第3話 明日の為に
水浴びから戻った彼女達も着替えを終えている。
周りを見渡せば将兵達が焚き木をそれぞれの小隊ごとに囲んでいる。
今晩は星と月が見えるが、その様子はやはりいつもの星空とはどこか違う。
こんな所にも今までの世界とは違うと言う事が見えてしまっていた。
偵察に出ていた小隊が取ってきた5頭の猪のような動物を捌いて焼いている煙があちこちの焚き木から昇っているのが見える。
酒は無いが300人弱も居る人数では5頭の猪の様な動物程度の量では物足りないだろう。
それでも特に問題は無いようだ。
どうやら小隊に元狩人が居た様である、よく血抜きされた猪の様な動物の肉は塩しかつける物が無いにもかかわらず、久方ぶりの暖かい食事に兵達は喜んでいる。
彼女達、フィルカとロキシーは辰馬と中隊長達と同じ焚き木を囲んでいる。
既にこちらの事情はある程度は話してあるが機密事項までは言えずなおかつこの世界の人間では無いのはすぐにバレてしまっていた。
何しろ文字は読めないし、見たこともない格好で、見たことも無い武器を持って戦う者達など異世界から来た人間だと説明されたほうがまだ理解できるらしい。
そしてある程度食事も落ち着き皆が語り合う頃になって辰馬が立ち上がり声を上げる。
「皆、そのままでいいので聞いて欲しい!」
「我々は現在、元居た世界では無い場所へと来てしまったようである!」
焚き木を囲んでいた兵達は黙って辰馬の方を見つめていた。
それを見渡しながら辰馬は続ける。
「そして彼女達より聞き及んだ限りではあるが大隊本部としての見解を述べる!」
「ここは異世界であり、元居た世界への帰還は絶望的である!」
「しかし我々は既に主命を賜った身ではあるがすでに知っての通り、この世界に飛ばされた事により我々は全滅した事になっているであろう!」
ここまでで一旦言葉を切る。
皆の反応は様々であり、嘆くもの、悔しがる者、又黙って夜空を見上げる者、焚き木を見つめて物思いに耽る者等、様々であった。
その様子を眺めながら辰馬は続ける。
「なればこそ!我々はすでに尊命は達した物をとし!ここに大隊解散を宣言す!」
ざわめきが起こる。
すぐ隣の斉藤中尉からも驚きの声が上がる。
「なっ・・・・・何故大隊を・・・!」
「落ち着け!すでに戦場は彼方であり、我々に出来る事はすでに無い!ならばここで戦友達の分も生き抜いていこうと思う!」
「そんな・・・・・・」
次々に起こる疑問と不安の声、曰く、こんな何も分からない所で解散と言われても困るだの、我々の今までの戦いはなんだったのかと喧々諤々。
「しかし!我々の本来の至上任務は何だった!?それは大東亜共栄圏の構築とそれによる人種差別の撤廃とその保護ではなかったか!」
今度は皆が口をあんぐりと開けたまま辰馬を見つめている。
その次に言わんとしている事が皆なんとなく理解できていたからだ。
「そして今日!この者達は差別され、奴隷狩りなる卑劣な行いにより奴隷として運ばれていると言った!ただ亜人と呼ばれる者だからと言う理由だけでだ!これは我々日本人が置かれていた状況と何が違うのか!なれば此れを守り、共に歩む道を探す事は帝国軍人としての本懐ではないだろうか!」
「もちろん、ここを離れ、これより先は自由に生きても構わん!共に歩き我らが力を貸して本来の権利を彼女達の種族へ贈ろうではないか!失った我らが本懐をこの地で再び遂げて靖国へ帰ろう!」
「当然唯死にに行くことは許さん!最後まで生き抜いてから、かつての戦友達と靖国で会おうぞ!・・・・・あまり早く逝っては靖国から叩き帰されんと熊澤も言ってることだしなっ!」
