第2話 バイトをしよう
「うーん……」
私は学生課で唸っていた。
なにせ周りになにもないこの学校。
小遣い稼ぎまで、学校で賄わなければならないのだ。
「……猫でも出来るバイトって、なかなかないんだよねぇ。当たり前だけど」
どうにもならないので、なんとか覚えた馬車の運転くらいしか武器がない。
街までのお使いのような仕事がたまにあるのだが、今はそういった類いのものはなかった。
「なんじゃい、お困りか?」
ふらりとアリーナがやってきた。
「うん、そろそろ小遣いがねぇ。私に出来る仕事がないんだな……」
「そりゃ、猫に出来る仕事なんぞ、そうそうあってたまるか。そういう時は声を掛けろといっただろうに。これなんてどうだ、馬車が動かせるなら出来るぞ」
アリーナが壁から剥がした紙は、魔法薬の原料を街にいって買ってこいというものだった。
「荷物の積み下ろしは私がやってやるから、これにしようぜ。いってくる!!」
アリーナは勝手にカウンターに行ってしまった。
「……魂胆は分かっているぞ。どさくさに紛れて、街で買い物だな」
全寮制という都合上、外出には面倒な手続きが必要になる。
こういう仕事にかこつければ、手続きが楽なのだ。
「はいよ、許可証。全く、面倒だよねぇ」
アリーナが、私には大きすぎる長方形の外出許可証が入ったネックホルダーを差し出した。
「首に下げておいてやる。よし、いこう」
「はいはい、買い物しすぎるなよ!!」
私たちは馬車や馬を纏めて管理いている大きな小屋に向かった。
「魔法薬の原料って、何を買ってくるんだ?」
管理してるオジサンが声を掛けてきた。
「それがねぇ、今気がついたけどなかなか厄介なものだったよ」
アリーナが苦笑して、オジサンに紙を見せた。
「おいおい、こんなの大丈夫か。変に衝撃を与えると爆発するぞ」
「……おい、マジかよ!?」
私の問いにアリーナは答えなかった。
「それじゃ、馬車もボロいのはダメか。最新鋭のエアサス仕様だな。これしかない」
「よくわからないけど、一番いい奴を頼むぞ!!」
アリーナがいった。
「よし、持ってくるから待ってろ」
オジサンが小屋の奥にいき、やたらと新しい馬車を持って来た。
「こいつだ、ここにサインしてくれ」
「はいよ」
アリーナが書類にサインした。
「よし、いってこい。くれぐれも、爆発には気を付けろよ!!」
「……いこうか」
私は馬車に乗って手綱を取った。
「おう、いこうぜ!!」
隣にアリーナが座り、私は馬車を動かした。
何度もいうが、とにかく広いので、街道に出るのが大変だ。
ダラダラと正門まで移動するのに、結構な時間が掛かってしまった。
「はい、これ」
正門で警備している人に外出許可証をみせ、門扉が開くのを待ってから、私は街道に馬車を出した。
街方面に進路を向けると、馬車を加速させた。
「意外と上手いんだよね。私よりいい感じだもん」
「アリーナは、わざと道を外れて草原を爆走しちゃうでしょ。まあ、楽しいのは分かるけど」
馬車をさらに加速させ、私は笑った。
「そりゃオフロードの方が楽しいもん。よく飽きないね」
「これが普通なの。借り物なんだから、ムチャやってぶっ壊したらどうするのよ」
そこそこの速度で馬車を走らせ、私たちは街に向かっていった。
なにせ田舎道なのだが、街道ではあるので道幅は広かった。
前方に荷物を山ほど積んで、ゆっくり走る荷馬車が迫ってきた。
「あーあ、あれの後ろじゃ日が暮れちゃうわね。一気に追い抜くか」
馬車の位置をずらし、私は一気に加速させた。
遅い荷馬車を追い抜くと、さらに遅い荷馬車が前方にいた。
「これが原因って事もないだろうけど、当然抜くよね」
さらに遅い馬車を追いた頃には、かなりの速度になっていた。
「あれ、飛ばしすぎだな……」
「いいじゃん、いっちゃえ。コイツのポテンシャルをみてやろうぜ!!」
アリーナが楽しそうに叫んだ。
「ダメだって、危ないから!!」
「平気だって、ガンガンいけ!!」
アリーナがポケットからちゅ~るを出した。
「……お、お前、それで私をコントロールしようってか?」
「いらないのかい?」
アリーナが笑みを浮かべた。
「……いくよ。いけばいいんだろ。どこまでも」
