第4話 自衛という名の武装
人間の社会には、身分とかいう面倒なものがあるらしい。
私にしてみたらどうでもいいのだが、この学校はなんか偉いらしい人たちのたまり場らしい。
大体が鼻持ちならない馬鹿野郎ばかりなのだが、そういう連中がこぞっていじめに掛かるのが私だ。
わざと蹴られたり突き飛ばされたりする程度は日常だったのだが、アリーナがコンビと称して私にくっついて回るようになってからは、それが全くなくなった。
「……なんか、平穏で落ち着かないぞ」
「そりゃ王女に喧嘩売れないだろ。やれるもんならやってみろって!!」
廊下を歩きながら、アリーナが笑った。
「なんだそれ、偉いのか?」
「偉くねぇよ、みてりゃ分かるだろ!!」
まあ、どうみても偉い感じではなかった。
「まあ、平和なのはいいけど……なに、放課後だし屋上でもいくの?」
「うん、寮に帰ったって暇なだけだ。勉強なんかしねぇし!!」
私はため息を吐いた。
「偉そうな事いいたくないけど、勉強しなよ。学生なんだから……」
「気が向いたらな。そして、今は気が向かない!!」
アリーナが私を抱きかかえた。
「そういうことで、屋上だ!!」
「ったく、なにしにここにいるんだか……」
私たちは屋上に移動した。
魔法使いは、とりあえず自衛するのが基本という教えだった。
そんなわけで、学校内でも最低限の武装をする事が認められている。
私は武器なんて持てないので自前の猫パンチくらいしかないが、アリーナは特にメイスという、ぶっちゃけ相手を思い切りぶん殴る棒のような武器を好んでいた。
「……ねぇ、またそのメイスが極悪な形に変わった気がするだけど」
「おう、気がついたか。コイツはいいぜぇ、プレートメイルでもぶん殴ってみせらぁ!!」
上機嫌なアリーナがメイスを振った拍子にベンチの背もたれに当たり、突き抜くようにぶっ壊した。
「……うわ、死人が出るぞ」
「馬鹿野郎、武器を使うってのはそういう事だぜ。その覚悟もねぇのに使ったらいかん!!」
アリーナが笑みを浮かべ、辺りを見回した。
「聞いてただろ。お前らにその覚悟はあるのか?」
「え?」
猫的に大失態だが、いつの間にか短剣を抜いた五人ほどがベンチを囲んでいた。
「どうせ、こっちの猫だろ。まかり間違って私をやっちまったら、タダじゃ済まねぇもんな。ったく、こんなちっこいの相手に五人がかりで大袈裟なこった……いや八人か。後ろで弓まで引いてるぜ。馬鹿野郎だな」
「……どうしよう」
「どうもこうもねぇよ。武器を向けてるって事は、こうされる覚悟があるって事だろ!!」
アリーナがメイスで剣を構えた五人を、あっという間に殴り倒した。
「いっておくが、生死なんか知らねぇぞ。こっちには加減する義理もねぇしな。それは、冗談で向けていいオモチャじゃねぇんだよ。運良く生きてたら覚えておけ!!」
アリーナの目はいつになく真剣だった。
同時に、背後から飛んできた矢が私の顔を掠めた。
「……おいおい、今の間違いなく殺す気だっただろ。これこそ、冗談じゃ済ませるわけにはいかねぇな」
アリーナは、これまでみたことのない表情で、私の背後に向けて飛び出していった。
なにか嫌な音が連続で聞こえ、何事もなかった蚊のようにアリーナが私の隣に座った。
「なんだおい、ビビっちまったか。武装が許されている以上、こういう馬鹿野郎が出るのは当然だぜ!!」
「……そりゃ、ビビるなんてもんじゃないでしょ。アリーナなんか、すげぇマジだし」
私はため息を吐いた。
「当たり前だろ、武器なんか向けられたら誰だってマジになるわ。そういう野郎に対する対応は、家でしっかり学んでるからな。いっておくけど、私に「手加減」って言葉はないぜ。武器持って加減するって意味が分からねぇもん!!」
アリーナは笑みを浮かべた。
「んなビビるなよ。今回はちっと油断したがよ、基本的に近づけもしねぇよ。あんな、腑抜けの馬鹿野郎なんかよ!!」
「……最近平穏だと思ってたら、今度は矢が飛んできたぞ。大丈夫か、この学校?」
私は笑みを浮かべた。
「うんまぁ、あれが最低限なのかは微妙なところだしな、ちょっと手を回しておくよ。面倒くせぇ事は、家に押し付けちまえってな!!」
アリーナは私を抱きかかえた。
「なんかみたくねぇもんがゴロゴロしてるから、場所変えようぜ!!」
「これこそ大丈夫なの?」
私の問いにアリーナは笑みを浮かべただけだった。
「だからって、なんで馬車でドライブなのよ。手続き大変なんだから!!」
「そういうな!!」
学生課で面倒な外出申請用紙を書いて、カウンターのオッチャンに提出した。
「……なんです、外出理由が市場まで中トロを買いに行くって。中トロってなに?」
オッチャンが不思議そうな顔をした。
「……おい、なんかいえ。私にも分からん」
「おう、中トロっていったら中トロだ。他にどう説明すんだよ!!」
アリーナが笑った。
「……却下。そんな謎な理由で外出は認めません」
オッチャンがそっぽ向いた。
