第3話 「魔王様、密偵と再会する」

 ザシュッ!



 鋭い銀状が宙に螺旋を描き、切り裂かれた樹木魔獣がどうと倒れ込む。

 私が抜刀するまでもなく、最後の一匹を倒した密偵少年──ダミアンは、大きく深呼吸。

 淡々とアテナが魔獣から価値のある部位を採取する中、私はダミアンへと歩き寄る。



「街でも感じたが、以前に比べて動きが格段によくなっているな」

「俺も日々精進していますから」

「そうか」



 街で再会した後、ダミアンは私に同行していた。

 しばらくは、私の近況を観察するらしい。


 ちなみに、なぜエルフ族国にいる私の居場所がわかったかといえば。

 ダミアン曰く、すでにアテナに発信機を渡していたとのこと。

 アテナに、なぜ私に報告しなかったと追及すると……



「聞かれませんでしたので」



 と、いつぞやの返答を思い起こさせる言葉が返ってくるだけだった。


 ダミアンが活躍してくれたおかげでクエストの討伐対象である魔獣を殲滅したことで、私は手持無沙汰となってしまい、ふとした思いつきで提案することにした。



「どうだ? ダミアン。久しぶりに、私と手合わせしてみないか?」

「え……っ、いいんですか?」

「私は別に構わない。お前がどれほど成長したのか確かめるには、直接手合わせしたほうが早いからな」

「……クレアナード様がそう仰られるのでしたら、喜んで」



 やや含みがある声音だったのは、私が弱体化していることを憂慮したのだろう。



「手加減はいらない。お前の本気を見せてくれ」

「……はい。では──いきます!」



 私が抜刀したのに合わせて、ダミアンが遠慮なく飛び掛かってきた。



(速い……っ)



 以前よりも素早くなっていることに驚きつつも、私も行動していた。

 牽制の意味合いで地面を氷で覆い、その氷の手前で跳躍した彼へと、今度は火炎球を解き放つ。

 しかしダミアンは、巧みな身のこなしで足場がない空中にも拘わらず火炎球を回避しており、逆にその火炎球へとクナイを投擲して爆発したその爆風を利用して、私めがけて急降下してきた。

 そのまま繰り出される新たなクナイを、真っ向から蒼の刃で受け止める。



「やるな!」

「まだいきます!」



 そのまま私とダミアンは、肉迫戦を展開。

 蒼剣とクナイが何度もぶつかり合い、火花を飛び散らせ。

 体術も織り交ぜながら、私とダミアンは一進一退の攻防を繰り広げる。


 一閃した蒼雷の軌跡が回避したダミアンの服の裾を焼き切り。

 至近距離から投擲されたクナイを返す刃の蒼で弾き落とし。


 軽業師顔負けの軽快な動きでもって私の死角に回り込んだダミアンが回し蹴り。

 回避が遅れた私の腰に炸裂し、態勢を崩してしまったところへ、一瞬の間断もない追撃が。



「ちいっ!」



 切っ先にまとう蒼雷を解放・宙に解き放れた雷が万雷となり、ダミアンへとカウンターとなる。

 さらに私は崩れた態勢のままで地面に手をつき、そこを支点として地面を凍らせていた。


 足場が悪く、さらには周囲から襲い掛かる万雷を前に、ダミアンには成す術がない──と思われたが。



「──ハッ!」



 鋭く息を吐いた彼は、地面の氷にクナイを投擲するのと同時に、飛来する雷を体捌きで見切りながら、そのクナイを踏み台に私へとひと息に肉迫。



「なっ──」



 崩れた態勢から立ち直れていない私は、強引に剣を横薙ぎりにするも。

 あろうことかダミアンは、その振り切られる刃の腹を叩いた反動で空中でくるりと身を捻り。

 回転力と自重が合わさっている踵落としを叩き込んできた。



「ぐう……っ」



 回避も防御も間に合わなかった私の左肩に直撃。

 さらにダミアンは空中で旋回しており、私の腹に蹴りを炸裂させる。


 とはいえ、私も一方的にやられてばかりではない。

 