私は馬車を一気に加速させた。
たまにいる歩きの人が、ビビって横っ飛びに逃げた。
「……ほら、危ないじゃん。ダメだって」
アリーナがちゅ~るの袋を、私の前で振ってみせた。
「いらないならいいけど……」
「……知らないからな」
危険なほどの速度で走る馬車は、街に向かって爆走していった。
「なんだ、やたら急がせると思ったら、これが欲しかったのか……」
「うん、なにせ限定だからさ!!」
街に着くとアリーナは魔法ショップに駆け込み、一冊の魔法書を買った。
「……限定って、通常版と表紙の色が違うだけじゃん。それだけで高いんだよ。なんで、そんなもん欲しいの?」
「サーシャには分からないか、このコレクター魂が。中身なんてどうだっていいんだよ!!」
「……それ、とりあえず魔法書だよ。私たちには必携だと思うけど」
アリーナはそれには答えなかった。
「よし、お目当ては買ったぞ。アブナイ魔法薬の原料買うか」
「本当に大丈夫なの。こんなつまらない爆死は嫌だよ!?」
アリーナは笑った。
「大丈夫だって。よっぽどの事しなきゃ、爆発まではしないから。燃えるかもしれないけど!!」
「それも、微妙だな……」
私はアリーナにくっついて、魔法薬の原料を扱う店に行った。
「おう、これくれ!!」
「んだよ!!」
「……なんだ、この店」
アリーナが紙を見せると、店のオバチャンは渋い顔をした。
「こんなの学生さんに運ばせるのかい。どうしょうもないね。帰って先生にいいな。テメェで買いにこい。このボンクラってさ!!」
「……すげぇ店だな」
「なに、売ってくれないの。これがブチキレて暴れるよ?」
アリーナは私を指差した。
「……猫か。猫がブチキレたらシャレにならないね。しょうがないな、気を付けて帰るんだよ」
オバチャンは笑みを浮かべた。
「……待て、どういう事だよ!?」
「細かい事は気にするな、買い物して帰るぞ!!」
アリーナが私を抱きかかえ、口の中にちゅ~るを注入した。
「ああ、そうやっといてくれ。うっかり、ブチキレさせたらこんな店なくなっちゃうよ」「だろ!!」
「……」
「……この野郎、それこそブチキレそうになったぞ。猫だからってなんだよ!!」
「はいはい、イライラしない。危険物積んでるんだから!!」
さすがに危険なものを積んでいるので、街からの帰りはゆっくりだった。
「にしても器用だねぇ。猫でも手綱持てるんだ……」
「努力に尽きるぞ。これくらい出来ないと、マジで小遣い稼げないからさ」
人の社会で猫が生きていくのは、それなりに大変だった。
「へぇ……ところでさ、今もこうしてるけど、なにかと不便だろ。私も誰か面白いの欲しいからさ、いっそコンビ組んで遊ぼうぜ。私の事をどう認識してるか分からないけど、私は変わった面白い野郎って認識だぞ。だって、猫だぜ。これだけで、なんか楽しいもん!!」
アリーナが笑った。
「私は親友だと思ってるぞ。他のヤツらなんて、怖がって近寄りもしないしね。なにやって遊ぶかしらないけど、なんか頼む事があればアリーナしかいないのが実情だぜ。もうちょっと、フレンドリーにしてくれると思っていたんだけどなぁ」
私は苦笑した。
「フレンドリーねぇ……こんなもん預かってるぞ。もちろん、嫌がらせだと嫌だから検閲はしたけどね」
アリーナは封が切られた封筒を差し出した。
「な、なに!?」
「……嫌がらせだよ。だから、読ませないけどこういうのもあるぞって知っとけ!!」
アリーナは封筒を振って、中からコロッと出てきた剃刀の刃をみせた。
「……確かに剃刀だけど、それ魔力自動剃刀の替え刃にしかみえないけど?」
「間抜けだよねぇ。やっぱね、特待生が効いたね。目立つ上に目立っちゃったから、こういうのなぜか私に結構くるよ。直に渡す根性もないらしいぜ。なんか、私が窓口扱いだぞ。馬鹿野郎だよな!!」
私は苦笑した。
「ったく、これだから猫は大変なんだよ。いいじゃねぇかよ、魔法の勉強したってよ!!」
「全くだ。心の狭いヤツらだぜ!!」
アリーナが笑った。
結局、トラブルもなく無事に学校に戻り、私は小遣いを手にしたのだった。
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