「……だから、面倒なんだよ。大体、こじつけた理由が中トロって謎アイテムじゃ、どうやったって許可が出るわけないだろ!!」
「本当なんだけどな……じゃあ、こうすっか!!」
アリーナがサラサラと外出申請用紙を書いた。
「今度はなに?」
投げやりにオッチャンが申請用紙をみた。
「最初からそう書いて下さいよ。何ですか中トロって。あなたの親ってアレじゃないですか。病気なら一大事です。早くいってあげて下さい」
あっさり外出許可が出て、許可証が二枚アリーナに手渡された。
「よし、いくぞ!!」
「……ちょっと待て、親の病気って聞こえたぞ」
アリーナが私を抱きかかえて、校舎の外に出た。
「で、どこいくの?」
街道を馬車で進みながら、私はアリーナに聞いた。
「だから、中トロだって。街の市場にいけ!!」
「なんだよ、中トロって!?」
よく分からないが、街の市場にあるらしい中トロを目指して、馬車は進んだ。
「酷い目に遭ったからね、せめて中トロでもって思ったんだ。あれ、上流階級専用みたいな感じなんだよね。高いなんてもんじゃないから!!」
「なんとなく、食い物っぽいな。変な武器かと思ったぞ……」
アリーナが笑った。
「中トロを武器にどうやってやるんだよ。実物見たら、なんで私が笑ったか分かるぞ!!」
「だって、ありそうじゃん。なんか中トロって武器!?」
「ねぇよ。どういう発想なんだよ!!」
馬車は街道を進み、やがて街へと至った。
「街中ってゴチャゴチャしてるからなぁ」
苦労しながら馬車を進め、市場の駐車場に駐めた。
「よし、目的地は魚だぜ!!」
「へぇ、魚なんだ……」
私たちは広い市場の魚エリアに移動した。
「……やっぱり、私は猫だな。魚をみると妙に熱くなってくるぜ!!」
「おい、勝手に食うなよ!!」
アリーナが私を抱きかかえ、あちこちウロウロした。
「うーん、あるにはあるんだけどね。ダメだな」
アリーナの目がマジになってた。
「……そんなガチで選ばなくても」
アリーナは頷いた。
「しょうがない。家にバレちゃうけどあそこしかない」
アリーナは小さな店に入っていった。
「おっちゃん、いつもの!!」
馴染みなのは確実で、アリーナは入る早々なかのオッチャンに声を掛けた。
「いつものって、相手は魚だって毎回いってるだろ。同じものが入るわけないだろう。まあ、今日はたまたまいいのが入ってるよ」
アリーナは魚の切り身をみて笑みを浮かべた。
「上出来だよ。ついでだから、こっちの大トロも全部!!」
「おいおい、いくらになると思ってるんだよ。怒られちまうぞ」
「……なんだおい、大トロとかいうボスキャラみたいなのが出たぞ。さすがに、魚だってのは分かったけど」
結局、店にあった商品を纏めて全部買い、エリーナは笑みを浮かべた。
「ビックリさせてやろう。魚とは思えないぞ!!」
「魚は魚だろ。牛肉にでもなったら、それはビックリだけどね」
アリーナは私を抱え、馬車まで戻った。
「鮮度が命だ、邪魔なもんぶっ飛ばしてダッシュだ!!」
「そりゃいかんだろ……」
街中をトロトロ走っていると。アリーナに手綱を奪われた。
「馬鹿野郎、こうするんだよ!!」
瞬間、私たちは暴走馬車野郎になった。
「ば、馬鹿野郎!?」
「退け、轢いちまうぞ!!」
混雑する通りを馬車が爆走し、見かねた警備隊員が笛を鳴らしながら追ってきた。
「おい、なんか追ってきたぞ!?」
「馬鹿野郎、捕まるほどヘボじゃねぇよ!!」
勢いよく街を飛び出ると、馬車はさらに速度を上げて街道を突っ走った。
先行いていた八頭立ての高速郵便馬車を軽く追い越し、ぶっ壊れそうな振動とと共に馬車はひた走った。
「な、なんか、魔法使ってるだろ。こんな速いわけがない!?」
「なんも使ってないぞ。理由が私の親の病気だから、一番いい奴を出してきたんじゃない。実際、この馬は当たりだぜ!!」
アリーナは笑みを浮かべ、ガンガン馬車を加速させた。
「おい、馬車がぶっ壊れたぞ。なんとか着いたけど……」
「気合いが足りねぇな!!」
ギリギリで馬車は学校に着き、私たちは再び屋上にいった。
「ほい、これが噂の中トロだぜ。猫だからってマグロってのは、安直だったか?」
アリーナが笑った。
「なに、これマグロなの。だったら、別にビビる程では……」
「いいから食え!!」
アリーナに勧められるまま、私は一口囓ってみた。
「なに!?」
明らかに、知ってるマグロの味ではなかった。
「赤身とは違うのだよ、赤身とは。解けるだろ。こっちの大トロなんか、もっとだぞ!!」
「な、なんだこれ、ホントにマグロかよ!!」
あまりの衝撃に、私は気がついたら全部食べていた。
「……あっ、ごめん。全部食っちゃった」
「いいんだよ、それが目的だ。食って忘れちまえってね。金額は聞かない方がいいぞ、ぶっ飛んじまうぜ。だから、奢りだぞ!!」
アリーナが笑みを浮かべた。
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