第十九話 【甲】

 【人】と刻まれたメダルを目にし、仲間である転生者インベーダーの死に触れた僕ら。森を行く僕たちの間には思い空気が流れていた。


「おっ、探知に反応ありだ。しかも一匹。どうする?」


 森を進んで十五分ほど経った頃ニイトが声を上げる。僕らの間には緊張が走る。


「ひゃはは。そりゃ行くっきゃないでしょ!」


「マスミさん、先行は禁止ですよ。ニイトさん。魔物の大きさはわかりますか?」


「ああ。大きさで言ったら小型犬位だと思うぞ。あまり動かず一ヶ所に留まっているな」


「危険は少ない、でしょうか。どんな因子を持っているか分からない以上慎重に近づく必要がありますね」


 一匹でいる魔物。これは倒してメダルを手にするチャンスだろう。僕らは互いにうなずき合うと気配を殺しターゲットとなる魔物に近づいていく。




「あれか?」


 木々を掻き分け進んだ先に僕らはそれの姿を見つける。


「ええ。名前は殴打ビート甲虫ビートル。【肌】に【甲】の因子が装填された硬い外骨格を持つ虫型の魔物です」


 木に張り付く魔物は、カブトムシを巨大にしたような見た目だ。体長は五十センチ程。角の先端が平たくなっており、それを鈍器のようにして敵を攻撃するらしい。


「虫型ってことは飛ぶのかな」


「うへえ。あんなのに飛び付かれた日には私、異世界でやっていく自信なくなっちゃうよ」


「マオは虫が苦手なのか?」


「あの大きさだよ! 苦手じゃなくても普通にきもちわるいでしょ!」


 黒光りする五〇センチ大の巨大な虫。うん。確かに素手で触れるとなると覚悟がいるな。僕はマオの言葉に苦笑いを浮かべる。


「この魔物はスキル『甲化』持ちです。恐らくライノーレベルの硬さだと予想されますね」


「そうなるとマオの『身体強化』に頑張ってもらうしかないね」


「えっ? いや、ムリムリムリッ! あんなのを触るとか絶対無理だからっ!」


 飛び退くようにして後ろに下がるマオ。しかしビートビートルがライノーと同じ硬度を持つのだとすれば、攻撃が効く可能性があるのはマオしかいない。


「じゃ、じゃあ。【甲】の因子を他の因子で置き換えちゃえばいいんだよ」


「因子が一つしかない以上、ビートビートルを倒して得られるメダルは一枚だけでしょう。一枚失って一枚得ていたんじゃ何のために戦っているのかわかりませんよ」


「マオが無理なら僕がやろうか? お腹側なら攻撃が通るかもしれないし、捕まえてしまえば何とかなるんじゃないかな」


「……いいよ。相手は凶暴な魔物なんだから、無理に接触するのは危ないからね。私がやるよ」


 マオは強い言葉を口にする……が、目が据わっているけど大丈夫か? 不安がよぎるが確かに必要が無い場面で危険を冒す必要もないだろう。不安は残るがここはマオに任せよう。




「こうなったらヤケだよ。『身体強化』」


 ビートビートルへとぎりぎりまで近づいた僕ら。マオがスキルを使用し身体機能を向上させる。ビートビートルとの距離は三メートルほど。マオの脚力なら瞬時に飛びつける距離だ。

 彼女が抱えるのは人間の頭部ほどもある大きな石であった。これを武器にするという。投石用として崩落した洞窟から持ってきたものだがマオは魔物に接近していく。これは、少しでもダメージを大きく与えるためには投げるのではなく直接たたきつけたほうがいいという判断からである。


「マオ。無理そうなら変わるけど」


「大丈夫。私は、やれるよ」


 自身を鼓舞するように言葉を発するマオ。こう言われてしまうと僕も強くは言い出せない。


「じゃあ、行くよっ!」


 マオは決意の表情で駆け出す。突然の襲撃にビートビートルがはねを広げるが飛び立つ前にマオの振り下ろした石が到達する。


――グシャッ









 僕らの前でマオは悲惨な姿となって発見された。




「うう。気持ち悪いよ~」


 帰還したマオは黄緑色の液体に全身を覆われていた。飛び散った液体はビートビートルの体液であり、思いっきり石を叩きつけた際に飛び散ったものだ。


「替えの服もないのに、最悪だよ~」


「確か、近くに川がありましたよね。とりあえず洗い流しましょうか」


「替えの服なら拾った転生者インベーダーの服の中に女性ものがあったよね。あれを着たら?」


「……うん。そうするよ」


 こわばった顔でマオはそう返事する。マスミの無神経な発言に僕は眉をしかめるが、マオをこのままの格好にさせておくわけにもいかないか。


「だけどマオのおかげで魔物を倒すことができたんだ。ありがとう」


「う、うん! そうだね。これは一歩前進したんだから喜ばなきゃね。ハハハ」


 マオの乾いた笑いに僕らは苦笑する。


「そうだよ。そういえばメダルはどうなったの?」


「あっ、それならこれだよ」


 マオが手にしていたのは【甲】のメダルだった。ビートビートルは【甲】の因子を持っていたからやはり魔物が落とすメダルはその魔物が所持する因子に起因すると考えていいだろう。


「【甲】か。防御寄りの因子だね。誰がスキルを取得するの?」


「マオが倒したんだからマオが取得するのがいいんじゃないか」


「えっ。でも役割で考えたらサイチさんが取得した方がいいんじゃないかな? 私はアタッカーだからあまり動きが鈍くなるのは困るかな」


 目の前にマオからメダルが差し出される。


「うーん。昨日取得するスキルについてはエイムと話したんだけど僕が取得するとしたら【骨】の因子に上書きすることになると思うんだ。それなら一から取得するのと変わらないと思う。なら、エイムやニイトに取得してもらったらどうかな? 二人は戦闘スキルを持っていないし、生存率の向上につながると思うんだけど」


「いや、俺の『探知』は【肌】のスロットを使ったものだぜ」


 僕、ニイトがそれぞれメダルの受領を辞退する。僕がもらっても確かにいいのだが、やはりメダルは効率的に使うべきだろう。


「では、私ですか? ですが、マオさん苦労して手に入れたメダルですよ。いいのですか?」


「うん。エイムさんはみんなをいつもまとめてくれているからね。そのお礼だよ!」


「わかりました。では、私がもらいますね。【肌】に【甲】を装填!」


 受け取った【甲】のメダルをエイムは肌に押し付ける。メダルは瞬時に肌へと消え、代わりに白色だったエイムの肌が黒く変色し、硬質化した鈍い輝きを放ちだす。


「スキル『甲化』。文字通り皮膚を甲のように固く変質させるスキルですね」


「おお、かっけえな!」


 自身に『鑑定』を掛けるエイム。黒い光沢のある皮膚へと変化したエイム。硬質化した皮膚は全身を覆っており、けれども関節の動きに合わせ可動する柔軟性も持ち合わせているようだ。顔も硬化した皮膚に覆われているため表情は読めないがおそらく満面の笑みを浮かべているのだろう。上げる声には喜色が浮かんでいる。


「これでもう足手まといにはなりませんね」


「エイムは今までも僕らをひっぱってくれてたんだ。足手まといなわけがないだろ。ただこれで戦闘面でも活躍できるだけだ」


「フフフ。サイチさん、皆さん。ありがとうございます」


 エイムはしっかりと僕らに頭を下げる。

 これでエイムも二つ目のスキルを取得したのだ。スキル『甲化』。盾が二枚となれば戦闘の幅も広がるだろう。

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