第7話 魔法事故

 馬車は夜になっても、ひたすら走っていた。

「どうせ門限には間に合わないぜ。さすがに、日帰りはキツいな!!」

 アリーナが笑った。

「当たり前だ、日帰りしようとする方がおかしい!!」

 寮には門限の時間が設定されている。

 これを過ぎてしまうと、少なくとも怒られるのだ。

 管理人のオバチャンの気分次第で、様々な制裁措置が加えられるので、何が何でも門限破りは避けるべき行為だった。

「うん、だからさらに加速するぜ。この馬車の真の力を見せてやろう!!」

「馬鹿野郎、ただでさえ危ねぇんだから、これ以上なんかするな!!」

 アリーナが馬車の窓を叩くと、吹っ飛びそうなほどの勢いで急加速した。

「……この速度からこの加速。猫もビックリだぜ」

 もはや、馬車という乗り物の限界速度に挑戦しているとしか思えなかったが、キーンという甲高い音を微かに響かせながら、夜の街道を爆進していた。

「……おい、なんだこの妙な音。ホントに馬が引いてるんだよな?」

「うん、馬は馬だな!!」

 アリーナが笑った。

 爆走する馬車は、街道筋の村にある店を駆け抜ける風で根こそぎ破壊しながら、とにかくひたすら学校を目指した。

「な、なんて、近所迷惑な……」

「うるせぇ、あんなところに店なんか作る方が悪い!!」

 アリーナが私を抱きかかえた。

「門限ギリギリだぜ。もっと飛ばさねぇと間に合わねぇ!!」

「……絶対この馬、なんかやってるだろ」

 ひたすら加速を続けた馬車は、もの凄い勢いで学校の正門前でピタリと止まった。

「……止まったぞ」

「だから、目的地にはぴったり止まるんだって。ほれ、急ぐぞ!!」

 私を抱きかかえたアリーナは、寮に向かってダッシュした。

「……お前も速いな」

「おう、ちと本気だ!!」

 寮に駆け込んだ私たちの前に、管理人のオバチャンがニヤリと笑みを浮かべて立ちはだかった。

「……どうも、間に合わなかったっぽいぜ」

「……うん、惜しかったな」

 ……結局、私たちはごってり怒られた上に反省文を書かされた。


 なんだか疲れた終末を終え、また新しい週が始まった。

 午前中の授業が終わり、昼休みになったタイミングで、私は自習のために魔法薬研究室にいた。

 要するに薬なのだが、これも魔法の一つだった。

「ったく、休み時間まで勉強すんな。ほれ」

 魔法で器具を弄っている私の口に、アリーナがちゅ~るを注入した。

「……なにも、注入しなくていいぞ。自分で食うよ?」

「だって、暇なんだもん。なんだってまた、魔法薬なんて地味なものを……」

 自分はサンドイッチを囓りながら、アリーナがため息を吐いた。

「地味なのが好きなの。地味な攻撃魔法とか、今ちょっと考えてる……」

「なんじゃい、地味な攻撃魔法って。足の裏が痒くなるとか?」

 やる気なさそうにアリーナがいった。

「……それだ、地味に嫌だし。それしかねぇ!!」

「んな水虫みたいな魔法作るな。なんでこう、地味なのが好きかねぇ……」

 アリーナが、手に持っていたサンドイッチを無理矢理私の口にねじ込んだ。

「……」

「あっ、間違った。まあ、食え」

 私の頭をツンツンつつきながら、アリーナが笑った。

「手が離せないタイミングでやってやったぜ。ほれほれ!!」

 私は心の中で呪文を唱えた。

「な、なんだ、足が痒い。痒いぞ!?」

 アリーナが靴を脱いでジタバタしはじめた。

 ……意外と使える。

 私は密かに思った。


 午後の魔法自習の時、それは起きた。

「どうだ、明かりが三つ同時に出来るようになったぞ!!」

 やたら自慢げなアリーナの前で、私は最低百個の明かりを上げた。

「……」

「適当にやったから数は分からん。自慢するなら、これくらいだぜ!!」

 アリーナの目に闘志が点った。

「この猫野郎……おりゃあ!!」

 アリーナの気合いとは裏腹に、逆に一個に減った。

「な、なんで!?」

「気合いで魔法を使おうとするからだ!!」

 私はニヤッっと笑った。

「……うわ、このニャンコ野郎、マジムカつく!!」

「おうおう、悔しかったらやってみろ!!」

 なんてやってたら、本来は起きない爆音が聞こえた。

「ん?」

 アリーナが不思議そうな顔をした。

