第5話 暴れるアリーナ

「おい、なんか豆テストやるみたいだから。ここからここまで教えろ」

「おい、こっちが先だ。お前なんかどうでもいいだろ!!」

「いや、こっちだ。命がけなんだよ!!」

 ……いきなり、エラい事になった。

「お、落ち着いて、猫的にわりと怖いよ?」

「ってかさ、教えてもらう態度でこいっての!!」

 アリーナが群がる人たちを睨んだ。

 まあ、教師からちょっとした試験をやるという話が出た途端、私はいきなり行列ができる何とかになってしまった。

「な、なんで、いきなり私なの。いきなりモテモテで焦る!?」

「……落ち着け、モテモテではないぞ」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「あのさ、このクラスどころか、学年トップをぶっちぎりで独走してるって知ってるかな。この前の中間試験で凄まじい点数叩き出したんだけど……どうせ、興味ないから知らないよね」

「……うん、知らなかったぞ」

 アリーナが笑った。

「そんなのがここにいるんだぞ。他の誰に聞くのさ。整理券でも配ろうか?」

「……い、いや、そんな恐ろしい事やっちゃったの。うわ、目立ちたくないのに」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「まあ、頑張れ先生!!」

「だ、誰が先生じゃ!?」


「はぁ……嵐だったぞ」

 怒濤のように押し寄せた学生をどうにか捌き、私はグッタリしていた。

「おう、お疲れ。トドメを刺してやろう。当然、私も教えてもらうからな。サーシャの教え方って上手いから、先生にきくより分かるぜ!!」

「最後はアリーナかよ。お前、覚えが悪いから、最悪なんだよなぁ……」

 とはいえ、教えろと言い出したらどこまでも追尾してくるのだ。

 さっさと済ませるに越した事はなかった。

「良かったじゃん、みんな話しかけてくれるようになってさ。せいぜい、使われてやれ。出来るヤツの宿命だ!!」

「マジで疲れるんだぞ。いいけどさ……」

 物覚えの悪いアリーナに教えるにはコツがあった。

 普通にやると手間が掛かるので、私なりに編み出した技があった。

「どうだ!!」

「おう、さすがだぜ!!」

 私は笑みを浮かべた。

「私を倒そうなど百年早いわ。この程度教えるくらい、どうって事ないわ!!」

「いいねぇ、持つべき物は出来る猫だぜ!!」

 私は苦笑した。

「みんな冷静に考えたかな。猫に教わってるんだぞ。気合い入れろよな!!」

「猫だっていいじゃん。なに、人間様とか思ってるの。馬鹿野郎だな!!」

 その人間様のアリーナが笑った。

「そういう扱いされてきてるの。だから、染みついちゃってるんだよね。いまだに人間の前に立つと萎縮しちゃうんだぞ」

「んだよ、セコいこというヤツだな。知ってるだろ、ここの学校内ではどんな種族だろうが身分だろうが対等に扱うって。じゃないと、授業にならないから。お前だって同じだ!!」

 アリーナが私を抱えた。

「昼メシ行くぞ。せっかく午後は授業がない日なのに、雪崩のお陰ですっかり遅くなっちまったぜ!!」

「……雪崩の一部だぞ。お前も」

 そう言われてみれば、アリーナに抱かれて移動する事に対して、全く抵抗を感じなくなっていた。

 食堂にいくと、アリーナは二人分の定食を頼んだ。

「……なに、食べ盛り?」

「一個はお前だ。猫缶なんて、食わせてやらないからな!!」

 アリーナが笑った。

「……いや、猫的に食っちゃいけないものが多いから、あえて猫缶なんだけど?」

「知らねぇよ、気合いと根性で食え!!」

 アリーナは定食が載ったトレーをテーブルに置いた。

「ほれ、煮魚にしておいてやったぞ!!」

「……意地でも食わせようってか。体調崩したら、お前のせいだからな!!」

 どうあっても譲ってくれない感じだったので、私はメインの煮魚に齧りついた。

「……味が濃いっす。美味いけど、絶対体に悪いっす」

「うるせぇ、ガタガタいわないで食え!!」

 なぜいきなり人間メシを食わされているのか分からなかったが、コイツはたまによく分からない事をやるので、いつもの事だった。

「さすがに食うの上手いな。煮魚が綺麗に骨だけだぜ!!」

「……猫だもん。普通だよ?」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「どーだ、人間のメシは。これから、毎食食わせてやる。拒否権はない!!」

