第6話 突撃!!

「えっ、そんな事思ってたの。無駄にファイティングポーズ決めてるから、なにかと思えば」

 翌朝、いつも通り顔を出したアリーナが笑った。

「そんなわけないでしょ。ついでに猫好きの心を満たす手伝いはして貰ってるけど、友人を飼い猫にする趣味はない。残念だったな!!」

「それでいいよ。なにが、残念なんだよ!!」

 アリーナが私を抱きかかえた。

「ほれ、朝メシだ。今日はアイツの授業だぜ。あの、嫌み野郎のな!!」

 食堂に向かいながら、アリーナがため息を吐いた。

「大した事ねぇよ。この前論破してやったら、借りてきた猫みたいに大人しくなったぞ。もう、私がいる前じゃ偉そうな事は言えないぜ!!」

 私は笑みを浮かべた。

「うわ、いつ撃破したんだよ。あいつの理論武装を叩きのめすとはな!!」

「大した事なかったぞ。所詮上っ面の知識だから、撃ち抜くのなんか余裕だって!!」

 アリーナが笑った。

「こりゃいい、快適な授業になりそうだ」

「おう、なんか暴れる気配があったら黙らせてやる!!」


「……なにもさ、勢い余って今日の授業を担当した教師を全員撃破する事ないじゃん」

「……うん、自分でもやり過ぎたと思ってる。何人か泣かせちゃったしね」

 放課後の屋上で私はため息を吐いた。

「全く、とんだ暴れ猫だぜ!!」

「ああ、また目立ってしまった……」

 アリーナが笑った。

「まあ、サーシャに喧嘩売った事が間違いだな。このファイティングニャンコが、黙っているわけがないさ。今頃は職員室で話題沸騰だろう!!」

「……それが嫌なんだって。でも、なんか上から目線でやってみろっていわれたらさ、もう容赦なく撃破するしかないだろ。こんな調子だから、教師にビビられるんだよね」

 私はため息ももう一度ついた。

「生徒にビビってるようじゃねぇ。まあ、今頃は恐怖のニャンコ伝説で盛り上がっているだろうし、話題提供の役には立ったな。いい刺激だろう!!」

 アリーナが笑った。

「……まあ、いいけどさ。今さらだから」

「ビビらせとけ。サーシャが攻撃して撃破しまくるから、うちのクラスの授業はどんな嫌な野郎でも大人しく教えていくって有名だからな。うっかり妙な動きしようものなら、サーシャが即座に叩き潰すからね。口での勝負だから、いくらでもぶちのめし放題だもんね」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「……ぶちのめしたいわけじゃなくて、まともな熱い論戦をしたいんだけどな。みんな、潰れちゃうんだよね。面倒なのかな?」

