第9話 「魔王様、世界樹を攻略する③」
ダミアンとビトレイが汗を流すのを待って後(女たちだけで水浴びをするほど鬼畜ではなく)。
その水の部屋にて、そのまま休憩を取ることにしていた。
アテナが手早く料理を完成させ、いまは食事中である。
「はあ~……おいし……っ」
頬を赤らめ、うっとりした様子でマリエムが吐息を漏らす。
「こんな場所でこんなにもおいしい料理を食べられるなんてね……世界樹に入る前にも思ったけどさ、これを毎日食べられるクレアさんが、本当に羨ましいよ」
「僕も同感です。今まで生きてきて、こんなにおいしい料理は初めてです」
「ふふふ。お二人とも、もっと私を褒めたたえてください。そうすればクレア様の私に対する評価がもっと高くなり、厚遇してくださることでしょう。我が儘も言いたい放題です」
「……その発言で、私のお前への評価は駄々下がりだぞ?」
私がジト目になるも、当のアテナはトボけてるのか小首を傾げるのみ。
(こいつ……最近、こういう態度を取るんだよなぁ)
どうやらアテナは、この小首を傾げるという動作がお気に入りになってしまったようである。
何を言っているのか意味がわからない、という意味を動作のみで伝える上に、相手を小馬鹿にする意味も含まれるために、しばらくの間は(アテナが飽きるまでは)この動作を見ることになるだろう。
とまあ、いつも通りのやり取りをしつつ、食事を終える。
働き者のダミアンはすぐに先行偵察に出ており。
空腹が満たされると次第に沸き起こってくるのは怒りだったようで、頬を上気させたマリエムが地面をバンっと叩いた。
「それにしてもさ! ほんっと信じられないよね! ライカとレイカのやつ! 普通、あの場面で仲間を見捨てる!? ありえないでしょ!!」
すっかり呼び捨てとなっている彼女は、本当に怒り心頭の様子。
食後の紅茶に舌つづみを打ちながら、私は小さく肩をすくめる。
「優秀な冒険者は、引き際を誤らないからな。ある意味、あの場でのあの判断は英断ともいえる」
「そんなことって……優秀な冒険者は、最後まで諦めないんじゃないの?」
「死んでしまっては元も子もないからな」
「そうだけど……」
マリエムは納得いかない顔であり、妹と同感なのか、ビトレイも同じような表情で私を見てくる。
「……クレアナードさんの言っていることはわかりますけど、でもやっぱり、僕も
「ま、私だって許したわけじゃないさ。ただ、あの行動は理解できるってだけだ」
「クレアナードさんは……心が広いんですね」
「ビトレイさん、それは違います。クレア様にはM気質があるのです。ですから虐められると、逆に喜んでしまうのです」
「「え……っ」」
「……はあ。アテナよ、お前ってやつは……」
驚愕の眼差しを向けてくる兄妹エルフの視線を受けつつ、私は嘆息だった。
※ ※ ※
上層部ともなってくると下位魔獣の姿は一切なくなり、上級魔獣しか姿を見せなくなっていた。
とはいっても、さすがに下位魔獣のような多勢ではなく少数である。
進化の速度には個人差があるようで、上位になるほどにその総数は少なる傾向にあるためだ。
「マリエム! 無理に攻撃しようとするな! 防御に徹しろ! ビトレイは前に出過ぎるな!」
指示を飛ばしつつ疾走した私は、ハイ・トレントが繰り出した拳を剣で受け流しざまに踏み込み、その胴体を薙ぎ裂いた。
しかしその一撃だけでは仕留めきれなかったようで、反撃とばかりに叩き込まれてきた拳を舌打ちしながら半身を引いて躱し、即座に跳ね上げた蒼の切っ先でもって今度こそトドメを刺す。
さすがに上級魔獣ともなってくると、弱体化している私ではもう簡単に倒すことはできなかった。
いまの上級魔獣にしても、事前にダミアンがダメージを与えていたおかげで動きが鈍くなっていたために、私でも倒すことができていたというわけだ。
以前、オーク・ロードを倒した際も、私ひとりだったならば倒せてはいないだろう。みんなの協力があったからこそ、どうにか倒せたという話なのだ。
(本当に、自分が嫌になってくる……だが、泣き言も言っていられないか)
いまの戦闘力でどうにかするしかないのだ。
……いや、しなければならないのだ。