「な、なんでだよ、体壊すって!!」

 アリーナが猫缶を取りだした。

「こんなもん食ってるから、妙に卑屈になるんじゃい!!」

「ち、違う、それじゃなきゃダメだからそれなんだよ!!」

 アリーナは私を抱きかかえた。

「よし、次はなんだ。人間ぽいこと!!」

「い、いいから、無理しなくていいから!!」

 アリーナは私を抱えたまま走りだした。

「ダメだ、学校の中じゃメシくらいしかない!!」

「いいから猫缶食わせろ。死んじまうだろ!!」

 アリーナは学生課に飛び込んだ。

「街行くぞ、街!!」

「な、なんで、急に!?」

 複雑なはずの外出申請の用紙だが、アリーナは淀みなくサラサラ書いた。

「……慣れてやがるぜ」

「当たり前だろ。外に出なきゃやってらんねぇよ!!」

 アリーナは、書いた用紙をカウンターに叩き付けた。

「はぁ、猫を人間にするための魔法実験ですか。よく分かりませんが、学業の一環という事ならいいでしょう」

「ど、どんな!?」

「いいから、こい!!」

 こいもなにも、私を抱きかかえたまま、アリーナは馬車置き場に飛び込み、さっさと馬車を借りた。

「で、手綱は私が握るんだね」

「うん、人間ぽい!!」

 もはや、アリーナがなにを考えているのか分からなかったが、私は馬車を街に向けて走らせた。

「あ、あのさ、私に人間ぽいなんかさせたって、なんも変わらないよ?」

「……制服を着てない。ここからおかしい」

 アリーナは私の言葉など聞いていなかった。

「馬鹿野郎、制服着た猫ってなんだよ!!」

「おかしいだろう、学生なんだからさ。そこからして、差別だな」

 アリーナはじっと私をみた。

「……着ないからな。なんで、自前の毛っていう立派な服があるのに、さらに服を着るんだよ!!」

「……ダメ、これはいかん。作ろうって思わなかった方がおかしいぜ。百八十度転進、学校でやる事が出来たぜ!!」

 いいながら手綱を引ったくり、馬車を器用にUターンさせた。

「……う、上手いな」

「戻るぞ、制服っていったらやっぱり学生課だぞ!!」

 結局、私たちは学校に戻った。


「はあ、サーシャさんの制服ですか。猫の?」

「その考えがおかしい。猫だってなんだって学生は学生だ!!」

「……その、なんだってってなに?」

 不幸な学生課のオッチャンと、妙に熱いアリーナの激論が続いていた。

「いや、規格外すぎて制服を作るとか、そういう次元じゃないんですよ」

「だったら、規格にすればいいでしょうが!!」

 アリーナがカウンターに乗り上げ、オッチャンの胸ぐらを掴んだ。

「こ、こら、暴れるな!!」

 私は慌ててその背中に飛びついた。

「い、いいから、これ以上騒ぎ起こすと私が困る!!」

「……ああ、そうだね。ごめん」

 やっと鎮火したアリーナが、私を背中に張り付かせたまま学生課を後にした。


「猫は猫なの、それでいいんだから。無理になんかしようとするな!!」

「だってさ、制服っていったら一員の証だぞ。それすらないって、どうかと思うけどね。型紙作ればすぐでも出来る話だぞ」

 屋上のベンチにメイスをめり込ませ、アリーナがため息を吐いた。

「……いちいち、武器を出さないように」

「これで殴り込めば良かったかな。少しは考えが変わったかもねぇ」

 アリーナはメイスをしまった。

「そ、そんなことたら、まともに退学になるぞ!!」

「そうなんだよねぇ、さすがに武器はまずいよねぇ」

 私は笑った。

「ここにいるだけで十分だって。形なんてどうでもいいし!!」

「……まあ、凄まじい成績残してるからね。興味ないだろうけど、歴代何位とかいうレベルの話だぞ。これだけ爪痕残せばいいか」

 アリーナは笑った。

「まあ、そんな事もどうでもいいんだけどね。追い出されないだけマシだって。そんなもんだ!!」

「追い出せるものならやってみろってね!!」

 アリーナが笑った。

「おい、なんかやったのかよ!?」

「さぁね、貴様には関係ない!!」

 アリーナは私を抱きかかえた。

「一つだけ教えてやろう、貴様はいつの間にかロイヤルな猫になっているぞ。確か、第三王女だったかな……」

 アリーナが爆笑した。

「……こ、こら、なにやってる!?」

「すげぇな、王族だぜ王族。しかも、いつの間にか。追い出せるものなら、やってみやがれ!!」

「馬鹿野郎、こんな王女いてたまるか!!」

 アリーナが私を揺さぶった。

「いるじゃん、ここに。いつなったんだろうねぇ。不思議だこと!!」

「テメェ、なにしやがる!!」

 私はアリーナに抱えられて寮に戻った。

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