 腹に炸裂していた彼の足を掴んでおり、そのまま勢いよく振り上げ、地面に叩きつけようとする。

 まだ少年ということもあり、ダミアンの体重は軽いのである。

 しかし──



「まだです!」



 叫んだダミアンが魔法を発動させた。

 私の背後の地面から勢いよく地柱が飛び出しており、回避できなかった私の背中に直撃。



「がは……っ」



 その衝撃で私は手を離してしまい、さらには大きくバランスを崩してしまう。

 開放されたダミアンはその地柱を利用して態勢を直しており、私へと飛び掛かってくる。


 私は──反応が出来なかった。



「え……っ?」



 ダミアンから、思わずといった様子の困惑の声。

 まさか私が反応できないとは思ってもいなかったのだろう。


 そのまま私は、ダミアンによって地面に押し倒されていた。



「っう……」



 背中から地面に激突した衝撃で息が詰まるものの……何やら胸から違和感が伝わってきた。



「あ……っ」



 ダミアンも気づいた様で、焦慮の声を漏らす。

 不慮の事故が発生していたのである。


 彼の片手が、私の左胸を思いっきり掴んでいた。



「あ、あわわ……!? も、申し訳ありません!!」



 慌てて謝りながらも、一回だけもみっとした後、私から飛び離れるダミアン。

 ……まあ、男の子とはいえ、彼も──”男”なのだろう。



「…………」



 私は揉まれた感触が残る左胸を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。

 ダミアンは気まずそうにもじもじしており。

 そこへ、部位を回収し終えたアテナが悠然と歩いてきた。



「お疲れ様でした、クレア様、ダミアンさん」



 いつもの如くポーカーフェイスの彼女は、くるりとした動作で、頬を赤くするダミアンを見やる。



「ダミアンさん。なぜクレア様から離れたのです? 『いまの俺は貴女よりも強いんです。抵抗しても無駄ですよ』と力づくで組み敷いて、欲望の限りを尽くしたとしても誰も咎めませんよ?」

「な……っ!?」



 絶句するダミアン。

 私はどう反応したらいいのかと、黙って彼を見ていると。



「く、クレアナード様!? そんな目で俺を見ないでください! いまのは事故なんですから! 俺にはやましい気持ちなんてないですから!!」



 私は普通に見ていただけなんだが……後ろめたい気持ちでいっぱいの彼にとっては、私の視線は糾弾するように映ってしまったのだろう。



(……まあ、一回とはいえ胸をに揉んだのは事実だしな)



 ここでそのことをいちいち指摘したりはしない。

 さすがに、慌てふためく彼が可哀想になったからだ。

 だから私は、彼からアテナへと視線を向ける。



「というかアテナ。誰も咎めないと言ったが、この場にいるくせにお前は咎めないんだな?」

「はい。クレア様がどのように乱れるのか興味がありますので。傍で観察させて頂きます」

「鬼畜の所業だな」

「お褒めの言葉……」

「褒めてない」



 いつものやりとりを交わすと私とアテナを前に頬を赤くするダミアンは、後ろ手にしていた左手を、まるで感触を思い出すかのようにもみもみしていたのだった。




 ※ ※ ※




 ダミアンとの模擬戦が終わり、とりあえず落ち着いてから、私は切り出した。



「しかし、強くなったな、ダミアン。驚いたぞ」



 私の掛け値なしの称賛を受けたダミアンは、嬉しそうにしながらも、しかしその表情を曇らせる。



「申し上げにくいんですけど……俺が強くなったというよりは、クレアナード様が、その……」

「──弱くなった、か」

「は、はい……」

「……まあ、そうだろうな」



 かつては圧倒してたダミアンにこうして負けた以上、痛感させられる。

 最強魔王クレアナードは……もういないのだ。

 いまここにいるクレアナードは、ただの抜け殻に過ぎない、と。



「クレアナード様の呪いが解けなかったのは、本当に残念に思います」

「まあそもそもが、私の弱体化は呪いじゃなかったみたいだけどな」

「となると、やっぱり勇者と同化していた精霊が関係あるんでしょうか?」

「んー……こればっかりは、なんとも言えんな」

「でも、だからこそエルフ族国に来たんですよね? さすがですね、先見の明があります」

「ん……? どういう意味だ?」

「え、いや、だって、エルフ族国は精霊信仰国ですし。だからてっきり、そうなんだと……」

「あーいや。ただの偶然だ。近かったからな」

「そ、そうなんですか……」

 


 私に考えがあっての行動だと思い込んでいたようで、彼はなんとも微妙な表情になる。

 変な沈黙が落ちてしまったので、私は視線をアテナへと向けた。

 いま彼女は、馬車近くに併設した簡易キッチンにて、昼食を作っている真っ最中だった。

 見ていて気持ちいいくらい手際がよく、様々な食材が鮮やかに調理されていく。


 食欲をそそられる匂いに、空腹中枢が暴動を起こしそうである。



(下手な高級レストランよりも味は確かだから、まあ仕方ないけどな)