私はもう最強魔王ではなく、そこらへんにいるただの冒険者のひとりに過ぎないのだから……
「──くうっ、おっも……っっ」
黒魔獣の攻撃を盾で受け止めたマリエムが顔をしかめる。
衝撃を殺しきれなかったようで僅かに態勢が崩れてしまうが、すかさずフォローに入っていたアテナが影術を発動しており、その黒魔獣が影によって拘束された。
「せいやあああああああ!」
すぐに反撃に転じたマリエムが剣を一閃。
顔面を裂かれたハイ・トレントが痛みか怒りかで咆哮を轟かせ。
音もなく死角に回り込んでいたダミアンが、確実に息の根を止めていた。
(このパーティでのメインアタッカーはダミアンだな)
戦闘による疲労で肩で息を吐く私は、称賛と共に彼をそう評価する。
呼吸が荒くなっている私とは違い、ダミアンは私以上に動いているにも関わらず、息を乱してはいないのだ。
これを見る限りでも、私とダミアンの差は歴然だろう。
(悔しいと思ってしまうあたり……私も、精進が足りないということか)
かつては圧倒していた相手が、いまでは自分よりも強いという事実。
頭では仕方ないとわかっていても、感情がそれを認めたくないのだ。
ダミアンの活躍は素晴らしく、彼がいるおかげで戦闘が格段に楽になっているのだが……どうしても、私の無駄な矜持が刺激されてしまう。
また一体、ダミアンが上級魔獣を仕留める。
兄弟エルフからは素直な称賛の声と眼差し。
私は……軽く嫉妬の感情を抱いたことに、自己嫌悪。
「おやおや。クレア様ともあろう御方が」
「……私の心を勝手に読むんじゃない」
「おや? 私はまだ何も言っていないのですがね? 何かお心当たりでも?」
「…………」
「やれやれ。純粋な戦闘力だけが”強さ”ではないでしょうに。確かにダミアンさんのほうが戦闘力は高いですが、クレア様にはその差を埋めるだけの”経験”があるでしょう。そこまでご自分を卑下なさることはないと思いますが? クレア様の欠点は、考えすぎる所ですね」
「…………意外だな。お前が貶めることなく、励ましてくるとは」
「私は鬼畜ではないのです」
「……少しだけ、お前を見直したぞ」
「では、厚遇をお願いできますか? 早速ですが、負んぶを要求致します」
「すぐ調子に乗るのが、お前の悪い所だな」
「刹那の欲求に素直なだけです」
「お前みたく素直に生きられたら……人生楽しそうだな」
「お褒めの言葉──」
「褒めてない」
とそこへ、最後の上級魔獣の片腕を切り飛ばしたダミアンが駆け寄ってきた。
兄弟エルフがそのまま最後の生き残りと交戦中となるが、すでにダミアンがダメージを与えていたこともあって優勢のようなので、そのまま兄妹に任せるつもりなのだろう。
「クレアナード様、
「……ああ。お前の活躍のおかげでな」
「それはよかったです」
決して悪気はないのだろう。
むしろ、私を心配してくれているからこその態度なのだろう。
私は、自分が大人げなかったと反省する。
「ダミアン。お前が傍にいてくれて、本当に良かったと思ってるぞ」
「え……っ」
私に頭を撫でられたことで、少年が驚きに目を見開いた。
そしてすぐに、その頬が紅潮する。
「あ、在り難きお言葉です。クレアナード様……」
「ああ、そういえば、すっかり言い忘れていた。今の私はもう魔王じゃないんだから、私に”様”付けなんて必要ないんだぞ?」
「いえいえ、とんでもないです! 俺にとっては、いつまでもクレアナード様はクレアナード様なんです。魔王だろうが違うのだろうが、そのことに変わりはないんです!」
「そ、そうか……まあ、お前の好きなように呼んでくれ」
何やら興奮気味の彼に私は少し気圧されながらもそう答えると、やれやれとばかりに、溜め息交じりにアテナが私を非難してきた。
「そうやって隙あらばすぐにショタを懐柔しようとする。性欲魔人ですか、クレア様は」
「……アテナ。お前はもう少し、素直な視点で物事を見たほうがいいな?」
ショタ扱いされたダミアンが目を丸くしており、私はジト目でアテナや見やる。
当の彼女は……お気に入りの小首を傾げるという動作で、応じるのだった。
※ ※ ※
上層部を進んでいくと、通路の先に人影が見え始めてきた。
武装している白エルフの男がふたり。
