第35話 アリーナの涙
ひげもじゃオジサンの破壊力は凄まじかった。
学校内に漂っていたしゃちほこばった空気を一掃し、学校中のそこらで学生たちが妙な魔法を乱発して遊ぶという、よくは分からないが魔法学校といえば魔法学校な感じになってしまった。
ここまでやってしまうと、どこからでも文句がきそうだが、このひげもじゃオジサンは「北の賢者」とかいうなんか偉い人らしく、誰もが苦笑してみているしかないようだった。
もっとも、以前の無駄に偉そうな空気がなんか好きな学生はこの限りではなかったようで、文句をいいたくても根性が足りないのでひげもじゃオジサンにはいえず、一応は副学長という立場になってしまった私にきた。
それも、言葉ではなく暴力で……。
「なんだよ、凄んできたくせにこの程度かよ。馬鹿野郎!!」
なんか頑張って私を縛ってみたりして、十人ほどでボコボコにしてやろうと企んだようだが、私の結界の前に文字通り手も足も出ないでいた。
「おら、どうした!!」
殴る蹴るが無駄だと分かったか、卓上コンロに鍋を載せ、油を加熱しはじめた。
「あ、新しいな……何する気だ、ボケナス!!」
結界に触ると痛いと分かったか、一人が頭の上から出ている私を縛っている縄を摘まんでぶら下げた。
「ああ、そういう使い方しやがるか……」
油が加熱されている鍋の上に私を持ってきて、縄を摘まんだまま油につけた。
カラッと揚がりそうな音が聞こえ、私は微妙な気分になった。
「私の結界はカラッと揚がると……覚えておこう。滅多にないからな」
しばらくして縄を引っ張って、ソイツが私を上げた。
「……熱も遮断するんだよね。ただ、面白いだけだぞ?」
すると、今度は小麦粉、溶き卵、パン粉の順に付けられ、そのまま鍋に投入された。
「……だから、熱を遮断するって、衣を付けてどうなる問題じゃないと思うけど。面白いな、コイツら」
しばらくして、こんがりカラッと衣だけ揚がった頃合いになって、凄まじい殴打音が聞こえた。
「ああ、サーシャが揚がってる!?」
アリーナの声が聞こえ、素早く持ち上げられた。
「……手加減したけど、もう容赦しないぞ」
私を放り投げたようで、ドサッという衝撃となんか生理的に嫌な音が続いた。
「……あーあ、ブチキレちまったぜ!!」
しばらくしてバリバリと衣が剥がされた。
素手で触ると痛いので、私は結界を解除した。
「ああ、良かった。さすがに、今度ばかりはヤバいと思ったぞ!!」
アリーナがため息を吐いた……拍子に手が滑り、私を油が満たされた鍋に落とした。
「ぎゃあああ!?」
「あわわ!?」
アリーナが鍋を蹴倒し、私は何とか救助された。
「……い、医務室」
最後に呟き、私の意識は暗転した。
猫の魂は九つある。
すなわち、なかなか死なない根性の持ち主である故、大怪我で済んでしまうとことが我ながら怖い。
しかし、アリーナの落ち込み方はなかなかのものだった。
「お、おい、なんかいえ!!」
少し様子をみようということで、ちょっとした病院も裸足で逃げ出す立派な医務室の病室に留められていたが、私を膝に乗せて椅子に座って窓の外を見ているアリーナはなにも言わなかった。
「……なんかいえ、困るだろ!!」
しかし、アリーナはため息を一つ吐いただけだった。
「……マジで困ったな。別にアリーナが悪いわけじゃないだろうに」
「……最後に落としたの私だよ。それでもいえる?」
アリーナは私の背に手を乗せた。
「別にわざとじゃないだろ。治ったようなもんだし、問題ねぇだろ!!」
「なんでここにいるか分かるだろ。危なかったんだよ。だから、様子見になったの。大いに問題あるよ」
アリーナは私の背に手を置いたまま、そっと泣き始めた。
「う、うわ、待て。それは、本気で困るからやめろ!?」
いうまでもなく、私に対してこんな奴はいないので、対処方法に大いに困った。
アリーナは泣きながら私の背を撫で、私はどうしていいか分からず大混乱になっていた。
しばらくそうしたあと、アリーナはため息を吐いた。
「今は洗いにいく気力もないよ。しばらく、放っておいて……」
「……いや、この状況で洗っちゃまずいと思うけど、静かにしていよう」
アリーナは私の背を撫でながら、一度引っ込んでいた涙をまた見せた。
結局、アリーナが何とか立ち直るのに、その日一晩掛かったのだった。
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