「魔法事故だ。いくぞ!!」

 どんなに気を付けていても、必ず付き物なのが魔法の失敗による事故だった。

 広い魔法実習室の片隅で、どうも周囲を巻き添えにして爆発事故が起きたようだった。

「こんな時に限って教師がいないし、なんとかするぞ!!」

 アリーナが首を横に振った。

「みりゃ分かるだろ。私たちの魔法で対処できる状態じゃない」

 私はアリーナのスネを蹴飛ばした。

「せめて並べろ。私がボンヤリ魔法をやっていたと思ったか?」

 私は笑みを浮かべた。

「お、お前、この状態をなんとか出来るような、高位回復魔法を!?」

「ゴチャゴチャいってねぇで手伝え!!」

 アリーナが怪我人の様子を確認しはじめた。

「……巻き添えになったのはまだ大丈夫そうだけど、事故を起こした本人は厳しいぞ」

「じゃあ、軽い方からだな!!」

 私は片っ端から回復魔法をかけて回った。

「……うわ、マジで使えるし」

「いいから、このぼろ切れみたいになってる野郎だ。コイツは大変だぞ!!」

 最後に残った一人は、控え目にいってもよく生きてるなという感じだった。

「……おい、最初にいっておく。お前はよくやった」

「馬鹿野郎、それは最初にいう事じゃない!!」

 とはいえ、これは難題だった。

 体力が極端に落ちている時に回復魔法を使うと、かえって逆効果になるからだ。

「……通常の回復魔法じゃダメだ。よし」

 私はアリーナの制服のポケットに突っ込んでおいた、魔法薬の瓶を取りだした。

「……こら、人の服を勝手に使うな」

「しょうがないだろ、私に収納スペースはない!!」

 魔法で浮かべた薬瓶の中身をぼろ切れ……もとい、怪我人に盛大にかけた。

「これで呪文……」

 魔法薬が反応し、淡く光り始めた。

「……よし、この上で回復魔法をドカンっと」

 青白い光に包まれた怪我人の傷が塞がり始めた。

「このままだとまだ足りない」

 私はアリーナのポケットから別の薬瓶を取りだした。

「……いつの間に、何個入れたんだよ」

「猫をナメるな。こっそりは得意だ!!」

 さらに魔法薬をぶちまけ、仕上げの治療を行った。

「どうだ、これが全力だ!!」

「……」

 アリーナはそっと怪我人に近づき、首を横に振った。

「え!?」

「私は怪我人を見慣れてるけど、これは助かるものじゃないよ。それでも、ここまで綺麗に治したんだ。大したもんだと思うよ」

 アリーナは私を抱きかかえた。

「……及ばなかったか」

「だから、ほぼ即死だったんだって。教師がヤケクソで使うような最高位の回復魔法でも無理だって。むしろ、それより上手に治したと思うぞ。傷は残ってないからね。まだ見習いレベルの魔法使いだって考えたら、脅威の成果だって自慢していいぜ」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「……これが自慢になるかよ」

「この学校の魔法事故死率は約30%だぜ。珍しい事ではないぞ。魔法ってのはそういう危険があるもんだし、この学校に入った時点でみんな覚悟してるんだよ。お前だって分かってて入っただろ?」

 私は頷いた。

「そういうこと。あとは、職務放棄してどっかいってた教師に任せよう。私たちがやることじゃないさ」

 アリーナは私を抱えてその場を離れた。


「ったく、驚いたぞ。いつの間にあんな魔法覚えたんだよ」

 魔法自習室の片隅でアリーナが聞いてきた。

「……覚えたんじゃない。私なりに呪文を組み立てて作ったオリジナルだよ。既存のは肌に合わなかったっていうか、イマイチ好きじゃなかったから」

 私はため息を吐いた。

「お、オリジナルであのレベルやっちまったか!?」

 アリーナが声を上げた。

「……助けられなきゃ意味がない。回復魔法だもん」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「だから、やる事やってるって。なんでも出来るなんて思うなよ!!」

「……かもしれないけど、まだ改良しなきゃダメだな」

「まあ、その向上心は必要か。私もパクろう」

 アリーナが笑った。

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