第3話 授業風景

 人間社会でいきなり困るのが、本を読んだり何か書いたりだ。

 当然、猫の事など全く配慮されていないので、真っ先にそういう魔法を覚えたのはいうまでもない。なにも出来ないからだ。

 そんなわけで、私は授業中に指名され、魔法を使ってチョークで板書していた。

「はい、いいでしょう。この辺りは、基本の中でも重要な部分です。しっかり覚えてくださいね」

 教師の声と共に席に戻り、私は開いてもない……というか開けない教科書の内容を魔法で読み取っていた。

「それ、ズルいよね」

 隣の席でノートをインクで真っ黒にしていたアリーナがため息を吐いた。

「だって、しょうがないじゃん。読むったってページを開けないんだもん。人間の共通語は分かるけどさ」

 否が応でも本の内容が頭に入ってくるので、読解という手間が要らない。まあ、ズルいといわれればズルい。

 ちなみに、ノートに書くのも当然魔法だ。

 この辺の魔法はかなり高等とされるので、露骨にやると嫌みっぽくなるのだが、こればかりはどうにもならなかった。

「……やべ、猫に負けてる。全然分からねぇ」

 まあ、そんな小声も聞こえてくるのもいつもの事。

 サーシャと名前で呼ばれる事はまずなかった。

「まあ、奮起のネタにしてくれるならいいけどね」

 私は苦笑した。


 授業が終わり、ちょっとした休み時間はアリーナとどうでもいい話をするのが、大体いつものパターンだった。

 今日もまたいつも通りやってたら、珍しく同じクラスのヤツが寄ってきた。

「おい、猫。教えろ、全く分からん!!」

 思わず驚いた。

 こんな事、一回もなかったからだ。

「こら、その頼み方はないだろ!!」

 アリーナがすかさずツッコミを入れた。

「ああ、いいよ。なに、どこが分からないの?」

「ここだよ。なにいってるんだか、さっぱり分かんねぇよ」

 教科書をみせながら頭を掻いた。

「ああ、ここね。難しくはないよ。ややこしく書いてるだけだな」

 私は内容を整理して教えた。

「なんだ、そんな単純な話かよ。面倒に書きやがって。おう、助かったぜ」

 小さく笑みを浮かべ、ソイツは離れていった。

「やっと、なんか聞かれる程度には存在を認めてもらったか」

 私は苦笑した。

「まあ、やっかみも多いぞ。なまじ、出来るからな。コイツ!!」

 アリーナが笑った。


 魔法の授業には座学も実技もある。

 実技は基本的に自習だ。

 魔法は自分のペースで覚えないと、ちゃんと使えるようにならないからだ。

「うーん、そろそろなんかぶっ壊したい」

 思わず呟いてしまった。

「こら、攻撃魔法はまだ早いぞ。暇なのは分かるけどさ!!」

 一生懸命、明かりの魔法と格闘していたアリーナが苦笑した。

 センスがいいとかなんとかいわれてしまうのだが、初歩の魔法程度なら三ヶ月で大体マスターしてしまった。

 もちろん、復習の意味で真面目にはやっているが、魔法の花形ともいえる攻撃魔法に手を出したくなるのが、自然な欲求だった。

「暇じゃないぞ。ちゃんとやってるつもりだからね。でも、この何ともいえない破壊衝動は魔法使いとして当然かと!!」

 私はアリーナをみた。

「……お前はまだやらない方がいいな。近所迷惑だ」

 アリーナがため息を吐いた。

「うん、我慢するさ。これも、また魔法使いだ!!」

「それは間違いないな。力を持つ者は、とにかく我慢だな」

 なんていつも通りアリーナとやっていたら、いつもはほったらかしの教師が珍しく近寄ってきた。

「そろそろ飽きただろう。ど派手にいくか?」

「……イエス!!」

 思わず目を輝かせてしまった私は、飛び上がるほど嬉しかった。

「おいおい、今のソイツに攻撃魔法はヤバい……」

 教師が笑みを浮かべた。

「使えるものならな。攻撃魔法を甘くみてるだろう。この難解さ自体がストッパーなのだ。みたところ、そんなレベルではないがな」

 私は笑みを浮かべた。

「そんな事いわれちゃったら、本気になりますよ。いいんですか?」

「うん、いくら頑張っても無理だからな」

 教師は笑った。


「……」

「ほらな、まだ肝心な事を一切教えていないしな。これで、使えてしまったら驚きだよ。たった三ヶ月で教えるようなものではない。まあ、分かったつもりになって、勢い余ってなんかぶっ壊したくなる時期だからな。あえて、やったのだ。まだ、基礎練習の時期だぞ」

 教師は笑って去っていった。

「ほらね、そんなもんさ。落ち込むな!!」

 ため息を吐いていたら、アリーナが苦笑した。

「……私が死ぬほど予習してるのは知ってるでしょ。でも、どこがその肝心な事なのか分からないんだ。そこさえ分かれば、一発ぶちかませるはずなのに」

 アリーナが笑った。

「それって、要するに理解してないって事だろ。無意味じゃ!!」

「……アリーナに言われると、腹立つね」

 アリーナが私を抱きかかえた。

「ほっとくと、無駄に頑張るからね。撤収だ」

「この野郎、私はまだやれるぞ!!」

 アリーナは私を寮の部屋まで運んだ。

「みてないと出撃するもんな!!」

 私を抱えたまま、アリーナはベッドに座った。

「なんだよう、猫扱いするんじゃねぇ!!」

「どっからみても猫にしかみえん!!」

 しばらくアリーナに抱きかかえられていた私は、大きくため息を吐いた。

「分かったよ、なにもしないから離せ!!」

「よし、折れたな。これに限るぜ!!」

 アリーナは自分の隣に私を置いた。

「ったく、手間が掛かるぜ。すぐ熱くなっちまうんだからよ!!」

「だって、あんな事いわれたら頭にくるだろ!!」

 アリーナは笑った。

「それが狙いだ。あんなので動揺してるようじゃ、まだまだひよっこだなってね。笑って流せ!!」

「……そうきたか。私としたことが」

 私はため息を吐いた。

「うん、でも私もムカついたから、こっそりぶん殴っておいたぞ。これで、収めろ!!」

 アリーナが笑った。

「……お前、いい奴だな」

「なに、今頃気がついたの。コンビだっていったろ。相棒でもいいぜ。いつでも、こうやって味方してやる!!」

 アリーナが笑い、私が苦笑した。

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