「サーシャについてけるのなんて、この学校に何人いるかねぇ。私なんて、脇で聞いててなに言ってるかさっぱりだもん」

「残念だな。これがやりたくてしょうがないんだな。魔法は理論だぜ!!」

 アリーナが笑って私を抱えた。

「嫌がらせの呼び出しだぞ。連れてこいってうるさいからさ。なんか変に暴れられても面倒だしね。いよいよ、私はマネージャーかよ!!」

「……ご迷惑お掛けします」


「……で、わざわざ魔法実習室なんて使うって事は、ご大層にも魔法なんか使っちゃおうってわけ?」

 いつも魔法の実技で使う部屋には、どうみても頭の中身が足りなさそうな(失礼)五人組がいた。

 苦笑したアリーナが指を鳴らした。

「この程度で十分だな。このニャンコに用事があるなら、早くやったら。やれればね」

 私はひっそり呪文を唱えた。

 そこに、五人の魔法が一気にきた。

「え?」

 アリーナが声を上げた。

「おい、何やりやがった!!」

 思わず床に倒れた私を指差して、アリーナが怒鳴った。

「……うん、麻痺に毒に石化に一応、弱い攻撃魔法か」

 私は普通に立ち上がって笑った。

 五人が露骨に動揺した。

「まあ、なんかくるのは読んでたから、軽く防御系の魔法など。気がつかなかった?」

 五人が答える前に、アリーナが殴り飛ばしていた。

「ふん、魔法なんかいらん、こんなの。一瞬、マジで焦ったぞ。何事かと思ったからな!!」

「この程度でしょ。これ以上やったら、嫌がらせじゃ済まないからね。まともに退学になるよ」

「……いや、毒とか石化とかシャレになってないぞ」

 アリーナは私を抱えた。

「はい、おしまい。全く、こんなのばっかでねぇ」

「いつもすまないねぇ……」

 こうして、今日もまた一日が終わっていった。


 人間社会では七日で一週間という区切りらしい。

 無論、猫にそんなものはないが、人間社会に飛び込んだ私はこのサイクルで生活していた。

 その終末の二日間は、贅沢にも休みが設けられているのだが、学校の中でやる事といえば勉強くらいしかない。

 いつも寮の部屋でやっているが、今日はたまには使ってやろうと図書館にきていた。

「ねぇ、なんでどこにもいかないの……」

 隣で眠そうなアリーナがいった。

「いかないんじゃなくていけないんでしょうが。無駄に外出ばっかりするから、完全にマークされちゃって、簡単に許可が出なくなっちゃったんでしょうが!!」

 そう、ここぞとばかりに出かけそうな休みに、わざわざ図書館にいる理由はこれだった。

 そうでなければ、私はとっくにどっかに持っていかれていたはずだった。

「私を足止めしようなどといい度胸だぜ。決めた、サーシャの家にいこうぜ!!」

「ほげっ!?」

 ……何を言い出す、この馬鹿野郎は。

「家くらいあるだろ。なんか問題あんの?」

「大ありだ。どこにあるのか知らないだろ。エラい遠いぞ。それ以前に、人間なんて連れてったら、私がぶっ殺されるわ!!」

 あたしは息を吐いた。

「……ランエルド地方か。確かに遠いねぇ。コレストシティの一角、ほんの路地裏にひっそりとってね。ナメんなよ!!」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「……なに、私のストーカー?」

「さぁ、近いかもねぇ。よし、こんなとこで暇つぶししてる暇があったら、とっとといくぞ!!」

 アリーナが私を抱え、廊下をダッシュした。

 学生課に飛び込むと、総員戦闘態勢になった。

「……ほら、マークされてるどころじゃないぞ」

「問題なし。うちから馬車呼んだもん。ここは自分の身分ってやつを使うぞ。拒否はできないはずだぜ。外出理由は『地方視察』。つまり、国の仕事だから!!」

 冷や汗を掻いている学生課のオッチャンに、アリーナは笑みを浮かべてポケットからなにか出して見せた。

 オッチャンは無言で頷き、なにもいわずに外出許可証を二枚出した。

「ほらね!!」

「……な、なにしたの!?」

 アリーナは答えず、私を抱えて校舎から出た。

 歩きで正門に行き、許可証をみせて門扉を開けてもらうと、みた事もないバカデカく豪華な馬車が待機いていた。

「……」

「おう、思ったより早かったな。さすが、十六頭立てだぜ!!」

 固まった私ごと馬車に乗り込み、アリーナが椅子に座ると、とんでもない加速で走り始めた。

「なに、猫らしく固まっちまったか?」

 椅子の隣に私を乗せたアリーナが笑った。

「猫じゃなくたって固まるわ。なんじゃ、この化け物みたいな馬車!?」

「地方視察に使う高速馬車だよ。長距離用だから乗り心地もいいぜ!!」

 アリーナは笑った。

「……なに、実は凄い人?」

「凄くねぇっていわなかったか。だたの王女だ。問題ねぇ!!」

 アリーナは笑った。

「そ、そうか、ただの王女ってこんな馬車持ってるんだな……。やっぱ凄いじゃねぇかよ!!」

「馬車だけだ。問題ねぇ!!」

 なんだか分からないが、馬車だけ凄いらしいアリーナだった。

 高速馬車の名に恥じず、ほとんどぶっ壊れてるような速度で街道を爆走していた。

「……待て、今頃気がついたぞ。ロイヤルな猫っていわれた時に、第三王女みたいなこといってたよな。猫をバカにするなよ。そのくらいは学習してるからな。だから、反応したんだけどさ、ただの王女ってなに。王女は王女?」