 食材と調味料があれば、アテナの腕にかかればどんな料理もが超一流へと変貌するのだ。

 しかも、野外でその料理が楽しめるのだから、ちょっとしたBBQ気分である。



「……いい匂いですね。なんか俺、お腹が空いてきました」

「だな。おーい、アテナ。まだ出来ないのか?」

「いましばらくお待ちを」

「もう待てないんだが」

「いい大人が何を言っているのですか。貴女は子供ですか」



 料理しながらのアテナにたしなめられる私を見て、ダミアンがクスっと笑う。



「あ、ごめんなさい。でもなんか……安心しました」

「ん? どういう意味だ?」

「城から追い出されて放浪の旅をすることになって……心身ともに疲弊しているのかと思っていたので」

「……まあ、ここだけの話。アテナがいなかったら、そうなっていたかもな」



 図に乗るので、決してアテナには言わない本音を小声で告白する。



「なんだかんだで、あいつが居てくれたおかげで、いまの私はそれなりに満たされてはいるよ」

「そうなんですか。ちょっとアテナさんに嫉妬しちゃいますが、クレアナード様が不自由に感じられていないのでしたら、俺としても安心します」



 そう述べてから、割と真剣な表情になったダミアンは私を見つめてきた。



「ラーミア様とマイアス様は、いつでもクレアナード様を歓迎すると仰られています。戻られる気はないのですか?」

「気持ちは在り難いが……前にも言ったと思うが、ブレアに付け入る隙を与えかねんからな」

「俺としては……弱体化したといっても、クレアナード様に再び魔王として君臨してほしいんですが」

「おいおい、それだと、実力主義社会の魔族の根本理念が覆ってしまうぞ」

「純粋な戦闘力だけが、実力ではないと俺は思います」

「それを言ったら、証拠はないが私を失脚させたブレアも評価されてしまうぞ?」

「それは……」



 結局のところ、私はブレアに負けたのだ。

 いまさら言い訳をするつもりもない。

 それにそもそもが、私は別に魔王という肩書きにこだわってはいない。



(全ては、ラーミアを守るためにがむしゃらに生きてきただけだったからな)



 私の庇護を必要としていた妹は、もう私の庇護を必要とはしていない。

 私の代わりに、ダンナ義弟が守ってくれるだろう。

 ゆえに、私が魔王であり続ける理由などは、そもそもなかったのである。



「まあ逆に、肩の荷が下りて正々している……と言ったら、お前は怒るか?」

「……それがクレアナード様のご意思でしたら、俺にはとやかく言う権利はありませんが……」

「だが、不満はありそうな口調だな?」

「……俺の我が儘です。貴女には、やはりトップでいてほしい。誰よりも輝いていてほしいんです」

「そうか……お前から見たら、は輝いていないか」

「! あ、いえ、そういう意味じゃ……」



 慌てて弁明する彼を前に、私はひとつ息を吐く。



「こうして野に下ったからこそ言えるが……確かに失ったものは大きいが、代わりに”自由”を手に入れたんだ。だからいまの私は、何の制約もなく、やりたいことが何の遠慮もなく出来るんだ」



 魔王としてだったならば、やはり国の損益が年頭に置かれるために、行動が制限されてしまう。

 しかしただの魔族としてならば、自己責任の範疇で、何でもできるのだ。




 権力があるが自由のない魔王と、権力はないが自由がある一般魔族、どちらがいいかという話である。




 確かに魔王を解任された直後は恨み辛みを抱いたものだったが、時間が経ち、同行者アテナを得たことで考えも代わり、いまではこの生活を満喫していたのだ。



「そうですか……ですが。たまにでいいので、ラーミア様とマイアス様にお会いになって下さい。顔を見せるだけでも、お二人とも安心すると思うので」

「そうだな……顔見せ程度ならば、そんなに問題視はされないか」



 目に入れても痛くない妹とその義弟に、会いたくないわけではないのだ。

 しかも可愛い甥までいるのだから、会いたくない理由などあるはずがない。

 