警戒していた彼らは私たちを視認すると、ほっとしたように息を吐く。
顔見知りではなかったが、目的を同じにする仲間が合流したことで、安堵したのだろう。
「よかった、無事だったようですね、魔族の冒険者さん」
「ん? あ、ああ。どうにかな」
片方の白エルフが気さくに話しかけてくるものの、当然ながら私に面識はなく。
この反応から、向こうは私のことを知っている様子だが……
少し戸惑う私へと、アテナが小声で耳打ちしてきた。
「クレア様は、良くも悪くも目立ちますからね。悪目立ちといい換えましょう」
「……わざわざいい換えなくていい」
そして私たちは、室内へと通される。
そこは、いくつもの通路と連結している大広間だった。
各入口には警戒を飛ばしている者たちの姿があり、それ以外の者たちはパーティごとに固まっている様子。
携帯食をかじっている者、負傷の手当てをしている者、仲間と談笑する者など、思い思いのことをしているようだった。
いつ魔獣が生まれ出てくるかわからない状況ながらも、これといって緊張感がないのは、やはり人数が一気に増えたゆえの余裕なのだろう。
(確かに、これだけの人数がいれば上級魔獣も目じゃないだろうがな)
とはいえ……私は、室内にいる者たちを見回した。
(少なくなったな)
マリエムも同じことを思ったらしく。
「下層のあの広間までは、あんなにたくさんいたのにね」
いまこの場にいる者たちの総数は、ひと目でわかるほどに激減していた。
「だな。半数は減ったな。もしくは、まだこの場に到達できていないか」
「途中で逃げ帰った者も少なからずいるでしょうね。竜人族のあの双子のように」
「あー……思い出したらまたハラ立ってきたわ! あいつらなんて、途中で魔獣に食べられちゃえばいいんだよ!」
「こらこら、マリエム。滅多なこと言うもんじゃないよ」
「でもお兄ちゃん……っ」
憤慨する妹を兄が苦笑いで諫める光景を横目に、室内を見回していた私は目的の人物を発見した。
名前は忘れたが、この陽動部隊の指揮官である。
どうやら彼も無事にここまでたどり着けていたようで、いまは携帯通信機を片手に、数人の白エルフと何やら話し込んでいる様子。
「今後の方針でも話し合っているんだろうか?」
「どうなんでしょう。ここからでは、さすがに聞き取れませんね」
「じゃあ、俺がちらっと偵察してきましょうか?」
「いや……その必要はなさそうだ」
話がついたようで、指揮官がその場にいる全員に聞こえるように、大声を上げてきた。
「皆、聞いてくれ! 今しがた本隊と連絡をとった結果、我々の陽動の甲斐もあり、もう間もなく”核”の間に到達するらしい。これにより、世界樹の暴走は鎮静化されることだろう」
おお……、と白エルフたちから歓声が上がる。
他の種族の冒険者たちも、ようやく終わるか……、といった感じで安堵を示していた。
指揮官は様々な反応を示すその場にいる連中をゆっくりと見回してから、まるで言葉を選ぶような感じでゆっくりと述べてくる。
「内部構造は大きく変わったが、世界樹の高さ自体が変わったわけじゃない。いま我々がいるこの辺りからでも、最深部たる”核”の間は近いと思われる。この場に残って暴走が鎮静化されるまで待つもよし、このまま進み本隊と合流するもよし、各々方の判断に委ねようと思う」
ここまで来た以上、もう陽動の必要はないということなのだろう。
「我々はこのまま進み、本隊と合流するつもりだが、それを皆に強制するつもりはない」
指揮官やその直下部隊以外の白エルフたちは進むつもりのようだったが、他の種族の冒険者たちは考え込んでいる様子だった。
先へ進めば本隊と合流できてさらに安全性を高められるかもしれないが、それまでの道中には少なからずリスクがあるだろう。このままここで待っていてもこの作戦が成功するのは目に見えているのだから、これ以上よけいなリスクを背負う必要もないといえば、ないのである。
「クレア様、我々は如何いたします?」
アテナが聞いてきたことで、他のメンツの視線が私に集まる。
「せっかくここまで来たんだ。その”核”の間とやらを一度は拝んでおくのも悪くないと思うが……みんなはどう思う?」
「私はクレア様のご判断に従うだけです」
「俺も従います」