 アリーナが笑った。

「ただの王女はただの王女だよ。第三とか付いた方が偉そうじゃね?」

「……ただの王女って、どのポジションだ。聞いたことないぞ」

 アリーナが私を抱いた。

「細かい事気にすんな。大したことねぇんだから!!」

「……うん、詮索はやめとくぜ。なんか、触られたくなさそうだ」

 馬車は快調に街道を飛ばし、ついでに徒歩の旅人も跳ね飛ばし、どこまでも走っていった。

「……おい、今なんか跳ねちゃいけないもの跳ねなかったか?」

「ああ、大したことねぇ!!」

 気にしないことにして、普通の馬車なら三日は掛かるであろう距離を、このイカレた馬車はあっという間に走り抜いていった。

「もうすぐランエルド地方の関所だぜ。あっという間だったな!!」

「……この馬車、おかしいぜ」

 ランエルド地方は、どこまでも牧草地帯が拡がるのどかな田舎だ。

 その空気をぶっ壊し怒濤のように走る馬車は、通過の審査に結構な時間が掛かるはずの関所をノンストップで駆け抜けていった。

「……あ、あれ?」

「うむ、この馬車を止められるものはない!!」

 アリーナが笑った。

「な、なんなのよ、この馬車!?」

「いっただろ、身分を使ってやるって、嫌いだから普段はやらないけど、今回は意地でもサーシャの家に行くって決めたからね。何だって使うぜ!!」

「な、なんで、そこまでして私の家に拘る!?」

 アリーナは私を抱きかかえた。

「コレストシティ、二番街。三十三丁目の交差点を右に曲がって三番目の路地の奥だったな!!」

「……完璧だぜ。どこで調べたんだよ」

 アリーナは答えず、私をそっと撫でた。

「……こら、猫扱いしたな?」

「猫は猫だろ。撫でて悪いか!!」

 アリーナは笑みを浮かべた。


「ま、待て、この速度でコレストシティに突入する気かよ!?」

「おう、急ぎだからな!!」

 街道をいくうちに、この界隈では大きな街が見えてきた。

 馬車は減速など一切なく、そのまま街に突入した。

「二番街は次の交差点を右折。掴まってろ!!」

「馬鹿野郎!!」

 もの凄く無理矢理、車体を大きく傾けて馬車が交差点を何とか曲がった。

「はい、次の路地が近道だ!!」

「馬鹿野郎、こんなデカい馬車で入るな!!」

 建物の壁に車体を擦りながら路地を駆け抜け、馬車は大通りに飛び出て派手に右折した。「いい感じの速さだぜ!!」

「こ、殺す気か!?」

 馬車は散々暴れ回り、最終的にピタリと目的の路地の前で停車した。

「……すげぇ、これだけやってきっちり止まったぜ」

「うん、それがこの馬車だ。目的地にはぴったり止まる。途中は知らねぇ!!」

 私は息を吐いた。

「……マジでぶっ殺されちゃったらよろしく。両親の人間嫌い半端ないんだよ」

 アリーナは笑みを浮かべた。

「それはないと思うぜ。サーシャに迷惑が掛かる事はしないよ!!」

 アリーナは私を抱いて馬車を降りた。

 それほど長い路地ではない。

 人なんておおよそ入らなさそうな、狭い袋小路の奥に私の家はあった。

「いっておくけど、中には入れないよ。そんなデカい家なはずないだろ?」

「もちろん、知ってるよ。ほれ、外に出て待ってるぜ!!」

 小さな家の前に、私の両親がいた。

「……な、なんで、くるって知ってたの?」

 アリーナに抱えられていると、両親が近寄ってきた。

「なるほど、バカ娘の保護者というのはあんたか?」

 お父さんがニヤリとした。

「おう、なんせ可哀想でさ。任せとけ!!」

「だろうな。なにを思ったか人間の社会になんか行きやがって。ロクな目に遭わないっていったんだがな。あんたみたいな物好きがいるなら問題ねぇか。すっかり、飼い慣らされてるみたいだしよ。情けねぇな!!」

「……お、お父さん?」

「違うって、普通に友人だって思ってるぜ。こうやって抱えてないと、どっか行っちゃうだけ。特にここにはきたくなかったみたいだからね!!」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「そりゃそうだろうな。俺とバカ娘が本気で暴れて家がぶっ壊れる程の喧嘩した上での話だからな。二度と帰ってこねぇだろうくらいのつもりでいたんだぜ。よく帰ってこれたもんだな。その根性だけは認めてやる。これで、十分だろ?」

 お父さんは笑みを浮かべ、お母さんと一緒に家に入っていた。

「はい、用事は終わったぞ。これで、妙なもんは多少消えただろ。さて、急いで帰らないといかんな」

 アリーナは私を抱いて馬車に乗った。


「……知ってたんだ、揉めに揉めて結局私が飛び出しちゃったの」

「もちろん、最初から知ってたぞ。だから、せめて話相手くらいにはってね。いつの間にか、仲良くなったけどさ。いつかこうしようとは思っていたんだけどね」

 例によって爆走する馬車の中、アリーナが笑みを浮かべた。

「そこまでして、あの学校に入った物好きにも程がある猫だぞ。そんなの放っておける私ではないってね!!」

 アリーナが私を抱きかかえた。

「……まあ、なんだかんだで認めてくれてたみたいでよかったよ。特にお父さんが難物だったからね」

「そりゃそうだ。一人娘だぞ。しまいにはブチキレて家だってぶっ壊すだろ。それでも、負けないんだもんな。なにがよかったんだか」

 アリーナは笑った。

「……ただの好奇心だよ。ダメっていわれると、かえって気になるもんだ。家をぶっ壊す勢いで反対されたら、逆に何が何でもいってやるってね」

 私は笑った。

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