そこで呆然と聞いていた兵達にも笑みが浮かび始めた。
口々に「熊澤中尉が言うならそうなんだろう・・・」や「叩き帰されたらたまらんなぁ・・・・」と笑いながら言い合っている。
少し離れた所に座っているフィルカとロキシーは口をあんぐりと開けたままこちらを見つめていた。
「どうした?」
声が出ないのか二人がパクパクとまるで金魚か鯉の様だと思っている辰馬であった。
ようやく声が出るようになったのかフィルカが先に口を開く。
「ど、どうしてですか?今日会ったばかりの私達の種族の為に剣を取るとおっしゃったのですよね?なんでそんな・・・・・」
続いて我に返ったかの様にロキシーが相槌を打っていた。
「どうしてか・・・・・・我々は栄えある帝国軍人である」
「だから不思議なんです!帝国って事は奴隷や卑賤民等が居るんじゃないんですか!?」
「ふむ・・・・・・」
「それに私達は何も貴方方に対して利益ある事はしていません!それなのに何故・・・・・!」
どうやら不思議なようである。
なんの益も無くただ差別があるから戦う。
そういう意思があるということが信じられないのだろう。
確かに、本来の大東亜共栄圏は本国の上層部が考えている者は他の国と同じただの植民地政策なのかもしれないし、又は同じ有色人種のみで周りを囲み国際社会での発言権を大きくさせる為の物だったのかも知れない。
しかし、戦うべき兵士達にはそんな上層部の思惑など関係ないところで、己が信念と国家、如いては己が家族や友人達を守る為に銃を取り戦いに出た者が多い。
またその多くの将兵が大東亜共栄圏を真に夢見て居た事もまた事実であった。
確かに一部は勘違いした奴も居たかもしれないが今この場に残る将兵にはほとんどが己が信念の為に戦っている。
「そうですね、我々の祖国に奴隷や卑賤民などと言った制度は一切無いです。確かに我が帝国は侵略国家です。しかし侵略したからといってその国の民を無下に扱った覚えは無いです。抵抗されたり軍事行動の阻害をしたりした者は確かに逮捕したり銃殺したりしますがそれは国際法に則った厳正な管理上の事です。」
「コクサイホウ?ジュウサツ??よく分かりませんが奴隷が居ないなんて帝国が存在するのですかっ」
「この世界にはどうだかわかりませんが我々の世界では確かにあります。むしろ奴隷がある国は一部の国のみですね」
「そんな世界が・・・・・・」
黙ってしまうフィルカに続いてロキシーが尋ねる。
「ではどうして我々の種族の為に戦う?」
「我らが帝国が掲げてきた大儀の為に」
「大儀とは?」
「我が帝国は度重なる欧米諸国の傲慢なる有色人種に対する人種差別とその横柄な態度を是正すべく世界に宣戦布告し、戦ってきた。しかし長らく続いたこの戦争は恐らく敗戦するであろう。」
「大尉!それはっ・・・・・・」
「いいんだ斉藤中尉。事実だよ。」
横から斉藤中尉より忠告が飛ぶがすでに話すと決めたことであるし他の将兵に聞かれても問題ではない。
皆薄々気付いてはいたのだから。
「失礼。しかし我が国は敗戦すれどその思想は死なず、恐らく敗戦後には各国で独立蜂起が起こるであろう。そうなれば我々が戦った本懐は遂げられた事になる。だが、今ここで貴女方から話を聞いた。まだ救いを求める者が居るならば最後まで戦友達と共に戦えなかった我らは、帝国軍人として、再び菊の御紋の誓いに恥じぬ戦いをしようと欲するのです・・・・・・・・・別に死に場所を探してる訳じゃないので死なば諸共、などとはなりませんのでご安心を」