「そうか。ビトレイ、マリエム。君たちはどうする? 無理に私たちに付き合う必要はないぞ?」
「んー……私としては、この場に残るよりもクレアさんたちと一緒のほうが安全かなって思うけど……」
「僕もマリエムと同感です。それにやっぱり、ここまで来た以上、白エルフ族のひとりとして、最後まで見届けたいって想いがあります」
「そうか。では、一緒に最後まで見届けに行こう」
こうして私たちは、白エルフの集団と共に最深部へと向かうことに。
白エルフ以外の種族の者たちは、結局その場に残るという選択肢を選んでいた。
覚悟の違い……といったところなのだろう。
純粋に世界樹の暴走を食い止めたいと願う白エルフたちとは違い、彼らにとっては報酬目当ての、いくつもある依頼の内のひとつに過ぎないのである。
とはいえ。
同行する戦力が増えたことにより、私たちは比較的安全に進むことができていた。
数の利が逆転したことで上級魔獣ももはや脅威ではなくなり、私たちは順調に最深部へと向かう。
「すごい……さっきまで、あんなに苦労してたってのに……」
「だね……僕たちのあの苦労はいったい? って感じだよね」
上級魔獣を”部隊”によって駆逐する様を目の当たりにする兄妹エルフが、複雑そうな心境で言ってくる。
「まあ、これだけ人数がいるんだ。苦戦するほうが問題があるだろう」
私は肩をすくめて見せた。
白エルフたちが率先して動くので、私たちは完全に手持無沙汰となっていたのである。
襲い来る上級魔獣を数の利で撃退しながら進むことしばし──
やがて私たちの前に、大広間が見えてくる。
この場にて激戦が繰り広げられたようで多数の上級魔獣の死骸が転がっており、その際の戦闘で戦死したのだろう人間たちの遺体が整然と並べられ、布がかけられていた。
「ロードクラスが三体もいたのか……っ」
惨状を見回していた指揮官が、息を呑む。
彼だけではなく、周囲にいた者たちも同様で、愕然とした面持ちであった。
赤道色の巨体を誇る樹木魔獣が三体、ボロボロの状態で転がっていたのである。
さすがに悠長に部位回収をする余裕も暇もなかったようで、それら死骸には価値のある部位がそのまま残されていた。
私としては、別に驚くような光景ではなかった。
「
とはいえ、少なからず被害が出てしまったようではあるが。
まあ、ロードクラスが三体もいれば、仕方がないと言えば仕方がないだろう。
「え……ドラギアって……まさか白エルフ王のことっ? え? ちょっ、クレアさん? どーいうこと? 白エルフ王と知り合いなの?」
「ん? あー……まあな。ちょっとした知り合いだ」
「うっそ……」
「クレアナードさん、貴女は何者なんですか……」
驚きの眼差しを向けてくる兄妹エルフに、元魔王ということを隠している私は、誤魔化す様に言う。
「まあ、長生きしていればいろいろあるからな」
「こう見えてクレア様はご高齢ですからね」
「そこまで言うほどの年齢じゃないがな」
「またまた」
「なぜ否定をするのか。意味が分からないな」
アテナとのいつものやり取りでその場を濁した私は、仲間たちを連れてロードの死骸の横を通り抜ける。
が、その刹那だった。
『──ッギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』
死んだと思われていたそのロードが、突然動きを見せたのだ。
「なに──」
反応できなかった私にロードの攻撃が直撃しており、私の意識は強制的にブラックアウトする──
………
……
…
「……ん……」
目が覚めると、どうやら私はアテナに膝枕をされていたらしく、気づいたアテナが私を覗き込んできた。
「お目覚めですか?」
「……ああ。状況はどうなったんだ?」
「ご自分の目で確認してください」
「……そうしよう」
上体を起こした私の視界に、現状が映り込んでくる。
どうやら私に奇襲をした死にぞこないのロードは完全に討伐されているようだったが、白エルフ部隊の半分程が横たわり、その身体に布がかけられていた。
生き残っていた者たちもそれぞれ大なり小なりの傷を負っているようで、手当てをしている様子。
「あの指揮官の姿が見えないんだが……」
「戦死なされました」