「折を見て、ほとぼりが冷めたくらいに、会いにいくのも悪くないな」

「きっとお喜びになられると思います。俺からの報告だけでは、やはり寂しそうにしておられたので」

「そうか……。お前にも、苦労をかけるな」

「いえ。これが俺の仕事ですし……それに、前よりも今のほうがクレアナード様と接せられるので、悪いことばかりじゃないです」

「そ、そうか……」



 若さゆえに無自覚なのか、けっこうグイグイくるダミアンに私は気圧されつつも返事をすると。



「お待たせいたしました」



 一流レストラン顔前けの、おいしそうな料理が簡易テーブルに所狭しと並べられていた。

 ダミアンが「おお……」と感嘆の声を漏らし。

 私も同様の感想を抱いており、シェフアテナへと素直に称賛の眼差しを向ける。



「さすがだな。お前がいてくれてよかったよ」

「おやおや。褒めても……おいしい料理しか出せませんよ?」

「十分だ」



 無表情ながらも嬉しそうにするアテナに、私も微笑するのだった。




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※




「こちらが依頼の成功報酬、そしてこちらが部位の換金代金となります」

「そうか」



 場所は冒険者ギルド。


 受付嬢から支払われた金銭を受け取ったのは、エルフ以上の美貌を持った魔族の女だった。

 傍らにはこちらもエルフ顔負けの精霊が無表情で欠伸をしており、女魔族の後ろに控えるような位置では、忍び装束に身を包む少年魔族が静かに佇んでいた。



(相変わらず、惚れ惚れしちゃうわねー)



 種族は違うが同性の目から見ても、掛け値なしにこの女魔族は眉目秀麗だった。

 室内で依頼を探す冒険者たちもが、ちらちらと彼女を見ているほどである。

 ギルド内での喧騒は禁止されているのでこの場でのナンパ等は行われないが、外に出たらきっとしつこい声掛けがなされていることだろう。


 そこで受付嬢は思い出し、金銭を道具袋に入れる彼女へと、Dランクカードを差し出した。



「今回の依頼成功をもって規定数を満たしましたので、Dランクへの昇格が決まりました。おめでとうございます、クレアナードさん」

「お? ようやく昇格できたのか」

「いやいや『ようやく』じゃないですよ」



 思わず口調が素に戻ってしまう受付嬢は、こほんと咳払い。



「驚くべき速さですから。たった一週間で昇格なんて、ありえないですよ」

「そうなのか?」

「普通のEランク冒険者だったら、一日に討伐できる魔獣の数には限界があります。リスク等も考慮して、せいぜい2~3匹です。でもクレアナードさんは、その十倍なんですから。すごいですよ」

「なるべく早く昇格したかったからな。少し無理をした甲斐があったか」



 女魔族がそう言うと、無表情の精霊が胸を張ってきた。



「私の華麗なる活躍の賜物ですね」

「お前は何もしていないじゃないか」

「おやおや。せっせと部位回収させておいて、酷い言いぐさですね。あれはけっこう面倒くさい作業なんですよ? しかも腰に負担を強います。思い出したら、なんだか急に腰が痛くなってきました。クレア様、また負んぶを要求します」

「勘弁してくれ。そうしたら私も腰が痛くなるだろうが」



 仲がいいのか悪いのか。

 そんなやり取りをするふたりを前に、少年魔族が苦笑いで見守っていた。


 氷のような美貌ながらも、意外と賑やかにギルドを後にするその背中を見送っていると、同僚が受付嬢に話しかけてきた。



「新規登録から一週間でDに昇格って……早いわね」

「だねー。新記録じゃない?」

「まあでも、別に不思議なことないんじゃないの? 元々がもっと上のランク相当の実力だったってことなんだろうし」

「そんなところだろうね」



 こういう無駄な手間を省く意味合いもあり、別の国でのギルド冒険者カードのランクと、同等のランクカードを発行するのである。

 今回の場合は、彼女クレアナードがギルドカードを持っていなかったので、仕方ないのだ。



「とはいえ、すっかり噂の種になってるよね、あの魔族のひと」



 受付嬢は、肩をすくめる。


 確固たる実力がある上に、エルフ族国では珍しい魔族であり、しかも精霊まで連れており、そしてあの背筋がゾクっとするような美貌なのだ。

 噂にならないわけがない。

 声をかける男も多いようだったが、対応はにべもなく、それがまた噂に拍車をかけていた。



(私だったら、ほいほい着いて行っちゃうけどね)



 結婚適齢期を越えているために、男日照りなのである。

 エルフは長寿ということから外見こそ若いものの、年齢は比例しないのだ。



「でもさ、けっこうメンドい仕様だよね。飛び級がないってのは」

「だよねー」



 同僚の感想に受付嬢も同意する。


 ランクの飛び級というシステムはないので、面倒ながらも地道に1つずつ上げていくしかないのだ。

 命をかける仕事の以上、安全性も考慮されるので、手順は必要なのである。

 だが女魔族のこの速さならば、次のランクに昇格するのもまた早いことだろう。



「ねえ、賭けない? あのひとが次にいつ頃昇格するかさ?」

「あんたねぇ……」



 不謹慎にも同僚から持ち掛けられた賭けに、受付嬢は溜め息ひとつだった。


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