが、時間の問題だろうとライカは判断していた。



「……作戦が成功さえすれば、最低限の報酬は支払われるはず」

「なる。んじゃま、下手な欲を出さず、本隊が作戦を成功させることを祈って待ってよーや」



 陽動作戦に早々に見切りをつけた双子竜人は、さっさと逃げていくのだった。


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