「……そうか」
さすがはロードクラスといったところなのだろう。
死にぞこないだったとはいえ、脅威だったようである。
「ちょっとクレアさん! いきなり戦闘不能にならないでよね!」
マリエムの非難の声にそちらに向けば。
彼女の近くではダミアンが壁に寄りかかっており、彼をビトレイが治療している最中だった。
「ダミアン? 大丈夫かっ?」
私が駆け寄ると、彼は憔悴した様子ながらも頷いてきた。
「少し無理をしましたが、なんとか無事です」
「クレア様。ダミアンさんの奮闘で、あのロードを倒せたといっても過言ではありません」
「そうだったのか……」
「誰とは言いませんが、あっさりと戦闘不能になられた御方と違い、ダミアンさんはその無様な方を守るために、まさに獅子奮迅とした活躍を成されたのです」
「……耳が痛いな」
「これは罰として、クレア様には裸踊りをして頂かないと」
「罰が重すぎる」
私とアテナのやりとりに、憔悴しながらもダミアンが苦笑していたのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「やれやれ。ようやく”核”の間に到着できたのう」
「はい。ですけど、予想以上にこちらの戦力が消耗してしまいましたね」
ドラギアは幼女だというのに腰をトントン叩き、お付きのレイは少なくなった部隊を見やる。
さすがは最深部というだけあり、その場所はかなりの空間が広がっていた。
その中心には樹木で覆われた祭壇らしきものが鎮座しており、中央に据えられている台座には、ぽっかりと穴が開いていた。
恐らくというか間違いなく、その場所に”核”が収められていたのだろう。
「……ふむ。こやつらは、世界樹の養分として吸収されたのかの?」
ドラギアが見る先には
状況的に、全滅した調査団の面々だろう。
遺体を吸収する。これでは精霊というよりも、まるで……
一瞬だけ脳裏を過った言葉を、ドラギアはかぶりを振ることで否定する。
否定しなければならなかったからだ。
断じて、認めるわけにはいかないのだ。
「よし。早速”核”を台座に戻すのだ!」
部隊の指揮官である壮年の白エルフ──リースが、部下たちに指示を飛ばす。
ひとりが道具袋から取り出したのは、光輝くオーブ。
そのオーブこそが、世界樹の”核”である。
両腕を拘束されている黒エルフがピクンと反応を示した。
自分が命がけで盗み出した物なので、思わず反応してしまったのだろう。
檻に入れられていないのは、ダンジョン内を移動するために、いちいち檻が乗せられた台車を引っ張れないからである。
そのため、自分の足で歩け、と言う事なのだ。
(ああ……全てが元通りになってしまう……)
拘束されている黒エルフの女は、絶望に満ちた目で、”核”を恭しく持って台座へと向かう白エルフを見ていた。
(そして私はもうすぐ処刑される。主様のご期待に応えることなく、私は……)
と、そんな時だった。
ふいに、拘束が解かれたのである。
全員の視線が、ようやく待望が果たされるということで台座に注目されているために、誰一人として気づく者はいない。
「失態はその命を持って償え」
黒エルフに囁くように、いつの間にか背後にいた白エルフの男が告げてくる。
「あの”仮説”が正しければ、
「……っ」
知らされていなかった内通者からの言葉に、黒エルフの顔が色を失う。
しかし逡巡したのは一瞬であり、すぐに決意に込めた瞳へと。
「──全ては、あのお方の大望の為に。どうか、私の
「約束しよう。だから安心して──
その瞬間、黒エルフが疾駆する。
この予想外の事態に、周囲の者たちは反応が遅れてしまう。
それでも反応できた者たちも何人かいたようで、足を止めるべく黒エルフへと弓矢を浴びせているものの、身体の各所に矢が突き刺さるが黒エルフは絶叫しながらも止まらない。
彼女が一直線に向かうのは白エルフ──その彼が恭しく両手に持つ”核”だった。
肉迫した黒エルフがくわっと口を開くや、”核”を噛み千切る。
硬い材質ではなかったようで、オーブの一部が黒エルフに喰われていた──
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