最後にちょっと冗談めかして言う大尉としての言葉に、真剣な顔で見つめ続ける二人の視線は居心地の悪さを辰馬に感じさせるには十分であった。
しかし、辰馬は笑顔のまま見つめ返す。
やがて少しの間と共にフィルカが答えた。
「あ、貴方には嘘を言ってる雰囲気は無いです・・・・・信じられる人みたいです。――――――まるで父上の様・・・・」
「ん?なんと?」
「い、いえっ!なんでもないです!」
続いてロキシーが言う。
「私はもう家族も一族も元の場所には居ない。皆殺されたか、連れて行かれた。だから行く宛ても無いので、出来たら連れて行って欲しい」
「ええと、ロキシーさん?」
「ロキシーでいい」
そう言うとロキシーは頷いて兵達へと目を向ける。
「良い兵達、皆優しい」
「ええ、本当に・・・・・」
フィルカも続いた。
そこで再び立ち上がり辰馬が声を上げた。
「聞いたか皆!我らが良き兵であると言っている!それに応える者は明日の朝までここに残れ!そうでないものは本部へ顔を出せ、心ばかりだが食料と弾薬を分け与える!以上、本日は解散!」
『了解っ!』
全員の掛け声と共に夜は更けていき焚き木の爆ぜる音と共に誰かが歌いだす。
それに方々で合わせて合唱が始まる。
万朶の桜か襟の色
花は吉野にあらし吹く
大和男子と生まれては
散兵箋の花と散れ
尺余の銃は武器ならず
寸余の剣何かせん
知らずや茲に二千年
鍛え鍛えし大和魂
軍旗守る武士は
総て其の数二十万
八十余か所に屯して
武装は解かじ夢にだも
適地に一歩われ踏めば
軍の主兵は茲にあり
最後の決は我が任務
騎兵砲兵協同せよ
アルプス山を踏破せし
歴史は旧く雪白し
奉天戦の活動は
日本歩兵の粋と知れ
退く戦術我知らず
みよや歩兵の操典を
前進前進また前進
肉弾届く所まで
ああ勇ましの我が兵科
会心の友よ来たれいざ
ともに語らん百日祭
酒杯に襟の色うつし
「こいつら・・・・一応ここは不明瞭な土地だってのに大声で歌ってからに・・・・・」
「まぁ今日ぐらいは大目に見てやりましょうぞ!」
「そうだな・・・・それに悪くは無い・・・・・」
「ですなぁ・・・・」
夜空に、その繰り返し謳う歌声は大きく響き渡った、今までの灰と硝煙で翳んだ空とは違い澄んだ夜空に溶けるように皆上を向き大声で歌っている。
「勇ましい歌ですね。エルフは歌も好きだといいますので私もそれに倣ってまた歌を歌いますがこの歌は勇ましさの中に悲しみと遠き故郷への思いが籠もってるようですね・・・・」
フィルカはそう言ってからは静かに耳を傾けている。
その隣ではロキシーは黙ってリズムに体を合わせて揺らしている。
夜は益々更けていき次第に皆がその場で眠りに付く、数名の歩哨を残し後は夢の中である。
結局一人の離脱者も出ず朝を迎えていた。
「これより!戦友達の武運長久を祈ってぇ!捧~げぇ!」
整列した将兵と辰馬による洞窟へ向けた捧げ銃である。
辰馬は銃の代わりに軍刀での日本帝国軍式敬礼である。
既に祖国や戦闘地域の方角はすっかり不明となり、前の世界との唯一の接点である洞窟へと敬礼を捧げるのみである。
しかしその祈りよ届けと言わんばかりの敬礼は一糸乱れぬ綺麗なものであった。
合図と共に、朝日が昇った蒼穹に空砲の銃声がどこまでも遠く遠く鳴り響いた。
それを列から少し離れた所でその様子を見守るのはフィルカとロキシーの二人である。
その瞳は、涙を流しながらも捧げ銃を維持する正装した兵達と、黙って空を見上げる辰馬達指揮官達の姿がずっと映っていた。
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